初任務3
「やっと休めるわ・・・・」
ボフンッ―――――――割り当てられた部屋へ入ってきてすぐにべアトリスは真っ白なシーツで整えられたベッドに倒れこむ。レイチェルは部屋の鍵を閉め、マントを脱ぎ、丁寧にたたんでベッドの脇に置く。
「今夜、街周辺の調査を開始します。それまでにしっかり体を休めておいて下さい」
「りょーかい・・・・」
弱々しい返事を返し、ベアトリスはすぐに寝息をたて始める。レイチェルはベッドに腰掛け、静かに溜息を吐いた。彼女も疲れていないわけではない。しかし、つい休むのも後回しにして任務を優先してしまう。今夜の調査では、悪魔と交戦する可能性もある。ならば、今は自分も休んだ方がいいだろう。悪魔と戦うには体力も魔力もかなり必要となる。レイチェルはベッドに入り、ゆっくりと目を閉じた。
一方、男二人組はというと。バートは割り当てられた部屋のベッドの上に大の字で寝ている。豪快な寝方だ。ユリウスはテラスに置いてあるベンチに座り、隣で体を丸めている黒猫の背を撫でながら、沈みゆく夕日を静かに眺めていた。ユリウスのその様子を見た街人達は、まるで美術館に展示されている一枚の絵のようであった。と口々に話していたりする。
そんな街人など気にすることも無く、穏やかに夕日観賞を続けていると、フと視線を感じた。ユリウスはテラスの脇に顔を向ける。視線の先には彼が先ほど助けた少女の姿があった。少女は物陰からこちらをジッと見つめている。そんな少女にユリウスは笑顔で手招きをした。すると少女はパッと顔をきらめかせ、ニコニコしながら走り寄って来た。少女の名前はエミリー。年は五つと言っていた。エミリーはユリウスの隣にちょこんと座る。
「どうしたんだい?エミリー。何か用事でもあったのかな?」
優しく訊くとエミリーは、少しもじもじとしながら、「あのね・・・、その猫さん触らせてほしいの」と言った。
「猫、好きなの?」
ユリウスがそう訊くとエミリーはコクンと頷く。素直で可愛い子だ。
「いいよ。思う存分撫でてあげて」
そう言って、ユリウスはエミリ―とは逆方向にいた黒猫を抱き上げ、エミリーの膝の上に移動させた。黒猫は少々無愛想な表情ではあったが、相手が子供なので大人しく撫で回されていた。そうしてしばらくレヴァンを構っていたエミリーは満足したのかパタパタと宿の中へ戻っていった。エミリーがいなくなった後もユリウスはしばらくベンチに座り続けた。もうすぐ日が沈み、寒く暗い夜がやってくる。ユリウスの好きな時間帯だ。静寂に包まれた空気の中に居ると、とても落ち着く。
「今夜、悪魔来るかな?」
ユリウスは自ら沈黙を破り、隣で毛繕いをする黒猫に訊いた。黒猫は一旦毛繕いを止め、ユリウスに顔を向けた。
「さあな。だが、来たとしても・・・・」
「分かってる。手加減して戦え・・・・だろ?」ユリウスの確認にレヴァンは頷く。
「でも、難しいな。久しぶりの戦闘だからね・・・つい、やり過ぎるかも」
「お前がやり過ぎたら街一つは簡単に消し飛ぶぞ・・・・」
ユリウスは苦笑した。
「それは困るな。せっかく助けた可愛いエミリーが死んでしまうよ」
――――・・・・そこだけか?お前の心配する要素は。
黒猫は静かに溜息を吐く。
「・・・・じゃあ、助けた子供を死なせたくないなら加減して戦え」
黒猫の再忠告にユリウスは何も答えず、ニッコリと笑っただけだった。
――――ユーリの奴、本当に大丈夫だろうな・・・・・。心配だ・・・・。
黒猫は今度は大きな溜息を吐いた。そんな心配性の従者を見ながら、ユリウスは微笑む。
(大丈夫だよレヴァン。ちゃんと善良な人は殺さないようにするから)
「さあ、そろそろ中へ入ろうか。レヴァン」
そう言ってユリウスはベンチから立ち上がる。黒猫は軽やかに跳躍し、ユリウスの肩に乗った。二人は暗がりから、眩しく光を放つ宿へと向かった。
時刻は深夜零時。ユリウス達は二手に分かれ、街周辺の調査を開始した。といってもユリウスは一人だ。この割り振りは彼自身が提案したのである。
―――――それは、彼らが一旦街の入り口に集合した時のこと。
「まずは二手に分かれましょう。皆同じ所を探していては時間の無駄です」
集まって早々、レイチェルが二人一組のペアを決めようとした時、ユリウスがあることを提案した。
「もし悪魔が現れたら、二人だけじゃ危ないでしょ?それなら、俺一人と三人に分かれた方がいいんじゃないかな?俺だったら一人でも悪魔を倒せるしね」
ユリウスのこの提案に、バートは反論した。
「おいおい、どんだけ俺らのこと見縊ってんだよ。俺らだって悪魔くらい始末できる」
「別に見縊っている訳じゃないけど、二人だけで悪魔と対峙することが危険なのは事実でしょ?敵の数も分からない。もし、敵が十数人だった場合、二人と三人どちらが生き残り易い?」
「ぐッ・・・・・・」
バートはユリウスの正論に返す言葉が無く、押し黙る。
「確かに、その方がチームの生存率は上がります。ですが、貴方はそれで本当にいいんですか?」
レイチェルが再確認をする。
「うん。俺はそれで構わないよ」ユリウスは即答した。
「・・・・・分かりました。では貴方は街の西側を、私たちは東側を調べます。一時間後にまたこの場所に集合ということで」
レイチェルの指示にユリウスは頷く。
「死ぬなよオルセン」
「気をつけてねユリウス君」
「ご武運を」
三人からそれぞれ言葉を受け取り、ユリウスは片手を振りながら森の奥へと入って行った。
「さてと、悪魔は何処にいるのかな?」
暗い森の中、鬱葱と生い茂る木々の間を余裕綽々で進んで行くユリウスに、隣を歩く黒猫が答えた。
「もっと奥にいる。数は・・・・三・四人だな」
「なんだ。少ないな・・・・それじゃ直ぐに終わっちゃうよ」
残念そうな顔をして肩を竦めるユリウス。
「任務は速やかに終わらせるものだろ・・・・・」黒猫は呆れ果てた。
「分かってるよ。でも、やっぱり久しぶりの相手は骨のある奴だといいなとは思う」
「お前の相手になるような奴が、こんな所で賊をする必要があるか・・・・?」
「まあ、無いだろうね」
レヴァンの言うことは尤もだった。魔力も知能も高い奴がこんな真似する筈がない。する必要すらないのだ。低レベルな奴ほど、賊になる。それしか生きる術がないからだろう。
そう考えると、どうやら今回の任務は直ぐに片付いてしまいそうだ。ユリウスは、あまりのつまらなさに溜息を吐いた。
街の西側に位置する森の奥では、悪魔たちが会話をしている。数は全部で四人。その中の三人は、人間とあまり外見が変わらない魔族。残る一人は亜人だ。彼は獣族の血を色濃く受け継いでいるらしい。体は人間のようだが、首から上は全くの狼その物である。
「そろそろ時間だな」
魔族の一人が月を見上げながら言った。
「ああ、向こうの奴らも準備が整った頃だろうし」
「じゃあ、行くか。愚かな人間どもを嘲笑いにな・・・」
彼らは今夜、領主の屋敷に忍び込み金目の物を盗む計画だ。この街の領主は金の亡者ということは知っている。お宝が相当あるに違いない。悪魔たちは皆、不敵に笑い街へと足を向けた。とその時、目の前の茂みがガサガサと揺れた。
「誰だッ!」
悪魔たちは警戒し、魔族の一人が茂みに向かって叫んだ。すると、茂みの向こうから銀髪の青年がひょっこりと姿を現した。
「あ、こんばんは」
彼は、この張り詰めた空気を全く感じていないような、間抜けな返事を返した。悪魔たちは一瞬呆けたが、直ぐに我に返る。魔族の一人がユリウスに問うた。
「何者だ、お前」
「俺はユリウス・オルセンと言います」
華麗な笑顔で即答されたが、悪魔は青年の名前を訊きたかったのではない。訊き方を変えて、悪魔はもう一度訊ねた。
「・・・・何をしていた」
「えーと・・・散歩?ですかね」
ユリウスは首を傾げながら、如何にも適当な理由を答える。
「堂々と嘘を吐くな」
悪魔たちは徐々に苛立ちを見せ始める。ユリウスは一度小さく溜息を吐いた。そして、作り笑顔を顔に貼り付け、悪魔たちと向き合う。
「確かに、嘘はいけませんね。貴方たちには本当のことを言っておきます。何も知らずに死ぬのも可哀想ですから」
「死ぬ・・・・だと?」
ユリウスの突拍子も無い言葉に、悪魔たちは怪訝な顔をする。
「はい、殺しに来ました。貴方たちを」
悪魔たちがよく理解していないようなので、ユリウスはもう一度、ハッキリと言った。満面の笑みで。
やっと自分たちの状況を理解できたのか、悪魔たちの表情はさらに険しくなった。
「何の為に俺たちを殺しに来たッ!」
亜人族の男が取り乱し気味に訊く。彼は、悪魔たちの中で一際警戒心を露わにしていた。いや、警戒しているというよりも、むしろ怯えているように見える。ユリウスは今、魔力をかなり押さえている。そのせいか、他の魔族はユリウスの力に気づいていない様子だ。もちろん亜人族の彼もユリウスの強大な魔力を感じて怯えている訳ではない。おそらく、彼の中に流れる獣の血が身の危険を感じ取ったのだろう。野生の感という奴だ。
「唯の任務ですよ。この街の領主から貴方たちを始末するように依頼がありましてね」
「何だと・・・・ッ」
「別に貴方たちに恨みも何も無いですが、仕事なので仕方ないです。ああ、それと安心していいですよ。苦しめはしません。一瞬で終わりますから」
ユリウスが言い終えたと同時に魔族の一人が悲鳴を上げた。しかし、その声は直ぐに聞こえなくなる。
悲鳴が消えた方を見てみると、魔族の一人がガクンッと膝を折り、前のめりに倒れた。その体には頭が付いていない。首からは大量の血が噴き出し、ねっとりとした液体が、草を真っ赤に染めていく。そして、頭部は倒れている体の横を、ゆっくりと転がっていた。
ユリウスのあまりに速い動きに、悪魔たちは仲間の死体を見るまで、何が起こったのか全く分からなかった。
「くそッ・・・一旦引くぞッ!!」
何が起きたのかが分からなくとも、これから起きる無残な惨状を想像することは、容易にできた魔族の一人が退散を命じた。指示通り、残りの悪魔たちは逃げる態勢に入ろうとしていた。だが、ユリウスは彼らを逃がす気など毛頭ない。
「逃げられないから、大人しく死んでくれないかな?」
笑顔でそう言いながら、ユリウスは掌の中で雷を作り出し、逃げる魔族へと放った。放たれた雷は光の速さで魔族の元へと向かう。魔族は避ける事も儘ならず、絶叫しながら激しく感電した。感電した魔族の体は、煙を上げて崩れ落ちる。炭のようになってしまった物体は二度と、動くことは無かった。
そして、悪魔たちはとうとう逃げれないと悟り、攻撃を仕掛けて来た。魔族がユリウス目掛けて炎を放つ。炎は周りの木々を焼き尽くしながら一直線に向かってきた。魔族の攻撃とほぼ同時に、亜人族が背後から襲いかかる。同時に攻撃すれば、どちらかに隙が生じると考えたのだろう。しかし残念、彼らは最後まで気づかなかった。もう一人敵が存在していたことを。
「レヴァン、そっちよろしく」
ユリウスは黒猫に向かってそう命ずると、自分は襲いかかる亜人族には目もくれず、炎に向けて手をかざし、水魔法で打ち消した。そしてレヴァンは、ユリウスと襲いかかろうと向かってくる亜人族との間に割り込み、結界を張った。勢いよく向かって来た亜人族は結界にぶつかり、弾き飛ばされる。
「ぐあッッ!!」
亜人族は悲鳴を上げながら、草叢の中へ倒れる。レヴァンも四本足で軽やかに草叢へと入って行った。
「あっちはレヴァンに任せておいて、俺はこっちで楽しんでよう」
そう言って、ユリウスは一歩、また一歩と魔族へと近づいていく。魔族は額を汗でビショビショに濡らしながら、後ずさる。静かな森の中、緊張した空気が漂う。
「―――ねえ」
いきなりそう言葉が発せられた瞬間、魔族の目の前にはユリウスの綺麗に微笑む顔があった。驚いた魔族は、急いでユリウスから離れようと、後ろへ飛びのこうとしたが、木に阻まれてしまった。逃げ場を失った魔族は、ついに、ユリウスに許しを請い始める。
「た、頼む・・・見逃してくれ。もう盗みなんてしないと誓う。だから・・・・」
「今夜も人間から何か盗もうとしたのかな?」
「・・・・領主の屋敷へ盗みに入る計画だった」
「君たちだけ?他にも仲間がいるの?」
「・・・・いる」
「どこに?」
「街を挟んだ向こう側の森・・・」
「その他には?」
「・・・いない。残りはそこだけだ・・・」
「そう」
「な、なあ、頼むよ。質問には全部答えた・・・・だから、命だけは取らないでくれッ・・・」
必死に許しを請う魔族に、ユリウスは笑顔で訊いた。
「死にたくない?」
「ああッ!死にたくないんだッ!!だから頼むよッ!殺さないでくれッ」
「そっか、死にたくないんだね・・・・」
魔族はユリウスが見逃してくれると思ったのか、安著の顔をする。
「でも、ごめんね?」
ザシュッッ――――
「いぎゃああああああッッッ」
ユリウスは魔族の両足を雷で作り出した剣で切断した。魔族は地面に転がり、無い足を抱えて悶え苦しむ。そんな魔族の顔面をユリウスは鷲掴みにし、冷笑を浮かべる。
「君は嘘を吐いた。向かい側の森にも、確かに悪魔の気配がするけど、それ以外にも居るよね?例えば、領主の屋敷の裏とかに・・・ね?」
魔族の顔面からは、大量に汗が吹き出す。
「知らないッ!俺はそんなこと知らなかったんだッッ!!本当だッ!!!」
魔族はユリウスの腕を掴んで、必死に弁解した。だが、そんな抵抗も虚しく・・・・
「残念でした」
ユリウスの炎によって、魔族は全身を焼かれる。
「ぎゃああああああああああツツツツ!!!!!」
自分の体が焼かれていく魔族は、絶叫しながら必死にもがいた。
「あれ?炎の威力が弱かったかな?一瞬で消し炭にするつもりだったんだけど」
そう言って、ユリウスは魔力を一気に上げた。たった数秒後、魔族の体は灰と化した。
ユリウスは、自分にかかった灰を手で払いながら立ち上がる。そうしているうちに、茂みの向こうからレヴァンが戻って来た。
「終わった?」
ユリウスの問い掛けにレヴァンは頷く。
「ああ。こっちも片付いたようだな」
レヴァンは周りに転がっている死体を見ながら言う。
「あっさりね。ところで、バート達は大丈夫かな?向こうにも悪魔がいるようだけど」
「さあな、あいつ等の実力は知らんが敵の数を考えると、苦戦しているんじゃないか?」
ユリウスはバート達がいる東側の森に気を集中させる。
「五人ほどいるね。彼らだけだとキツそうだな」
「応援に行くのか?」
レヴァンの問い掛けにユリウスは少し悩む。
「うーん・・・そうだな。やっぱそっちにしとこうかな。悪魔たちの狙いは領主の金銀財宝らしいんだけど、何かあの領主、醜くて汚いし助けたくないんだよね。アレ助けるくらいなら、仲間を助けた方が気分がいいね」
ユリウスのあんまりな言葉にレヴァンは、領主にほんの少し同情しつつ、溜息を吐いた。
「任務の事を考えるなら、普通は領主の安全確保なんだがな・・・・」
「まあ、任務についてはレイチェルに任せるよ」
そして、ユリウスはバート達のいる森の方角へと歩いて行った。
―――――なんて適当な・・・・
そう思いながらも、レヴァンはユリウスの後に着いて、仲間の応援へと向かった。
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