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リアライズ  作者: 伊勢之 剛
第一章 起動する運命
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(8) 勧誘・誘惑


 待ち合わせの場所は、オフィス街の外れにある喫茶店だった。

 一真と素子が店内に入った時、約束の時間まであと15分ほどあったが、すでに目当ての女性は一番奥の席に座っていた。

 二人の姿に気が付くと、立ち上がってにこやかに手を振る。


「すみません、お待たせしてしまって」


 素子が軽く会釈をする。

 一真もつられて頭を下げた。


「いいのよ、私も今、来たところだから」


 そう言いながら、視線を一真へと向ける。


「この子ね、電話で話していたもう一人っていうのは」

「あ、ども。三咲っていいます。三咲一真。蓮見さんと高校は違うんですけど、学年は同じ1年生です」

「よろしく。進藤瑠美よ」


 決してスタイルが悪いわけではないし、顔だって十分美人の部類に入っている。

 しかし、『モデル並の』とか『女優のような』といった形容詞は、なんとなくそぐわない。 下世話な表現を使うならば、『男好きのする』とでも言えばよいのだろうか。

 そんな言葉を知る由もない一真の受けた第一印象は、


(なんか、この人、エロいなー)


という身も蓋もないものだったが、案外、15歳男子高校生の素直な感想が当を得ているのかも知れない。

 ショートパンツから伸びる太ももの付け根まで見えそうな足や、深く開いた胸元から覗く谷間だけでなく、全体が醸し出す雰囲気がそのような印象を与えるのだろう。

 素子から聞いた話では年齢は20歳前だというが、実際に会ってみると、もっと年上の大人の女性に見える。

 いずれにせよ、健全な男子のリビドーを刺激する存在であることは間違いないようだ。


「じゃあ、座って話をしましょうか」


 瑠美は二人に席を勧めると、自分も椅子に腰掛けて、ナチュラルピンクのルージュを引いた、やや厚めの唇を開いて話を始めた。


「蓮見さんは繰り返しになってしまうけど、彼の為に最初から順番に話をしていくわね」


 もう一度視線を一真の方へ向ける。


「私はある組織に所属しているんだけれど、その組織はね、仲間を探しているの。君達のような力を持った仲間を」


 予め素子から聞いてはいたが、実際に自分が言われてみると、何と反応したらいいのかわからなくなってしまう。


「正直言って、胡散臭い話だと思ってるでしょ?『組織』とか、映画や小説じゃあるまいし」

「え、いや、そんなことは……」

「いいのよ、いきなりこんな話を聞かされたら、誰だってそう思うでしょうね。例えば……」


 右手の人差し指を立てると、アイスコーヒーのグラスから氷が一つ、空中に飛び出した。

 指をクルクルと回すとグラスの上で氷が円を描き、指を下げるとカランという音と共にグラス内に戻った。


「こんなことをしても、手品としか思ってもらえないしね。こればっかりは『信じて』としか言いようがない。でも……」


 瑠美は素子の顔へと視線を移す。


「力を持つ者同士だったら、すぐにわかってもらえる。共鳴することで同じ仲間なんだと認識出来るから」


 その言葉に素子が無言のまま頷く。

 それを横目で見ながら、一真は言った。


「信じます。蓮見さんもあなたと同じことを言っていたから」

「ありがとう。そうよね、彼女の言葉は信じてあげないとね」


 笑みを浮かべながら二人を見比べる瑠美。


「え、あ、いや、そんなんじゃ……」


 『彼女』という言葉に反応して、しどろもどろになる一真の横で、素子は顔を赤らめながらうつむいてしまった。


「じゃあ、信用してもらえたとして話を続けるわね。何故仲間を探しているのか、ということだけど……」


 そこで瑠美は一旦言葉を切った。

 隣の席に4人連れのサラリーマンが座り、なにやら書類を取り出して仕事の話を始める。

 急に客が増えてきた店内は、複数の会話が入り交じって一気に騒がしくなった。


「君達、これから時間あるかしら」


 隣のサラリーマン達に聞こえないよう、声のトーンを2段階ほど下げた。


「込み入った話になるから、場所を変えたいんだけれど、いいかな?」

「俺はかまわないけど……」


 素子も無言でうなずく。

 それを見て、瑠美は立ち上がりながら言った。


「じゃあ、決まりね。そんなに時間はかからないわ、車で行けばすぐだから」



・・・・・・・・・・・・・・・



 瑠美の言うとおり、目的地は車で10分もかからない場所にあった。

 20階建オフィスビルの地下駐車場へ車を入れると、瑠美は二人を促してエレベーターに乗り、12階まで上がる。

 エレベーターから降りると、長い廊下が続いていた。

 目指す場所は、その廊下の中間地点付近、出入り口の脇の壁面にはアルファベットで何か書かれた金属プレートが取り付けられていた。

 瑠美に続いて中へ入った一真は、何とも言えない違和感を感じた。

 室内には、端末が組み込まれたデスクが20ほど整然と並んでいるなど、オフィスの体は為しているが、しかし人が誰もいないのである。


「遠慮せずに入ってね」


 二人が通されたのは、オフィスの奥にある個室だった。

 窓際に木製の立派なデスクが鎮座し、部屋の中央付近には高級そうな応接セットが置かれている。

 社長室、といったところか。

 瑠美は、革張りのいかにも座り心地が良さそうなソファを指し示しながら、


「どうぞ、座って。今、飲み物を持ってくるから」


そう言うと、一旦部屋を出て行く。

 3人がけのソファに並んで腰を下ろすと、革が擦れる微かな音と共に体が沈み込んでいく。

 予想外に座面が沈み込んだせいで、意に反して、背もたれに体を預けてふんぞり返ったような姿勢になってしまった。

 一真が慌てて体を起こすと、アイスコーヒーのグラスを乗せたトレイを持った瑠美が戻ってきた。

 テーブルに人数分のグラスを並べ、自分は一真と向かい合う位置の1人用ソファに座り話を再開した。


「どこまで話したかな……そうそう、何故仲間を探しているのか、ってところからね。私達の組織は私達の力を色々なことに利用できないか、調査・研究しているのだけれど、どうしても数多くのサンプルが必要になるわけ。それで協力してくれる人達を探している、ということなの」

「色々なことって……」


 一真が質問しかけたとき、ドアが開いて男が無遠慮に入ってきた。


「やあ、少年少女諸君。僕らの秘密基地へようこそ。楽しんでるかい?」


 芝居がかった大げさな態度と言葉が、逆に軽薄な印象を与えてしまっているようだ。

 長身痩躯のその男は、染めたり脱色したようには見えない見事な金髪をかき上げながら、自己紹介を始めた。


「僕は黒津圭次。こっちのお姉さんと一緒に、君達のような人を探す仕事をしているんだ。もちろん、僕も君達と同じ力を持つ者の一員さ」


 黒津は空いているソファには座らずに、瑠美の右側の肘掛けに尻を乗せると、長い足を組んだ。


「で、どこまで話したんだい?」

「何故、仲間を探しているのか、というところまで」

「そりゃもちろん、社会正義の実現と世界平和への貢献の為さ」


 瑠美は、真面目な顔で言い放つ黒津を無視した。


「組織の目的とか、詳しいことについては申し訳ないけれど今の時点では話せないの。君達を信用しない訳じゃないけれど、正式に私達の仲間になってもらえるまでは伝えることができない決まりだから、理解して欲しい」


 その代わり、と言いながら瑠美が話を続ける。


「仲間になってもらえたら、当然、君達にもメリットがあるわ。一つは情報。研究結果から君達の疑問に対して、回答を提供することができる。差し当たって一番知りたいのは、何でこんな力が使えるのか、ということじゃない?」

「それはそうですけど……」

「残念ながら、完全な回答ができるほど力のメカニズムが解明されている訳じゃないけれど、ある程度のことは教えることが出来ると思う。

 それに、経済的なメリット、平たく言えばお金ね。君達はまだ高校生だから、アルバイト扱いってことになるけど、相応の給与が支給されることになる。実際には謝礼金扱いで支出するんだけど……あっ、こんな内々のことを聞いてもわからないわね、ごめんなさい」

「あの、質問してもいいですか?」


 それまで黙って話を聞いていた素子が口を開いた。


「どうぞ、何でも聞いて」

「給与とかアルバイトってことは、その、組織っていうのは、会社みたいなものなんですか?」


 それを聞いて瑠美と黒津は顔を見合わせ、意味ありげな笑いを浮かべた。


「いい質問ね。これも詳しくは話せない事なんだけど……公の機関、ってことだけは言っておくわ」

「公の機関って、それじゃあ公務員ってこと?」


 驚きを含んだ一真の疑問に、黒津が答えた。


「信じられないかもしれないけどね、こんななりしてるからさ。でも子供の頃教わらなかったかな?人は見かけで判断しちゃダメだって」


 一真と素子は、お互い、信じられないといった表情を浮かべながら顔を見合わせた。


「これで話はだいたい終わったわね」


 瑠美が話をまとめにかかる。


「今すぐに返事が欲しいとは言わないけど、そんなに長く待てない事情もあるの」

「そう、僕らには上司という怖い存在がいてね。まだかまだかとうるさいんだよ。まあ、君らには関係ないことかも知れないけどね、お兄さん達を助けると思って、一つよろしく頼むよ」

「それは冗談として、ダメならダメで新たな人を探さなきゃならないし……じゃあ、期限は一週間後でいいかしら。それよりも前に決心が付いたら、いつでも連絡してもらって構わないから」

「はい、わかりました」


 二人が揃って返事をする。

 気が付けば窓の外は闇に包まれていた。


「ご免なさいね、長時間引き留めちゃって」


 瑠美のその言葉を機に、4人は誰からともなく立ち上がった。

 オフィスの中を通り抜け、出入り口まで来たところで瑠美は、変わらない笑みのまま二人に言った。


「じゃあ、気を付けて。いい返事を期待してるわ」


 軽く頭を下げて外へ出ようとした一真は、立ち止まって瑠美の方を振り返る。


「最後に一つ聞いてもいいですか?」

「いいわよ」

「俺、本当に力を持ってるんでしょうか?」


 うーんと言いながら瑠美は腕組みをして少し考えていたが、


「これは私の全くの想像でしかないんだけれど」


と前置きして答えた。


「君の場合、危機的状況に陥らないと力が発揮されないということは、それは外的要因によって引き起こされている、ということよね。それならあとは君の内的要因が満たされれば、いつでも力を使えるようになるんじゃないかな」


 そう言って素子の方を見た。


「大丈夫よ。彼女が間違いないって言ってるんだから、その言葉を信じてあげたら?」

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