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リアライズ  作者: 伊勢之 剛
第一章 起動する運命
6/17

(6) 必然


「蓮見さんはさ、中3の時に不登校になってさ」


 駅への道中、聞いてもいないのに忠典の昔語りが始まった。


「普通に考えたらいじめが原因だろうってことで、学校も調査したんだけど、それらしいことは全くなかったんだ。確かに内気で誰とでもうち解けて仲良くなれるっていうタイプじゃないけど、かといって友達がいなかった訳じゃないし。もちろん、クラスの俺たちにも身に覚えがなかった。結局、原因はわからずじまい」


 話を聞きながら、一真はさっき別れたばかりの少女の顔を思い浮かべたが、社交的とは言い難い印象を受けたことは確かだ。

 真面目で頭がいい秀才、だけれども人付き合いは苦手、一真の感じた第一印象はそんなところだった。


「3年生の1年間で登校したのは、トータル1ヶ月もなかったんじゃないかな?クラスメイトの中には、蓮見さんのことを良く憶えていない奴もいると思う。俺は2年のとき一緒のクラスだったから良く知ってるんだけど」


 中学の時、一真のクラスにも不登校の女の子がいた。

 顔を思い浮かべようとしたが、名前すら思い出せないことに愕然とする。


「ただ、学校に来ていなくても頭は抜群に良かったんだな、これが。洛央にはトップの成績で入学したって噂だし。あそこ、入学試験の点数を重視するだろ?」


 受験しようとも思わなかった高校の入試システムのことは知らないが、真面目で頭がいいという第一印象は間違っていなかったことになる。


「でも、あの様子だと高校にはちゃんと行けてるみたいだな。中学のときも2年生までは普通に通学してたし、美術クラブではサブリーダーも努めてたくらいだから、もともとやれば出来る子なんだよな」


 上から目線で一人納得している友人は無視して、もう一度素子の顔を思い浮かべてみる。

 いや、思い浮かべるまでもなく、何かを伝えようとしていた真剣な眼差しが頭から離れないのだ。

 吸い込まれそうな瞳、という表現があるが、素子の場合は逆に自分の中へ入ってきそうな眼だった。

 いつになく真剣な面持ちでそんなことを考えている間に、相方の話題は全然違うところへ向かっていた。


「そういや、お前、何でクラブ入らないんだ?中学でバスケやってたんだろ?」


 急に矛先が自分に向いてきたので、少し動揺しながら、素子のことはひとまず頭の脇に置くことにした。


「別に好きでやってたわけじゃなかったからな。中学では全員クラブに入らなきゃいけなかったから入部しただけで」

「もったいないよなー、お前、運動神経はいいのにな。他のクラブは考えなかったのか?」

「高校のクラブなんて、ほぼ100パーセント経験者ばっかりだろ?その中で今更、1からやるのもなー」

「文化系は?」

「うーん、今ひとつピンと来ないんだよなあ。自分のやりたい事、ってのがわかんないし」


 今ひとつ煮え切らない態度の友人に、あきらめ顔でため息を漏らす。


「お前って、ホント、3Mそのものだよな」

「なんだっけ、それ?」

「先週のホームルームで五十嵐が言ってただろ?無気力、無関心、無感動。『現代若者気質』とか何とか…」

「そういえば、聞いたことがあるような、無いような…」

「早いこと何か見つけないと、高校3年間なんて、あっという間に終わっちまうぜ」


 珍しく正論を吐く。


(わかってるさ、そんなこと)


 それだけに余計に焦りが募る悪循環に陥っているのも、重々承知している。

 一真が答えなかったことから、しばし無言で歩いていたが、渡ろうとした交差点の歩行者用信号が赤になり、二人は立ち止まった。

 続いて自動車用の信号が黄色から赤に変わり、青い矢印信号が点灯した。

 右折レーンの先頭にいたセダンがわずかに前進したとき、対向車線を猛スピードで走ってきたステーションワゴンが信号を無視して交差点内に直進で進入する。

 速度は100キロを超えていた。

 相手が止まるだろうという思いこみは、安全運転の大敵だ。

 双方の運転手がその過ちを犯したとき、2台の車の右フロント同士が軽く接触する。

 接触自体は擦った程度だったが、それをきっかけとしてステーションワゴンのタイヤはグリップを失い、スピン状態で制御不能になる。

 自動車にも勿論、思力制御技術が使われているが、それはあくまでもサブであり、ハンドルとアクセル、ブレーキを操作するのは運転者自身だ。

 歩行者の急な飛び出しに対応するブレーキなどは思力により作動するようになっているが、時速100キロでスピンした状態で急ブレーキをかけたとしても、車体の制御を取り戻すことはできない。

 回転しながら進むその先には、信号待ちの歩行者達。

 突進してくる凶器に、皆は慌てふためいて背を向けて逃げようとしたり、後ろへ倒れ込んだりした。

 だが、一真の反応は対照的だった。

 正面を向いたまま両手を真っ直ぐ前に伸ばして、向かってくる車を掴み取ろうという格好だった。

 そう、突っ込んでくるのが1.5トンの鉄の塊ではなく、プラスチックで出来たミニチュアカーででもあるかのように。


 その時、運転手の硬直した表情が見えた気がした。

 学校の時と同じだ。

 あの時も飛んでくるボールの縫い目まで見えたような気がした。

 いや、確かに見えたのだ。

 スローモーションのように。


 一真の2メートル程前でタイヤが路面を離れ、車はジャンプ台に乗ったかのように斜め上方へと飛び出す。

 頭上約1メートルの高さを通過した車は、着地点としてはおあつらえ向きの植え込みへすっぽりと収まった。

 ツツジの枝がクッションとなって、着地の衝撃を和らげたので、車体は目立った損傷は受けなかった。


 頭の上を飛んでいく車に合わせて、一真は意図的に後ろへと体を倒し、最後は仰向けに寝ころんだ姿勢で着地までを見届けていた。

 端から見れば、周りの者と同じように尻餅をついて倒れ込んだように見えただろう。

 だが、わかっていた。

 学校の件では自信がなかったが、今回ははっきりと自覚していた。


 今のは、自分がやったことだ、と。


 両手の平には、硬い金属を掴んだ感触が残っている。

 実際にはあり得ないことだ。

 しかし、その感触は間違いなく現実のものだった。 

 

(そういえば、体育の授業でやった柔道の巴投げって、こんな感じだったな)


 一真は改めて冷静な自分に驚く。

 周りからは、救急車とか警察といった単語の断片が聞こえてきた。

 何人かの大人が駆け寄ってきて、早口で『大丈夫か』とか『怪我はないか』とか言ってきたので、大丈夫ですと答えていると、ふと何かに気が付いた。

 集まってきた人々とは違う、別の視線、しかも一つではない。

 辺りを見渡すが、人だかりが邪魔をする。


「三咲!無事か!」


 半ば腰が抜けたように四つんばいで近寄ってきた忠典が、一真の腕に取りすがる。

 適当に返事をして、腕をふりほどいて立ち上がったが、周りに見えるのは野次馬だけだ。

 立ち尽くす一真の耳に、遠くから複数のサイレンの音が聞こえてきた。

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