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リアライズ  作者: 伊勢之 剛
第一章 起動する運命
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(5) 偶然


 高校の最寄り駅から地下鉄に乗って15分余り、地上に上がると市内最大規模の電気街である社町通りが南北に走っている。

 平日にも関わらず多くの買い物客で賑わう通りの中程、ビルの1階にあるファーストフード店は『コールドドリンク50円キャンペーン』の効果か、大学生らしきカップルや学校帰りと見える中高生グループなどでごった返していた。

 最奥の席に陣取った男子高校生二人のテーブルには、アイスコーヒーとアイスティーのグラスだけ。

「ご一緒にポテトも…」と言いかけたアルバイト店員の言葉を、「注文は以上です」と、大仰なセリフできっぱりと遮り、出費を最小限度に抑えたのだった。

 普段なら、この1杯で2時間は粘るのだが、今日はそんなに長居は出来ないだろう。

 時刻はもうすぐ午後7時、担任教師の説教と硬球激突未遂事故のおかげで予定が狂ってしまった。

 厳しい家庭という訳ではないが、さすがに9時10時まで遊び歩くわけにはいかない。


(30分くらいで出ないといけないな)


 そんなことを考えながら、一真は手にしたガムシロップをアイスティーのグラスへ投入する。

 しかも、当然のように3個立て続けに、だ。

 あきれ顔で忠典が言う。


「………本当にそれ、飲むのかよ?」

「悪いか?」

「それじゃ、砂糖水だろ」

「これくらいが丁度いいんだよ」


 そう言いながら、一真は満足げにアイスティーを飲む。

 見ているだけで胸焼けしそうになるので、なるべく一真の方へ視線を向けないようにしながら、テーブルの上に置かれた紙箱の開封に取りかかった。

 中から取り出したのは、二人の首に装着されているモノと同じような形状をしている、機械と言うには華奢な道具。

 しかし人々が思力技術の恩恵を受けるには、この道具の助けが必要不可欠だ。

『携行装着式思力増幅機』という、いかにも役人が付けそうな正式名称で呼ぶ者はまずいない。

 いつの頃からか、『アンプ』という通称名が定着していた。


 国民一人一人に中学入学のタイミングでアンプが無償で支給される。これはもれなく全員に、だ。

 標準機と呼ばれる支給品は必要十分な機能を有するもので、これで一通りのことは不自由なくこなせる。

 初期の頃に比べると小型軽量化が進み、今では装着していることをつい忘れてしまうくらい小さく、薄く、そして軽くなっている。

 通常の社会生活を営む上では、この標準機で事足りるのだが、人には他人と差別化を図りたいという欲求がある。

 需要に対して供給が為されるのは当然の結果だ。

 今では、各メーカーから様々なアンプが発売され、一大マーケットを形成している。


 実際の機能面でそれほど差があるわけではない。

 もっとも重要な思力の増幅率については、体に与える影響など安全性の面から制限が掛けられているので、どの機種も似たり寄ったりの性能だ。

 それ以外の部分、主にデザイン面で差別化を図っている商品が多い。

 耳に掛けるタイプや頭につけるカチューシャタイプ、小型化の流れに逆らって敢えて大きくしたヘッドフォンタイプもある。

 標準機と同じ首の後ろから装着するタイプでも、色や表面処理を変えたりして消費者にアピールしている。


 二人がしげしげと眺めているのは、マットブラックの表面処理が施された、標準機に似た首の後ろから装着するタイプだ。


「やっぱ、黒っていいよな。これにして正解だったな」


 販売店の店頭で、たっぷり1時間は悩んだ末に選んだ機種を満足げに眺める。

 今までは標準機で十分と考えていた一真だったが、考えがぐらつく。


「なんだか俺も新しいアンプ欲しくなってきたな」

「買っちゃえばいいじゃん」

「でも高いだろ?」

「俺みたいにバイトしたら?」


 自宅近くのコンビニエンスストアでアルバイトしている忠典は、クラブの練習がない日は勿論のこと、練習がある日でも遅い時間に少しでも働いて、自力でアンプの購入資金を貯めたらしい。

 そういうところは尊敬に値すると一真は素直に思っている。


(俺には真似できないな……)


 クラブもバイトもしていない自分が、ひどく自堕落な人間に思えてきた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 予定通り、約30分後にファーストフード店を出た二人は、他愛もない会話を続けながら地下鉄の駅を目指して歩き始めた。


「あれ、蓮見さん?」


 すれ違いざまに忠典が声をかけた相手は、セーラー服姿の女の子だった。

 飾り気のないセミロングの黒髪と、セルフレームの眼鏡が真面目な印象を与える。


「え、あ、生野君」


 明らかにとまどいを隠せない様子で返事をした少女は、いきなり声を掛けられて、むしろ迷惑がっているようにも見える。


「久しぶりじゃん。あ、そうだ、蓮見さん、連絡いってる?クラス会の」

「あ、はい、一応聞いてます」

「夏休みに入ってからだから、時間あるよね?」

「でも、補習とか、いろいろ忙しいから…」

「そっかー。残念だなー」


 そう言った忠典は、ようやく隣に一真がいることを思い出した。


「あ、そうそう、こいつ三咲っていうんだ。高校の同級生。こっち蓮見素子さん。中学の時の同級生」

「どうも…」


 こんなときはどう言えばいいんだろう。

 如才ない友人と違い、どちらかというと人見知りをするタイプの一真は、いきなり女の子に紹介されて、とまどいを隠せない。

 当たり障りのない言葉で場を濁す。

 相手もどうやら同じタイプの子のようだった。

 極力うつむいたまま目を合わせないようにしていたが、仕方が無く、といった感じで顔を上げる。

 二人の目が合った、その瞬間。

 素子という女の子の様子が明らかに一変した。

 一瞬、驚いたような表情を浮かべた後、今度は一真の目を真っ直ぐに見つめ返してきた。

 人見知りどころではない。

 愛の告白でもしそうなくらい真剣な眼差しを送ってくる。

 だが、黒眼がちな瞳には、愛とか恋とかそんなものとは全く違う、何か切実に訴えかけてくるような雰囲気が感じられた。


 場の空気に耐えられなくなったのは、蚊帳の外の忠典だった。


「え?何?二人、知り合い?」


 その言葉に、我に返った様子の素子は、


「……わ、私、用事があるので、これで…」


質問には答えず逃げるように立ち去り、一つ目の角を曲がって二人の視界から消えた。


「三咲、お前、蓮見さんのこと知ってるのか?」


 同じ質問をされて、今度は一真がふと我に返る。


「え、なんで?全然知らないけど」

「そうか?向こうは何だか知ってるような感じだったけど」

「そんなわけねえよ。あの制服、洛央だろ?秀才学校と俺にどんな接点があるんだよ」

「ああ、まあ言われてみればそうだな」


 『洛央』と呼ばれる県立洛央高校は、県下では、というより国内でも有数の進学校として知られている。

 最難関の国立大学である西都大の合格者数ランキングでは、公立校ながら毎年全国でも十指に入るほどだ。

 洛央に行けるような頭のいい知人に心当たりはないし、一真の出身中学からは一人も入学していないはずだ。

 ただ、確かに素子の様子は普通じゃなかった。


(俺に何か言いたそうな感じだったけど…)


 だが、考えてみたところで答えが出るはずもない。

 なんとなく後ろ髪を引かれる思いだったが、時間という現実と帰宅を急ぐ人の流れに促されるようにして、二人はまた駅へ向けて歩き出す。


 しかし、その背中に向けられた視線には気が付いていない。




 視線の主である素子は、ビルの出入り口に隠れながら様子を窺っていた。

 二人が歩き始めると一度は躊躇したが、それも一瞬の事。

 胸に当てた右手をぎゅっと握りしめ、意を決したかのようにビルの敷地から歩道へ出ると、一定の距離を保ちながら二人の後を追いかけ始めた。

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