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リアライズ  作者: 伊勢之 剛
第一章 起動する運命
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(2) テクノロジー


 レポートの恐怖をひとまず回避した一真は、這いつくばるようにして何とか2階にある教室までたどり着いた。

 窓際の、前から2番目に位置する自分の机に突っ伏していると、クラスメイトの一人がさっと近寄ってきて声を掛ける。


「なあなあ三咲、間に合ったのか?どうなんだ?」


 その声には、人の不幸を期待する響きが多分に含まれていた。

 相手が一番仲の良い友人である生野忠典だったので、腹を立てることもなく質問に答えるが、それ以外の者だったなら『うるさい』のひと言で済ませていたかもしれない。


「お前の期待を裏切って悪かったな。ギリギリ、徳俵一杯でうっちゃり決めてやった」


 時々、高校生らしくない表現を使う一真の言葉に、一瞬、頭の中に疑問符が浮かんだ忠典だったが、そこは慣れたもの、『遅刻せずに済んだ。よって10レポは無し』と脳内で変換した。

 あからさまにがっかりした口調で、


「へー、そりゃ良かったな」


と心にもないセリフを棒読みで口にする。

不幸に見舞われる友人を見るという、いささか趣味の悪い楽しみを取り上げられてしまった忠典は、どうでもいいといった気のない口調で話を続ける。


「そういやさ、1時間目の『思力概論』の授業、ビデオ見るんだってさ」


 対する一真も、机にあごを乗せただらしない格好を崩すことなく言葉を返す。


「中学でさんざん見させられた奴かなあ?もう飽きちまったけどな」

「いや、そうじゃなくて、もうちょっと大人向けのビデオみたいなこと言ってたな」

「言ってたって、誰が?」

「4組の亀山。昨日授業があったんだってさ」


 一条学園高等学校は一学年に8つのクラスがある。

 1組が超難関大学への進学を目指す『特別選抜進学クラス』、2組が国公立や難関私立大学を目標に外部受験をする『選抜進学クラス』、残りの3~8組は、同じ一条学園グループ内の大学への内部進学組である『進学クラス』となっている。

 一真や忠典の属するのは進学クラスである5組。

 よほどのことが無い限り、系列大学への進学は保証されたも同然であるので、進学クラスの生徒にとっては、勉強に対するモチベーションの維持が課題といえる。

 試験がない教科では、尚のことやる気を起こすのは難しい。

 そういった教科の一つである『思力概論』の授業は、一真にとって一息つくための時間くらいの存在でしかない。

 ましてやビデオの視聴である。

 ビデオを見る時には室内の照明を落とすし、教師も教室の後ろに置いた椅子に座って一緒に見ているだけなので、前から2番目という一真の席は、何をしていても気付かれにくい絶好の位置にある。

 上映会が始まってしまえばこっちのもの、適当なところでお休みモードに入ればいい。

 疲れた体には休息が必要だ、などと都合のいいことを考えていると、教室のドアが開いて担任教師の五十嵐が入ってくる。

 慌てて席に戻る忠典を横目で見ながら、一真の頭の中は、いかにして気付かれずに眠りの世界へ没入できるか、その算段を考えていた。


「今日の授業はビデオを見てもらう。

 これまで小・中学校で思力に関する視聴覚教材を見てきたと思うが、今日のは教材じゃなく思力というものが初めて世間に紹介されたときのテレビ番組だ。

 思力の使い方については、中学卒業までに一通り勉強してきたと思う。

 高校の授業は、思力というものが普及してきた背景や社会に与えてきた影響について考えていくことが主となる。

 まあ、難しく考えないでリラックスして見ればいい」


 五十嵐はそこまで言うと教壇を下りて教室の後ろへと歩いていこうとしたが、ふと一真の顔を見て、


「寝るなよ」


ひと言釘を刺す。

 教室のあちこちで押さえた笑いが起こる。

 教室の照明が落ち、スクリーンに映像が流れる。

 通常の授業では、各生徒の机にビルトインされた端末のディスプレイを使用する。

 簡単な動画なら、各人の視神経へ直接映像を投影することも可能である。

 そのどちらでもなく、教室の前の壁に埋め込まれたスクリーンに映像を映すのは、『みんなで一つの画面を見る』ことで、クラスの一体感というものの醸成を期待しているのだ。

『紙』を使ったレポートといい、チャイムといい、このスクリーンといい、学校という組織はなかなか古い方法論を捨てきれずにいる。

 数秒後、一人の男が映し出された。

 40代前半に見えるその男は、ベージュのジャケットにノーネクタイといった出で立ちで立っていた。なかなかの男前である。


「テレビをご覧の皆さんは、以心伝心という言葉をご存じでしょう。あるいは、阿吽の呼吸。

 いずれも、言葉に出さなくても自分の気持ちが相手に通じることです。

 では、これらが科学の力で証明できるとしたら?

 これから皆さんに、それを可能にする力、『思力』というものをご説明していきましょう」


 ここで唐突に場面が変わる。

 丸いテーブルを挟んで、先ほどの男とテレビ局のアナウンサーが向かい合って座っている。

 タイトルやコマーシャルをカットして編集したのだろう。


「早明浦教授、思力という言葉は初めて聞くのですが?」

「一言で言えば、文字通り『思いを伝える力』のことです。

 具体的には、心の中で思い浮かべた事柄を一種の波動、私は『思力波』と呼んでいますが、この思力波に乗せて外部へと発信することで情報を伝達する力のことなのです。

 身近なところで言えば、思力を使うことで携帯電話のように遠く離れた友達とおしゃべりできるし、リモコンが無くてもテレビのチャンネルを自由に変えられる。

 思力を感知するセンサーを組み込めば、あなたが心の中で思うとおりに機械を制御することができるのです。

 それも小難しい理論は抜きで、直感的な操作が可能となります」

「教授、いまの話だけを聞いていると、失礼ですが夢物語にしか聞こえません。

 魔法とか超能力とか、そういった類のものと同列にしか考えられないのですが…」


 教授と呼ばれた男は、アナウンサーの言葉を頷きながら聞いていたが、ゆっくりとした口調で答える。


「確かに、突拍子もないことと思われるのは当然です。

 私自身も思力というものを発見したとき、そう感じましたから。

 しかし、私は科学者です。根拠のない絵空事を主張したりしません。

 実験を繰り返した結論として、私は思力というものが存在すると確信したのです。

 勘違いして欲しくないのは、思力とは魔法や超能力などではなく、見たり、聞いたり、しゃべったり、歩いたり、掴んだり……そういったことと同じように、もともと全ての人に等しく備わった力だということです」

「それでは何故、今まで思力というものが発見されなかったのでしょうか?」

「その理由として、人の発する思力波が極めて小さい、ということが挙げられます。

 そして特殊な波動であることから、今までのセンサー類では捉えることが出来なかったのです。

 あなたが私に向かって、何か伝えようと心の中で思ったとしましょう。

 その内容は思力波に乗ってあなたから発信され、私はそれを受け取ります。

 しかし、あまりにも思力波のレベルが弱いために認識することができない、受け取ったことすら気が付かない。

 それでは思力を利用することが出来ない。

 どうしても思力を増幅する機械が必要になるのです」


 そこでアナウンサーが、テーブル上に置かれた物を指し示しながら言った。


「それがこの機械、というわけですか」

「そうです。これが思力増幅機です」


 そう言いながら、ヘッドフォンのような形をした装置を手に取る。


「これを頭につけると、その人が発する思力波を増幅し、もう一度その人にフィードバックする。人は増幅された思力波を改めて外へ向けて発信する、というわけです。

 ただし、この機械は人の思力波を増幅するだけで、発信する機能はついていません。

 あくまでも思力波を発信するのは生身の人間なのです」


(へー、昔はあんなに大きかったのか)


 一真は頬杖をつきながら、予想に反して眠気がなかなか襲ってこないことに疑問を抱きながら映像を眺めていた。

 その手は無意識の内に、首の後ろにはめ込まれた機器を触っていた。

 危うく自分の部屋に忘れそうになった『それ』は、表面が肌色なので、皮膚と同化して見分けがつきずらい。

 男の言葉が続く。


「私たちは思力についての実証実験を計画しています。

 私が所属する西都大学の学生を対象にして、この思力増幅機をつけて日常生活を送ってもらうのです。

 家電製品や照明器具などに思力を感知するセンサーを組み込んで、日々の生活の中で使用してもらいます。

 先ほども申し上げたように、それらの操作はすべて自分の頭の中で思うだけで出来るようになっています。

 私は『感覚制御』と呼んでいますが、『なんとなく』とか『だいたいこんな感じ』というように、抽象的なイメージングでも制御可能なところに特徴があります。

 受け手の機器には、新しいアルゴリズムを持った制御プログラムを実装しており……」


 番組はまだまだ続いていたが、技術的な説明になってくると、どこかに隠れていた眠気がようやく姿を現した。

 予定通り、さしたる抵抗も見せずに無条件降伏した一真は、安らかな眠りの世界へと落ちてゆく。


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