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リアライズ  作者: 伊勢之 剛
第一章 起動する運命
10/17

(10) 思惑


 ビルの正面玄関から右を向くと、100メートルほど先に地下鉄の出入り口が見えた。

 並んで歩きながら、一真が口を開く。


「蓮見さんはどう思う?あの人達の話」


 唇に人差し指を当ててしばらく考えてから、素子は答えた。


「話の内容はともかく、あの人達に関しては悪い人じゃないとは思うんだけれど……」

「あ、そうか。蓮見さんは心が読めるんだったっけ」


 一真の言葉に慌てて手を振りながら、素子は訂正する。


「でも、三咲君にやったように、積極的に心の中まで入っていった訳じゃないから、確実なことは言えないんだけれど……あくまでも受け身の状態で感じた限りでは、悪い印象は受けなかったんです」

「でも、公の機関とか公務員とか、本当かなあ?」

「でも、あとですぐにバレてしまうような嘘はつかないと思います。あの人達、頭良さそうに感じたから」


 確かにその考えは一理ある。


「あー、頭がこんがらがってきたなー」


 思わず天を仰ぐ一真に、素子は控えめに提案した。


「今、ここで答えを出す必要はないと思うんです。家に帰ってご飯を食べて、お風呂に入ってリラックスして、それからじっくり考えてみて。結論を出すのはそれからでも遅くはないと思うんですけど、どうでしょうか」


 その提案に一真も同意した。


「そうだな、この件は明日、また会って相談しようか」

「はい!」


 まだ出会ってから1日ほどしか経っていないが、素子の表情が時を経るごとに生き生きとしてきているのがわかる。

 まるで、今まで抑えてきた感情を取り戻すかのようだ。

 昔の彼女を知っている者には信じられないことかもしれない。

 初対面の時の、あの思い詰めた様子はもう感じられなかった。


(自分と出会ったことが良いきっかけになってくれているなら)


 地下への階段を並んで下りながら、一真は楽しそうにしゃべる横顔を見てそう思った。



・・・・・・・・・・・・・・・



 二人が地下へと消えていく様子をオフィスの窓から確認すると、瑠美は大きく息をはき出した。

 眉間に張り付いていた緊張感が一気に落ちる。


「お疲れ。『心讀使い』が相手だとさすがに応えるだろ?心に壁を作るのも楽じゃないからな」


 振り向くと、開け放たれたドアに寄りかかるようにして黒津が立っていた。

 瑠美は視界に表示された時刻表示にチラリと視線を向ける。

 午後7時30分を回っていた。

 あの二人を喫茶店まで迎えに行ってから、2時間を越えている。


「そうね、これくらいの時間が限界ね。本当はあの子達を家まで送っていってあげれば好感度アップなんだろうけど、ちょっと無理かもしれない」

「でもよ、僕ちゃんの方はともかく、お嬢ちゃんはどうするんだろうな。いつかは俺たちの『目的』ってやつを教えなきゃなんねえだろ?あの子、拒否反応を起こしそうなタイプに見えたけどな」

「そこは『教育班』の腕の見せ所。私の仕事は『取り込み』まで。その後で失敗してもそこまで責任はとれないわ」

「その縦割り感覚、やだやだ、官僚主義って奴に毒されてるねぇ」

「なんと言われようと私は人の仕事にまで手を出すつもりはないし、そんな余裕もないの。『取り込み』さえ成功したら私の実績になるんだし、それ以上のボランティアをする気はさらさら無いわ」


 そう言って窓際から離れると、椅子に座ってデスクにビルトインされた端末のスイッチを入れる。

 黒津は椅子には座らず、瑠美の隣のデスクに腰掛けた。


「まあ、何でもいいや、実績さえ上がれば。俺もカリカリしてる課長に八つ当たりされるのはご免被りたいしね」


 端末が起動するまでの間、瑠美はデスクの上に置かれた布製の黒い手提げから丸い缶を取り出すと、ふたを開けて中に入っているクッキーをつまんで口に放り込んだ。

 起動した端末からネットワークドライブに接続し、報告書用の書式を呼び出したとき、出入り口のドアが開いた。


「ただいま戻りました」


 一仕事を終えたポニーテールの少女がオフィスへ入ってきた。


「お帰り、はづき。遠いところご苦労さま。で、どうだった?」


 瑠美の優しげな視線とねぎらいの言葉にちょっとはにかみながら、はづきと呼ばれた少女は答えた。


「やっぱりただのペテン師でした。超能力っていうのは名ばかりで、全部手品の延長。頭に来たから仕掛けの釣り糸を1本切ってやったら、メチャメチャ焦ってた」


 そう言うとケラケラと屈託なさげな笑い声を上げた。


「そう。まあ期待してなかったから、しょうがないわね」

「瑠美先輩、早く元のシフトに戻してくださいよ。私、3ヶ月連続で確認班なんですよ。インチキ超能力者の調査は、もううんざり」

「そう文句言わないの。真澄が帰ってくるまでは、どうしても人数が足らないんだから、我慢して」


 瑠美がたしなめるような口調で言った。


「いいよなー、真澄は。海外行けてさ」

「仕方ないでしょ?帰国子女の真澄くらいしか適任者はいないんだから」

「私も英語くらい喋れたらなー」


 並んだデスクの一番端に位置する、1ランク上等そうな肘掛け椅子に体を預けると、思い出したように言った。


「そういえば、さっき向かいのビルの屋上に『総研』のチビっ子がいたんで、追っ払っておきました」

「あら、そうだったの?悪かったわね、手間取らせちゃって」


 そう言いながら、はづきの視線がデスクの上に注がれていることに気が付くと、瑠美は缶を手にとって差し出した。


「食べる?」

「えっ、いいんですか?」

「ちょっと作りすぎちゃって一人じゃ食べきれないから、良かったら好きなだけどうぞ」

「いっただきまーす」


 言うが早いか、チョコレートクッキーを二つまとめて口に入れた。


「単なる視察かな?定期便の」


 黒津の問いに、クッキーをほおばったままの口で答える。


「そんな感じじゃなかったな。多分、あいつ、自分の姉貴と話してたんだろうけど、電話の内容からすると、ここに来ていた二人のこと知ってるって口振りだったし。ルーティーンの敵情視察じゃなくって、あの二人をマークしてたみたい」

「なんでわかったんだろうな。今日まで女の子との接触はずっと外でやってきたんだろ?進藤先生が接触場所まで尾行されるようなドジ踏んだとは思えないし。ウチの施設に連れてきたのは今日が初めてだから、そっちから足がついたとは考えられないしな」

「今日来た男の子、一条の生徒でしょ?だからじゃないですか」


 三つ目のクッキーを口に入れながら、はづきが言った。


「ちびっ子も、その姉貴も揃って一条に通ってるから、男の方に目を付けてたんじゃないかな。それで男をマークしてるうちに女と出会ってしまった、ってところじゃないかと思うんだけど」

「なるほど、それなら納得。でも、そうなると急いだ方がいいんじゃねえの?向こうもアプローチしてくるだろうし」

「そうね」


 瑠美はディスプレイから視線を動かさずに答えた。


「予定を前倒ししたほうが賢明かもね」

「じゃ、忙しくなる前に、ひとつ、ご一緒にディナーなんてどうだい?」


 黒津の誘いに、瑠美は首を横に振る。


「せっかくだけど今日は遠慮しておく。これまでの報告書を仕上げてしまいたいから」

「そりゃ残念。デートはまたの機会のお楽しみって事にしておくか」

「圭次君、いつものことだけど、あたしは誘ってくれないんですね」


 はづきは、ちょっと拗ねたように口をとがらせた。


「子供には聞かせられない、大人の話ってのがあるんだよ」

「そういう圭次君もまだ二十歳前じゃない」

「お前より三つも年上だぜ。19歳は十分大人だな。酒もタバコも選挙も運転も……」

「運転以外はまだダメでしょ」


 ピシャリと言われて、とぼけた口調で話を混ぜ返す。


「ああ、そうだっけ。まあ、そんなことはどうでもいい。それより何より問題なのは、『柳井はづき』っていったら『夜の街のアイドル』だからな。俺なんかが連れて歩いてたら、ちょっと怖い男子中高生諸君に絡まれてボコボコにされちまう。」


 二人の掛け合いに瑠美が割って入る。


「へえー、はづきってそんなふうに呼ばれてるの?」

「もう、瑠美先輩までそんなこと言う!」


 ふくれっ面のはづきに睨まれた瑠美は、そっちには笑顔を返しておいてから、黒津に向かって言った。


「冗談はそれぐらいにして、私に気を遣うこと無いわよ。二人で行ってきなさいよ。この辺りの店なら繁華街から離れてるし、あなたにガン付けてくるお子様達もいないでしょ」


 黒津は腰掛けていたデスクから下りながら、


「まあ、たまには若者と親交を深めるのも悪くないかな」


そう言うと、ドアに向かって歩き出す。


「んじゃまあ、お言葉に甘えて行くとするか、若者よ」


 はづきに向かって声を掛けると、


「じゃ、おつかれ」


 頭の上で右手をヒラヒラと打ち振りながら、部屋を出て行く。

 慌てて椅子から立ち上がったはづきは、


「瑠美先輩、すみません。お先に失礼します」


 そう言って頭を下げると、黒津を追って部屋から出る。


「おつかれさま」


 ディスプレイから顔を上げた瑠美は、出て行く二人の背中に向かって声を掛けた。

 ドアが閉まると、それまでの騒がしさが嘘のように室内は静寂な空間へと戻る。

 エアコンの音だけが微かに響くなか、瑠美は淡々と文章を仕上げていった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「ターゲットの二人は、さっき地下鉄に乗っていったよ。明日も会うようなこと言ってた」


 帰宅を急ぐ人の群れの中には、コンビニエンスストアの店先でカフェオレを飲みながら電話をする女子中学生のことなど気にする者はいない。

 目の前を足早に通り過ぎていくそんな人々を眺めながら、少女は話を続けた。


「でも、こっちも動いてることがバレちゃったから、『ラボ』も急ぐんじゃない?」

『そうかもしれないわねー。じゃあ、明日、香寿美さんに相談してみる。こっちも対応を考えないと』


 相変わらず電話の向こうから聞こえてくる声は、緊迫感とは無縁の響き。


『それはそうと、何時頃に帰ってくるの?』


 こういう言い方は、暗に早く帰ってこいという催促だ。


「慣れないことして疲れちゃったし、バスで帰るから。あと30分くらいかな」


 コンビニの前にあるバス停から乗れば、乗り換えなしの1本で自宅近くまで行けることは確認済みだ。


『えー、30分もかかるの?『シフト』すればすぐに帰ってこられるのに』


 しつこく食い下がる姉の言葉に、やや切れ気味な返事を返す。


「あのねえ、お姉ちゃんと違って、私は殴る蹴るとか体を使うのは苦手なの。わかる?どれだけ私が疲れてるか。それを『シフト』して帰ってこいなんて、よく言えるわね。12ラウンド闘ったボクサーに今度はフルマラソン走ってこい、って言うようなものなのよ」

『ああ、ごめん。わかったから』

「だいたいお姉ちゃんは……」


 姉妹の立場が逆転した会話は、5分後にバスが到着するまで続いた。

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