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voce bianca

これが、俺のやり方だよ。―――きっとお前は、泣くんだろうけど。




城に入って、彼女が最初に欲しがったもの、それは洋服でも菓子でも玩具でもなく。

「おとうさまとおかあさまに、あいにいくひが、ほしいの…。」

あれから7年。何度、嬉々として両親に会いにいく彼女を見送っただろう。

その度に襲ってくる言いようのない不安に、我ながら良く耐えていると思う。


“もう彼女は、このまま城に帰ってこないのではないだろうか。”


一度浮かんだその考えは、どうあっても消せなかった。

ならどうすれば良い。どうすればこの不安を消すことが出来る。…どうすれば彼女は、自分の傍にいてくれる。

自問自答の末導き出された答えは至極簡単で―――あまりにも残酷なものだった。



「ユト。急で悪いんだけど、明日、仕事が入ったんだ。」

その言葉に表情が一瞬で曇る。緑の瞳が不安と戸惑いを湛えてヴァルツェを見上げる。

「お仕事。…また人を、殺さなきゃならないの?」

「明日がユトにとって大事な―――父君と母君に会いに行く日だってのは分かってるんだけど…

なにせ急を要する仕事でね。国のためなんだから、聞き分けてくれるよね、ユト?」

「…うん。」

ユト。その名はヴァルツェが彼女に与えたものだ。

彼にとってそれは彼女の”自由”を自分が取り上げたと思い込むためのものだったのかもしれない。

けれどまだ足りない。足りない。全く、足りない。

ユト。それは始まりの音。そして巡って尾を食う蛇のように完結する。始まりであり終わり。


だから彼女がいなければ、彼の世界は成り立たない。





青い目に苛烈な怒りの炎を宿してツェスが部屋に乗り込んできたのは、

ユトに話をして間もなくのことだった。―――やはり、来たか。

「…何か用か。」

「お願いが。…お願いがあります。」

手に書類を握り締めて。肩で息をしながら。任務の詳細を知って慌てて来たのだろう。

物静かなツェスがこうして怒りを滲ませることはあまりなかった。

けれど無理もないだろう。普通の人間ならそれがまっとうな反応だろうから。

「…今回の任務、どうかユト様を外して下さい。彼女無しでも、」

必死の懇願は、これ以上ないくらい温かみのない声(ヴォーチェ・ビアンカ)によって一蹴された。

「ここに来て2年しか経ってない新兵が生意気な事を言うな。」

「す、みません…。」

「用はそれだけか。ならさっさと任務の準備にかかったらどうだ。」

それだけ言って手元の書類に視線を落とす。もう話すことは無いという意思表示だ。

普段ならばそれで何も言わず出て行く。普段ならば。

「ヴァルツェ様。…彼らの嫌疑は。…本物なのですか。」

「…やれやれ。頭が良すぎるのも、困りものだな。」

視線を上げるとツェスはわなわなと震えていた。ぐしゃりと手にしていた書類がますますに悲鳴を上げる。

すっかり暗くなった部屋に、彼の絶望的な呟きが落ちた。

「何故、こんなことを…。」

「…余計なことをしないでくれるかい、ツェス?俺はただ、ユトに傍にいてほしいだけなんだから。」

「っ、今度の任務が、ユト様のためだとでも仰りたいんですか!?」

「…勘違いしてもらっちゃ困るな。」


それは例えるなら青い炎。

氷のような冷たい色に、しかし触れれば忽ち身を焦がす。

静かに潜む、狂気のように。


「俺は誰かのために骨を折るような殊勝な人間じゃない。―――全て。俺自身の、ためだよ。」







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