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deficiendo――side W







この時のために生まれてきたのかもしれない―――漠然と、そう思った。




父から自分の“奏者”が見つかった、と告げられても、大した感慨は湧かなかった。

むしろ、己に纏わりつく人間関係がまた一つ増えるのかと思うと吐き気すら覚える。

何故自分を一人にしておいてくれないのだろう。ずっと一人でいたいのに。

―――あの時のように、拒絶されるくらいなら、いっそ最初から一人きりでいたい。


そんなことを考えながら舌足らずな口調で己の名を言う目の前の少女をぼんやりと見遣る。

栗色の髪、瞳は緑。日焼けなど無縁であろう白い肌。大事に大事に育てられてきたことが、外見だけで容易に窺い知れた。

父が言うには、現王国軍総指揮官の一人娘だという。



…こんな温室育ちに、己の何が分かるというのだろう。



父に城の中を案内してやれと命令されその通りにしていたが、後ろをついてくる少女の何ともいえぬ物言いたげな視線に、眉間の皺は深まるばかりだった。

(…何なんだよ…。)

ちらちらとこちらを見上げてきては何も言えずまた俯くそれを何度も何度も繰り返す。

鬱陶しい。凄まじく鬱陶しい。もう粗方主要な場所は案内したし充分だろう。さっさと切り上げてしまおう。

歩調を速めると遅れてぱたぱたと軽い足音が追ってきた。やっぱり鬱陶しい。



「…着いたぞ。お前の部屋だ。」

「う、うん…えっと、その、じゃなくって、えっと、」

「…別にかしこまらなくてもいいけどさ。それより。」

わざとらしく溜息を吐くとことり、と首を傾げた。大きな緑の瞳が見上げてくる。

眩しすぎて目が焼かれてしまいそうだと思う。本能的に目を逸らした。

「…言いたいことがあるなら言えばいいだろう。質問なり、不平なり不満なり。不愉快だ。」

3つも年下の、しかも初対面の女の子に対してこれはないだろうと自分でも思う。

けれどこれぐらい突き放しておかないとあまり下手に出て纏わりつかれても面倒だ。

これ以上ないほど皺を眉間に刻む自分に、彼女は。―――予想だにしなかった言葉を、返してきた。


「うたが…きこえるの。」


「は?」

「うた。すごく、さみしそうなの。あなたの、うた…。」



周りの音が、消えた(デフィチエンド)ような気がした。

頭をよぎる推測、否願望。まだ分からない。…けれど。


膝をついて、彼女の視線を上から受け止める。

「そう。…その歌はまだ、聞こえる?」

「ううん。うたはきこえるけど、さみしそうじゃないよ。」

ほわりと微笑む少女。「それは良かった」と笑みを返してやれば、それは倍以上になって返ってきた。

「じゃあ、分からないことがあれば何でも聞くように。足りない物や欲しい物があれば、言ってくれれば出来る限りそろえてあげる。」

先程とは違いすぎる態度に彼女は少しとまどいを見せたが、笑顔でごまかしてやる。

「まだ名前を言ってなかったよね。俺はヴァルツェ―――ヴァルツェ・セクエンツィア。

…君は?」

「リバティだよ。リバティ・インプローヴィス。」

「そう。良い名だね。」


“自由”…それが彼女に与えられた名。

もしかしたら自分は、その与えられた存在意義を踏みにじることになるのかもしれない。

それでももし…己の推測が真のものであるならば


―――絶対に、逃がしはしない。


目の前の幼子は、自分の黒い思いにはまだ気付かず…変わらず笑みを、見せていた。







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