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overture






むかしむかし、あるところに。




「…『アルマ・レデンプトーリス・マーテル』。」

「は?」

水滴のように落とされたその言葉の意味が分からず素っ頓狂な声を上げると、アイスは悪戯が成功したときのような、無垢な表情で笑った。

「ヴァルツェが…ユトちゃんの力を解放する時に歌う歌の、曲名。ふふ、すごいでしょう?…『救い主の、いとし御母』…なんて。」

「…だから、やめろっての、その笑い方。」

人間というものは、楽しみを他人の不幸から得ることの出来る種族だけれども、ここまで徹底して楽しむ奴は珍しい。だからこそディスは、アイスの笑いが気に食わなかった。

―――その己の苦々しい感情ですら、彼女にしてみたら娯楽の一部に過ぎないのだろうけれど。

眉を顰めるとやはりというか何と言うかにこりと満面の笑み。どうにもこの女は苦手だ。

「とにかく、その曲をヴァルツェが初めて歌った13年前から、全てが始まったの。」




脳裏に過去のヴァルツェとユトを描き出す。

ヴァルツェの表情はあまり今と変わらないけれどユトは幸せそうな満面の笑み。

ほわほわととろけそうな、柔らかくて、暖かくて、眩しく、可愛らしい笑み。

今の彼女を思うと凄く、物凄く、惜しいな、と思う。同時に仕方ない、とも。


あの満月の晩を経て、昔と同じように笑えるはずが、ないのだから。


「その頃ヴァルツェは8才で、ユトちゃんなんかまだ5才。かぁわいかったわよ~、ちっちゃくって。」

ヴァルツェなんか今はもうアンタと変わんないのに、当時はまだこのぐらいしかなくてね、

と手で背の高さを示してみせる。

彼の幼少時が想像出来ないのだろう。アイスの掌を見てディスは難しそうな顔をした。

「それでもって、今のヴァルツェからは想像もつかないと思うけど、大人びてて優秀な、『良い子』だったの。」

「…『良い子』…ねぇ。」

「今からして思えば、演じてたんでしょうね。周りから必要とされるような、周りの理想に叶った子供に映るように。」

『良い子』ではあったが、子供らしくなかったと思う。駄々をこねたことも、何かを強請ることもなかった。

―――子供にしては異様なまでの、執着心の薄さ。

もっとも、大人の多くはそれを「聞き分けのいい子供」として肯定的に受けとっていたけれど。

「”歌”が降りてきたときも、私が”奏者”を探しに行くと言ったときも、あの子嫌な顔しかしなかった。

流石に文句を言うようなことはなかったけれどね。」

今でもあの憮然とした表情はよく思い出せる。絶大な力を目の前にぶら下げられてあんな表情が出来たのは、”操者”たちの中でも数少ない。ましてやあんな小さな子供が。

「つーかさっきからちょっと気になってたんスけど。…あんたそんな昔っから”シャペル”にいたんスか?」

「勿論いたわよ。1000年前からずーっと、ね。」

「…冗談キツイっスよ。」


席を立ち、窓を開ける。そこには、いくぶんか欠けた月。

「だからずっと見てきたわ…あの子たちを。出会いから、ずっとね。」



『よろしくね。』

子供には似つかわしくない笑みと共に差し出された手。

思えばそこから既に、動き出していたのかもしれない。


崩壊への、序曲オーバートゥルーが。





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