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気ままに陰陽師!  作者: 海月大和
第1話
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3.信じ難いこともある


 なんとも複雑な心境だ。


 一週間も学校を休んでいる幼馴染の様子を確認するために出かけた矢先、運悪く妙な因縁をつけられ、こっちの気も知らないで、と腹が立ったので格安で喧嘩を買った。


 それをきっかけに二宮と知り合いになり、変な動物達を紹介され、二宮に自分は陰陽師だ、なんて驚きの事実をカミングアウトされ、あげくの果てに病気だと思っていた幼馴染が狐憑きとかいうものらしいということが判明して。


 今日一日でもう十年分はびっくりしたんじゃないだろうか。例えここでドッキリ大成功の看板が目に入ったとしても全然不思議じゃない。というかむしろその方が納得する。


 そう思った彰は、自分が歩いている道にそれらしきものがないか、きょろきょろと周りを探してみた。


(看板じゃなくても、それっぽいものは―――)


 一通り辺りを見回してみたが、それらしいものは何もない。


(あるわけ無いよなぁ、やっぱり)


 隣に並んだ二宮がそれを見て怪訝な顔をしている。


「さっきから何してるの?」

「いや、何でもない。気のせいだった」


 表面上は平静を装い、彰は内心でため息をついた。


「そう? ならいいけど」


 まだ釈然としないようだが、さほど気にすることでもないと判断したのか、二宮は顔を正面に戻した。


 現在、彰と二宮は篠原菜央の様子を見にいくという目的の元、彰の案内で菜央の家へと向かっている。


 昼を少し過ぎたあたりという、もっとも気温が高くなるこの時間帯。大通りの人波は相変わらず途切れることはなかったが、薄着でもうっすらと汗が出てくるようなこの状況では、午前中と比べてその数が減るのも無理はない。


 店で買い物をしたり、喫茶店で談笑したりと、皆、出来るだけ涼しい場所へ避難しているようだ。午前中の反省を活かし、彰はなるべく人の多い道を選んで進んでいった。


 それにしても。


 入学式から一ヶ月だ。これだけの時間があれば、クラス内の人物の人となりも多少なり把握できようというもの。


 しかし―――


「なあ、二宮」

「ん、何?」

「もしも菜央に何か、動物霊的なものが憑いてたとしたら、お前はそれをどうにか出来る訳か?」

「出来るよ。よっぽどの大物じゃない限りはね」

「……さいですか」


 気負いもせずに言い切った、この二宮智久という人物に対してはその印象を改めなければならないだろう。


 耳にかかるぐらいの艶のある黒髪、顔の輪郭は若干細めで、平坦な眉に見ようによっては眠たげに見える瞳が特徴といえば特徴だ。


 背は百七十後半の自分より低く、百七十に届くか届かないかというくらい。黒系で細身のジーンズを穿き、ストライプのシャツの上に無地の白いシャツを羽織っただけという簡素な服装。


 半袖のシャツから覗く二の腕を見るに、細身だがそれなりに鍛えてはいるようだ。特徴が無い訳ではないが、総じて見ると目立つ風貌とは言い難い。


 ところが、いざ接してみると、平凡の部類に入る外見とは裏腹に、なかなか個性的な奴なのだということを感じずにはいられなかった。思ったよりも感情表現が豊かで、察しがよく、芯が通った人物である、というのが彼と直に接して分かった事だった。


 繁華街を北へ少し歩くと、背の低い建物が多くなる。

 それに比例するように飲食店などの商業店舗が減り、人もまばらになってきた。住宅街に入るころになると、目に付くのは外回りのサラリーマンや買い物帰りの主婦、散歩中のおじいちゃんおばあちゃんだけだ。


「菜央ん家はこっちだ」


 そう言って数分も歩かないうちに、二人は篠原宅に到着した。


 篠原邸は人の背丈ほどの塀に囲まれていて、車が二台ほど収容できそうなガレージがある、いかにも新築といった感じの一戸建てだった。


 彰は慣れた様子で両開きの門をくぐり、二宮に手招きする。彼が追いついたのを確認すると、小奇麗に整えられた前庭を横切り、玄関脇のインターホンを押した。


 しばらくの間を置き、応答があった。女性の声だ。


「はい、どちら様でしょう?」

「どうも、おばさん。池永です」

「あら、彰くん? ちょっと待ってね、今開けるから」


 彰が名乗った途端、菜央の母親の声がぱっと明るくなった。玄関の鍵を開ける音がしたので少し下がる。二宮は初めから一歩下がった位置にいた。


 ドアが開き、菜央の母親が顔を出す。普段は若々しいその顔は、以前に見たときよりやつれていて、疲れが溜まっているように見えた。


「こんにちは、彰くん。わざわざお見舞いに来てくれたの? あら、そちらは? お友達?」

「はい。俺の友達です」

「二宮智久といいます。初めまして」


 軽い挨拶をする二宮に続けて、彰は菜央の母親に尋ねる。


「それで、菜央の様子はどうですか?」

「今は落ち着いてるわ。でも―――」


 彼女は頬に手を当て、ちらと智久を見て困ったように口籠もった。それだけで彼女が言わんとすることは伝わる。


「あまり良くないみたいですね……」

「ええ。ごめんなさいね。本当は上がってお茶でもと言いたいんだけど、これからお客さんがくることになってるのよ」

「そうですか。……分かりました。それじゃあ、お見舞いはまた今度にしますね」


 菜央の母親はもう一度、申し訳なさそうに、ごめんなさいねぇと繰り返して玄関のドアを閉めた。


 ドアの向こうから物音がしなくなるのを見計らい、彰は肩を落としてほうと息を吐いた。予想通りとはいえ気分が沈むのは仕方がない。


 頭を軽く振って気を取り直し、振り返って二宮に言った。


「悪いな。せっかく付いてきてくれたのに。これじゃ何にも分かんないよな。また明日にでも出直して……」

「そうでもないよ」

「え?」


 今ので何か分かったというのだろうか。彰は首を傾げた。


「微かだけど悪い気が漂ってきてた。十中八九、篠原さんはこっちの管轄だ。祓うなら早い方がいいね」


 よく分からないが二宮は自信満々である。彰が納得できずにううむ、と唸っている内に、二宮はさくさく話を進めていく。


「準備が要るから、僕は一度家に帰らないといけない。二時間後に集合しよう。場所はここでどう?」

「って二宮、お前、本当にどうにかできるんだろうな?」

「大丈夫だよ、あれくらいなら」


 自分から頼んでおいて今更と思うが、やっぱり実感できないことにはいまいち信じきれない。しばし一方的に疑いの眼差しを送ってみる。そのまま十秒ほど睨んでみても、二宮の自信は崩れなかった。


「分かった。二時間後だな? それまで適当に暇潰しとくから、しっかり準備してくれよ?」


 準備不足で失敗しました、なんてことになったら笑えない。


 こくりと二宮が頷いたのを確認した彰は立ち去る前に、振り返って菜央の部屋がある二階に目をやった。そして、あることに気が付いた。二階に人影がある。


(あれは、菜央?)


 パジャマ姿の少女が二階の窓からこちらを見下ろしていた。ショートカットに半分隠れた瞳は、じっと彰を見つめてくる。


 その様子のおかしさに、彰は目を細めた。妙だ。あまりにも反応が薄すぎる。少しくらい反応を示したっていい筈なのに。


 もっとよく見ようと目を凝らしたら、不意に彼女と目が合った。


 感情の見えない暗い瞳。自分の知る彼女とは似ても似つかないそれを見た途端、彰は自分の背筋が寒くなるのを感じた。


「池永?」


 はっとして声のした方を向くと、二宮が門のところで立ち止まって、いつまでも動こうとしない彰を不思議そうに見ていた。


 ちらりと菜央のいた場所へ視線を向けても、そこにはもう誰もいない。


(なんだったんだ?)


 胸の内に嫌なものが広がっていく気がした。踏み出す足が、さきほどよりも重く感じられる。


「どうかした?」

「いや……」


 二宮とともに門をくぐると、車が一台、篠原家の前で止まった。


 菜央のおばさんが言っていたお客さんかな。一瞬そんなことが頭をよぎったが、それ以上は気にもならなかった。


 それよりも菜央のあの瞳が頭から離れなかった。無感情で虚ろな瞳から唯一感じられたもの。


 それは、絡みつくような敵意だった。




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