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始まり


人が死にます





ララは現皇帝の婚外子であった。

貧しい孤児院で育てられたララは十歳の春、国境付近の寂れた寒色の街から、皇家専用の馬車に揺られて抜け出した。


ララは美しい容姿を持っていた。零れ落ちそうなほど大きな垂れ目は長い睫毛に縁取られ、寒さの厳しい地域で育った故の抜けるように白い珠の肌、ほんのりと色付いた花びらのような唇。そして成長するにつれ、うんと小柄で華奢な肢体はそのままに程よく肉が付き、まさに男殺しの姿態だった。


虫を誘引する甘い蜜のようなララに惹かれるのは貴族の男だけでなく、第一皇子でありララの異母兄でもあるギルマールもそうだった。明確に皇太子となったわけではないが、次期皇帝は間違いないと囁かれているし、皇帝もそう考えているようだ。ギルマールは「兄妹だから」を盾に暇さえあればララに付きまとい密着し、時には一線を越すような言動さえした。それでもララは困ったように眉を下げやんわりと戸惑いを表すだけで、決して跳ね除けることはしなかった。


反対に、第二皇女であり異母姉のマルグレーテは蛇蝎のごとくララを嫌っていた。皇家に誇りを持つ彼女は、そもそも初めから平民の血が流れるララが皇宮に足を踏み入れることが気に入らなかった。


卑しい血とは反対にララは童話のお姫様のような見目を持っている。それがマルグレーテを更に刺激した。

マルグレーテの鋭い目つきとは違う宝石のように輝く大きな瞳。男でさえ見下ろせるような長身と相対する低い背丈。何より、枯れ枝と揶揄されたこともある痩身とはまるで違う豊満な肉付き。


痩せていることは衣食住がままならない貧民のようでみっともないとされている。マルグレーテはどれだけ食べても太ることが出来なかった。


そんなマルグレーテに同調したのが第一皇妃だ。息子であるギルマールが賎しい生まれのララに心酔していることが許せなかった。


皇女と皇妃は社交界のトップに君臨している。通常社交界には様々な派閥があるが、侯爵令嬢の頃から最大派閥を率いていた皇妃と第一皇女が隣国に嫁ぎその後釜となったマルグレーテが結託すればもはや逆らえる令嬢はいない。今や社交界は完全に二人に掌握されていた。

その二人に目の敵にされたララの扱いといえば想像に難くない。娼婦だった母親に似て男を体で釣る淫売だとか、淡い紫の瞳は赤い瞳を象徴とする皇家に対して“混ざりもの”らしくお似合いだとか散々なことを、陰口ですらなくララのいるお茶会で平気で話し、時に「ねぇ、貴女もそう思わないこと?」とララに話を振った。

メイドたちも敏感に社交界の風向きを感じ取っていた。皇宮のメイドにとっての一番の名誉は皇妃か皇女に召し上げられることだ。その確固たる地位を爛々と狙う彼女たちはララに辛く当たった。


皇女や皇妃が中心となる社交界のことはともかく、メイドは言わば皇家の奴隷である。もちろん皇家に仕えるだけあって家柄は高いが、皇帝とその血縁者は絶対者であり、一介のメイドごときがそれを軽く扱おうものなら下手したら斬首ものだ。

だというのに、ララはその相貌を崩さない。常に口角を上げ、ニコニコと無邪気な微笑みを浮かべている。増長したメイドがわざと水差しを割ったり、熱い紅茶を腕にこぼして軽い火傷を負った時でさえララが咎めることはなかった。その様子はいっそ不気味で、知恵遅れだ、あの背丈は未熟児ゆえだ、と言われてもララはふわりと笑っていた。


帝国の貴族は十二歳から十七歳まで帝都にあるアカデミーに所属することになっている。春から夏までをアカデミーの寮で過ごし交友を深め、秋から冬は自宅にアカデミーの友人を招いてのお茶会や観劇に勤しむ。ここでの友情が生涯を決めると言っても過言ではなく、特に下級貴族の子女は上級貴族の友人や結婚相手を探そうと必死になる。

ララも十二歳の春、アカデミーに入学した。それから三年経った現在も友人と呼べる令嬢はひとりもいない。むしろ扱いは酷くなる一方だ。


アカデミーに入学してからのララの成長はまるで花が綻ぶようだった。一見入学前の子供にも見える華奢な体躯だが、どこか影のある横顔は女性の色香を放っている。その不思議な魅力は歳を経るごとに増していき、十五歳となったララはアカデミーの貴族子息達の狙いの的だった。

そして彼らがララを求めるのはなにもその容貌だけが理由ではない。高位の貴族でもない限り、皇族との婚姻など夢のまた夢だ。令嬢達は身分の差を乗り越える恋を好むがそれはあくまでロマンス小説の中の話で、彼女たちの視線の先にはいつもギルマールがいる。

しかし、ララは第三皇女であるにも関わらず子爵令嬢にも劣るほどの待遇をされていた。平民の血が流れているというし、身分の低い自分でもララと結婚できるのでは、そしてゆくゆくは皇帝に…という妄想を募らせた彼らはララに接近する。令嬢は貴女のことを悪く言うけど、自分はそう思わない、と。するとララはありがとう、と目を細め小さく笑うのだ。まるで気があるとでも言わんばかりに。

同じ思惑で近づいた令息は数多おり、ララはその全てに同じ対応をしているのだが、そうとは知らず彼らは深みに嵌っていく。

これを快く思わない令嬢達によってさらに冷遇されるようになったララには、もはや味方などひとりもいなかった。


アカデミーでは年度の初め、生徒の全員が集まり新入生の歓迎会が開かれる。学長の祝辞の後、皇族の自己紹介というのが毎年の恒例だった。


「この度第四学年になりました、ライゼル帝国第三皇女のララ・エルド・フォン・ライゼルと申します」


クスクスと押し殺したような嘲笑が広間に広がる。皇族や貴族は母親から名前を貰いファーストネームの次に入れるのが通例だ。皇族の中間名がふたつというのは、すなわち母親が明確でないという証明に他ならない。加えて、ララという名は平民を思わせる響きで一般的な貴族の名前ではなかった。


教師も、学長も素知らぬ顔をするだけだった。厳しい身分制社会の帝国では、生徒といえど教師も貴族である以上自分より上の身分の者に逆らうことは出来ない。もちろん教え導く上である程度行いを諌めることはあるが、明確な暴力や違反行為がない限り目を瞑るしかないのが現状だ。

教師の多くは神学や魔法の研究者であり、世俗の面倒事に巻き込まれることを嫌って我関せずを貫いている。しかし一部の女性教師、特に礼儀作法や社会常識を教える教師はアカデミーが休みに入る秋から冬にかけて皇族や高位貴族の令嬢の家庭教師をすることが多い。現にマルグレーテの裁縫の教師もアカデミーの教師をしている。令嬢達への好印象が仕事に、ひいては家同士の縁にも繋がる彼女たちは授業で率先してララを当て、その回答に難癖を付けて生徒を笑わせ点数稼ぎをしていた。


「続いて、アルヘルム王国の王族の皆様でございます」


学長がそう言うのに続いて、二人の男性が自己紹介をする。

アルヘルム王国は帝国の南に位置している。小国とは言えないまでも、帝国とは軍事力も経済力も比べ物にはならない。豊かな土壌と温暖な気候に恵まれている王国が戦争もなく平和に存続出来ているのは、ひとえに大陸一と謳われる軍を有する帝国との同盟のおかげだ。事実上帝国の庇護下にある王国の王族は、帝国のアカデミーに通い良好な関係を対外的にも示すのが伝統だった。


そういうわけで、最高学年である第七学年に所属しているのが王国の第一王子と第二王子だ。双子である彼らの間には隠しきれない緊迫感が漂っており、王位争いが白熱しているのは明白だった。

そんな二人の挨拶が終わり、生徒達は自然と二人の隣に座る男性に目を向ける。その見た目からは新入生でないということは明らかで、華やかながら大人びた端麗な顔立ちに令嬢達は色めき立っている。


「アルヘルム王国第三王子のユリウス・リオン・ローザン・ド・アルヘルムです。この度、第四学年に編入することになりました。不勉強な面もありますが、どうぞよろしくお願いします」


一見冷たくも見える面立ちとは裏腹に、切れ長の目の目尻を下げて微笑み慇懃に口上を述べる姿は目の肥えた令嬢の心を射抜くに十分だった。


***


新しく入った教師の紹介や今年度の予定などの業務連絡を終えると、待ちに待った歓迎会兼交流会が開かれる。生徒たちは式典などが行われる広間からプロムなどのパーティが開かれる大広間に移動し、煌びやかな装飾と立食型の豪華な食事の中交流を深める。その様は小さくした社交界そのものだ。


「マルグレーテ様におかれては、しばらくお姿を見ない間に更に美しくなられたようですね」

「まあ、相変わらずお上手なのね」


こういう場の常識として、身分の高い順番に話しかけるものだ。つまり、王子を差し置いて先にマルグレーテやララに話しかけるのはありえないことだ。

毎年、王座を狙う王子二人は真っ先にマルグレーテに話しかけ機嫌を取る。マルグレーテもアルヘルム王国を小国と見下しながらも、見目麗しい王子の間に挟まれることは満更でもないようだった。


「お目にかかれて光栄です、ララ皇女」

「いいえ、こちらこそ。同学年ですもの、わからないことがあれば仰って。わたくしがお力になれるかわかりませんが」

「お優しいのですね。温かいお言葉に感謝いたします」


ララとユリウスの形式的な挨拶はすぐに終わった。しかしマルグレーテ達はまだ会話に花を咲かせており、ユリウスはマルグレーテと、ララは王子との挨拶が済んでいない。それを済ませるまで他の貴族と会話を交わすことは出来ないので手持ち無沙汰になってしまう。まぁ、ララに話しかける者はいないので手持ち無沙汰はいつものことなのだが、ユリウスを放っておくわけにもいかず会話を続けるほかないとララは判断した。


「ユリウス王子は魔獣を飼っておられるのですか?」

「ええ、どうしておわかりに?」

「微小ですが、人のものではない魔力が感じられましたので」


おっとりと言うララにユリウスは内心驚いた。

魔獣を飼うというのは正確には契約に近いもので、飼い主と魔獣の相互の合意があって初めて成立する。魔力を繋げ、魔獣は文字通り飼い主に身を捧げるのだ。確かにその繋がりで魔獣の魔力も多少混ざるが、それは本当に微細なものだ。たとえ百や二百の魔獣を飼ってもその魔力に気づく人などほとんどいないだろう。たった一頭の魔力に気づくララの鋭さは類を見ないものだ。


「驚きました。ララ皇女は魔力の扱いに長けておられるのですね」

「お褒め頂き光栄ですけれど、そんなことはないですのよ。それより、わたくしもいつか魔獣を飼いたいと思っているの。どんな魔獣を飼っていらっしゃるの?」

「猫を大きくしたような白い魔獣です。馬ほどの大きさで狩りが得意なのですが、ご令嬢にはあまり好まれないかもしれないですね」

「まぁ、それってまさか、大陸の東にあるという帝国の白虎という魔獣ではなくて?」

「…本当に驚きました。貴女のように博識な女性とは初めてお会いしました」

「ふふ、わたくしは飼うなら猫の魔獣がいいと思って調べていただけよ。大きな猫なんて、心が躍るわ」


ふ、と堪らずユリウスは噴き出した。白虎は一体現れるだけで都市ひとつ、小国であれば国ひとつ壊滅させるほどの魔獣だ。東の方では名前を呼ぶことさえ禁忌とされるほど畏れられているという。白虎を言い当てたララがそのことを知らないはずがないのに、それでもなお大きな猫だと言うのだ。春の精のような嫋やかな見た目とは裏腹に、とんだ豪胆さを持ち合わせているらしい。


ユリウスと同じくララも驚いていた。魔獣を服従させるにはその魔獣以上の魔力が必要だ。その上伝説とも謳われる白虎となれば、ただ魔力が多いだけでは飼い主は勤まらない。魔獣は高位となるほど知能も上がり、白虎ともなると人と変わらないか、それ以上の知能を持っているとも言われている。人など餌同然だろう白虎が契約に応じた。ユリウスがどのような人物なのか、興味が湧くのも当然と言えた。


「ララ皇女、貴女と話せてよかった。よろしければ、白虎をご覧になりますか?」

「まぁ、よろしいの?この目で白虎を見られるなんて思ってもみなかったわ。是非わたくしの部屋にいらっしゃって。後日人を遣るので、お忙しいとは思うけれど、空いている日時をお伝えください」

「ええ、是非。白虎は気難しいですが、貴女ならきっと気に入るでしょう。魔獣は飼い主に似るものですし」


***


「姫様、ユリウス王子殿下がいらっしゃいました」

「お通しして」


社交辞令でないことはわかっていたが、こんなに早く機会があるとは。

三日後と告げたのは些か性急過ぎたかとユリウスは思っていたが、すぐに色良い返事が返ってきた。少なくともユリウスの一方通行ではないらしいと知れたのは僥倖だった。


ララは皇女なので一番広い部屋を用意されている。寝室などの生活空間とはまた別の、客間のようなこの部屋は異性との不肖を疑われないために作られたものだが、同性の友人を招く時も基本的に使われる部屋だ。だというのに、淋しさを感じるくらい質素だった。

加えて、壁に控えている五人のメイドがまるで主などいないかのように振舞っている。ユリウスの来訪を告げ扉を開けたメイドもその輪に加わり、目配せをしてクスクスと笑い合っている。

噂には聞いていたが、ララは本当に軽んじられているらしい。


「ララ皇女、この度はお誘い頂き誠にありがとうございます。少しばかりの気持ちとしてアルヘルムの特産である柑橘を使った菓子をお持ち致しました」

「お心遣い感謝します。ベラ」


ベラと呼ばれたメイドは渋々といった態度で歩み出た。ユリウスの侍従が渡した箱を受け取る仕草も乱雑で、不快感より呆れが先に来る。ララの前でだけでなく、隣国の王子であるユリウスの前でこんな行動をするとは余程思い上がっているらしい。


「わたくし、今日のことを本当に心待ちにしていたの。大したおもてなしは出来ないけれど、どうぞお座りになって」


***


「白虎の主食はなんですの?」

「基本的には肉食ですが、他のものも食べられないということはありません。ただ、やはり肉が一番好きなようで」

「きっと舌も肥えているのでしょうね」

「そうですね。獲りたての肉、それも食用に飼育された牛なんかを好むので、ここだけの話、食費はかなり嵩みます」


ララは十歳の頃皇女として召し上げられたという。

今から僅か五年前、そのうち三年はアカデミーに所属している。だというのに、ララの仕草や知識には目を見張るものがある。


鈴の転がるような声が止み、ユリウスはララに視線をやった。ララは紅茶の入ったカップを見つめているが、どこか遠い所を見ているように感じる。


「…ララ皇女?」

「ねぇ、ユリウス王子。わたくし、今まで夢というものがなかったの。いずれ他国に嫁ぐか、降嫁するものだと思っていたし、別にそれをどうこうしたいとも思っていなかったわ」


ゆら、とララの淡い、日が沈む頃の空色のような淡い色合いの瞳がユリウスを捕らえる。吸い込まれそうになるような、不思議な凄味を感じてユリウスはララから目を離せなくなった。


「こんな気持ち、初めてよ。わたくし、貴方のことをもっと知りたいわ。だって、貴方とわたくしってすごく似ているような気がするの」

「ララ皇女、───」

「姫様!そのような発言は、」


ララの後ろに控えていたメイドがララの肩を掴む。ベラというらしいメイドだ。

ぐい、とかなり強い力で引き寄せられたララがベラの手に触った瞬間、ベラは糸が切れた操り人形のようにどさりと崩れ落ちた。凭れるような形になったベラの上半身をララは跳ね除け、地面に確かな質量がぶつかる音がした。


「申し訳ありません。ユリウス王子のお言葉を遮るようになってしまって」


ララの足元に転がっているそれは、黒黒とした瞳を晒していて、もう生き物ではなくなってしまったことがありありと見て取れる。ララは一瞥もせずにユリウスを見つめ、心底申し訳ないという表情で謝罪を口にした。

ベラと同じく後ろに控えていたメイド達はあまりのことに声も出ないようで、いやな静寂に包まれた部屋は荒い呼吸音が聞こえるのみだった。


「彼女、皇宮のメイドだけあって、ふつうの人より栄養もあると思います。時々わたくしの私物をくすねていたようだし…ただ、さすがにわたくしも口にしたことがないので、味の保証は出来ないけれど」


ララは口元に白魚のような細い指先を当ててゆったりと言った。


「ッハハ」


しんと静まり返った部屋にユリウスの場違いに愉快げな笑い声はやけに大きく響いた。


先程、ララは恐らくメイドに魔力を“与えた”。魔力を入れる器は容量が決まっているが、胃のように伸縮性があり、訓練を続ければ恒久的に、魔法薬を使えば一時的に容量を広げることも出来る。

ララがメイドに触れた瞬間、気圧されるくらいの、放流とでも形容すべき魔力の波を感じた。そもそも魔力というものは血液のようなものだ。勝手に体中を回っていて、その流れを止めたり速めたりするのは不可能に近しいことだ。だから人は魔法陣という型を作りそこに魔力を注ぎ込む。

しかしララは魔力そのものをメイドに流し込んだ。容量を越えたメイドの魔力の器は呆気なく壊れた。

言葉にすると単純だが、ほとんど禁忌の領域だ。出来る者が少なく、その中で実行する者がいなかっただけで、禁術に指定されてもおかしくない。死体には魔力が残らず空気中に霧散する。どれだけ大量の魔力を注いでも相手が死ねば証拠は残らないのだ。


ララに感じていたのは好奇心とも呼ぶべき強い興味だけだった。けれど、もうそんな枠には収まらない。


「ララ皇女、貴女のような女性(ひと)に会えるなんて、私はなんて幸運でしょう」

「まぁ、うふふ。わたくしも同じことを思っているの。きっとわたくし達、長い付き合いになるわ」

「ええ、必ず。ああ、新鮮なうちにアルブスを喚ばないといけませんね」


ユリウスは自らに繋がる魔力の糸を引っ張り出す。魔獣の体は魔力で出来ているので、どれだけ離れていても飼い主の魔力さえあれば体を再構築することができる。

ユリウスの目の前に降り立ったのは、白銀の毛皮に包まれた獣。大陸中の生き物で最も獰猛だが、その姿には神々しさすら感じられる。


アルブスはユリウスに尻尾を絡めた後、ララの方を見た。魔獣は気配に敏感で、他の生物の怯えや恐怖を感じ取る。そして格下と認識すると、飼い主として認めることはおろかただ食い物としての価値しかないと判断する。


「こんにちは、ララと申します。あなたはアルブス言うのね」


メイド達が全員立っていられないとばかりに座り込む中、ララはいつも通りの無邪気な笑みでしっかりとアルブスを見つめた。


「お近づきの印に、これをあなたに送ろうと思うのだけれど、お眼鏡にかなうかしら」


アルブスは言葉を発することはないが、人間の言葉は理解している。声に乗った微細な魔力で相手の意図を理解しているという説が有力だ。

アルブスはゆったりとララに近づき、メイドではなくララに鼻を近づける。ララはそれでも恐れる様子は全くない。


ふわ、と温かく心地よい光がララを中心に瞬いた。

祝福の魔法だ。神官が得意とする魔法で、恐怖心を和らげたり少しの恍惚感をもたらすものだが、効果は一瞬でほとんど使い道はない。ただ金色(こんじき)の光輝は魔法を知らない平民には神々しく映るので、パフォーマンスとしてはよく使われる。


見慣れた魔法だというのに、ララが使うとどうにも美しい。アルブスの汚れを知らない白銀の毛が柔く光を受け、アルブス自体の神獣と呼ばれるだけある神秘的な姿も相まって宗教画のようである。ララを知らない誰かが見れば光の女神の降臨とでも思うのではないだろうか。


しかし、彼女の足元には先程彼女が命を摘み取った死体が依然として転がっていて、どうにもミスマッチで笑いを誘う。ララもそう感じたようで、「人を殺しても祝福はできるんですね」と声を弾ませてユリウスに話しかけ、ユリウスは思わずふ、と笑い声を漏らした。


アルブスはやはりララを気に入ったようで、鼻先をララの手に押し当てた。そのままララが眉間を撫でてやると嬉しそうに頭をララに擦りつける。


「なんて可愛らしいのかしら」


一通りララに甘えると、アルブスはやっとメイドの検分を始めた。

ユリウスが「血で汚れるといけません」と言ってララの手を掴む。柔く、今にも折れてしまいそうな小さな手。けれど、ララは先程この手を使ってなんの感慨もなく人を殺した。


「うふふ、わたくし、いま人生で一番高揚しているわ!踊り出したいような気分」

「では、私と一緒に踊りませんか?」


ユリウスが恭しく手を差し出すとララは「喜んで」と手を重ねた。


肉を食む咀嚼音と骨を砕く音が響く。メイドがすすり泣きながら嘔吐いている。それをBGMに二人は長い間踊った。誰が見ても感嘆のため息が出るほどの、優雅で完璧なダンスだった。


アルブスが満足げに食事を終え、日が沈む頃になってようやく二人は止まった。ララはいつも薔薇色に染まっている頬を更に上気させてユリウスを見つめる。そのまま時が止まったかのようにお互いの瞳を見つめた後、二人はどちらからともなく唇を重ねた。


「ねえユリウス王子、皇帝になる気はないかしら?わたくし達の帝国を作ったら、きっとすごく楽しいと思うの」


うっそりと微笑むララを見てユリウスは確信した。もう自分はこの皇女から離れることは出来ない。


「ええ、そうでしょうね。とびきり面白い国を作りましょうか、私たち二人で」


ララはその返事を聞いて満足そうに笑うともう一度、自ら口付けをした。


皇位簒奪まで、あと一年。

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