表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/16

第6話「巨大竜巻攻防戦」(挿絵あり)

ボイドのあらゆる魔法が通用しない――その残酷な事実を突きつけられ、城の屋上から戦況を見守っていた衛兵たちは震え上がった。


「だ、だめだ! 通用していない!」

「早く逃げろ! この国は終わりだ!」


悲鳴が上がる中、逃げ惑う人々の流れに逆らい、悠然とグラへと歩み寄る一人の女性がいた。

眼鏡の奥に鋭い光を宿し、オッカムの剣を携えた英雄。勇者パウリである。


「パウリ様!」


衛兵たちの視線が釘付けになる。この国には、すべてを斬り裂く勇者がいる。

だが、いかに彼女が最強の剣士といえど、相手は巨大な物理法則の化身。あまりにも未知であり、あまりにも巨大だった。


「パウリ様、危険です!」


制止の声を背に、パウリは重力の歪む空間の境界線へと肉薄した。

彼女は大きく剣を振りかぶり、半球の端へと銀光を突き刺す。

刹那――。

オッカムの剣は猛烈な重力に捕らわれ、強引にパウリの手から奪い去られた。

剣は歪んだ空間を回転しながら地面へ叩きつけられ、無残にひしゃげ、折れた。


「……やはり、物理的には斬れないね」


パウリは事も無げに呟いた。

事前の予測通り、重力とは歪んだ空間そのものであり、実体を持つ物質ではない。法則の壁を前にしては、彼女の剣技とて振るう術がなかった。

パウリは一度後退し、街へと続く街道を走り始める。

一方、空中のボイドは急旋回し、王国とグラの間に再び陣取った。


(なんとかして、まずは動きを止めねばならん。だが、あらゆる攻撃魔法はあの空間に入った瞬間、圧殺される……。どうすればいい!)


絶望の淵で、魔王の思考が高速回転する。


「ならば……これならどうだ!」


ボイドの両手から、鋭利な風の刃が撃ち出された。

だが、それはグラに向けられたものではない。グラが踏みしめている地面――空間の歪みの、わずかに「外側」の地面をナイフのように切り裂いていく。

地面を深く抉り、重力が及んでいる範囲ごと、島のように切り出したのだ。

ボイドは風の魔法で、グラを乗せたその「巨大な土塊」を丸ごと上空へ持ち上げた。

城を背にしたボイドは、両手の風をさらに加速させる。

宙でバランスを崩しながらも、なお前進しようとするグラ。ボイドはその島に、猛烈な回転を加え始めた。

地上ではパウリや衛兵たちが、空中で荒れ狂う巨大な島を見上げ、その圧倒的な光景に言葉を失っている。


(ここからどうする? 目を回させるか? いや、そんな小細工は通用しない。ならば……遠心力でコアを分離させる!)


風の魔力は限界を超え、回転はさらに加速する。

高速回転する島、歪んだ空間、そして中心に座すグラ。

その回転は巨大な竜巻を作りだす。暴風が森を震わせ、大地を揺らした。

だが、ボイドの期待に反して変化は起きない。コアを分離させるほどの遠心力には届かず、逆にボイドの膨大な魔力が底を突き始めていた。


「ボイド! 島が崩れている!」


下からパウリの叫びが響く。

重力に抗う遠心力の負荷に耐えきれず、グラではなく「土台の土」の方が崩落を始めていたのだ。


(……ここまでか)


滲む汗と共に、風の魔力が弱まっていく。もはや限界だ。

その時、城下の通りから不釣り合いなほど陽気な声が響いた。


「おーーい! 羊羹ようかんだよぉーーーーー!」


数人の職人たちを引き連れ、山のような羊羹を運んでくる女神スピンの姿があった。

ボイドは呆れ、思わず微かな苦笑を漏らした。


(なんと能天気な奴だ……)


だが、状況は依然として絶望的だ。羊羹で魔力を回復させ、風の魔法を維持できたとしても、土台が崩れれば終わる。グラを分散させる手段にはなり得ない。

しかし、その羊羹はボイドのためのものではなかった。

パウリがスピンのもとへ駆け寄り、衛兵から受け取った予備の剣を抜く。


「いくよ!」


銀光が瞬いた。

パウリは山積みの羊羹を、瞬きする間もなく一刀両断にする。さらに、超一流の料理人のごとく、それらを極薄の「スライス羊羹」へと高速で加工していく。世界最高の剣士による、神業の羊羹製造。

スピンはそれを受け取り、魔法でボイドの背後へと浮遊させた。


「ボイド、そのまま風でゆっくり回転させ続けて!」


「何を……するつもりだ?」


僅かに残された魔力で風を維持するボイド。その横を、無数の羊羹の破片が通り抜けていく。

勢いを落とした風に乗り、羊羹の群れが歪んだ空間の外周をくるくると周回し始めた。

すると、信じがたいことが起きた。

あれほど強固だったグラの鉛のコアが、端からボロボロと崩れ始め、風に舞う羊羹に向かって飛び散り始めたのだ。それに伴い、禍々しく歪んでいた空間がみるみる縮小していく。


「なんだ、これは……!?」


穏やかな風を操りながら、ボイドは困惑の表情でその光景を見守った。

舞い散る羊羹の破片。それを追うように、分離して「小さな可愛い姿」に戻ったグラの群れが、パクパクと幸せそうに羊羹を食べている。

分散したことで重力の半球は消滅し、グラたちは満足したように霧散していった。

最後に残った、手のひらサイズの「本体」が、スピンの元へトテトテと跳ねていく。

スピンが手持ちの羊羹を差し出すと、グラは嬉しそうに目をパチクリさせ、それを夢中で頬張り始めた。


「この子が、グラのコアね」


スピンは愛おしそうにグラの頭を撫でる。

魔力の尽きたボイドが、ふらりと地面に降り立った。

衛兵たち、そしてパウリ。全員が、王国が救われたことに深い安堵の息をつく。


「……知っていたのか? こいつが羊羹を求めて進撃していたことを」


ボイドの問いに、スピンは胸を張った。


「ううん、知らないわよ! でも、私が好きなものは、みんな好きでしょ? そこで閃いたのよ!」


なんという独善的、かつ自己中心的な女神か。

だが、その言葉には逆らえない真理があった。彼女はこの世界を創った創造主なのだから。

ボイドはやれやれと首を振り、無邪気にじゃれ合うスピンとグラを、穏やかな眼差しで見つめていた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ