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第4話「5年越しの再会」

イストール王国の市場は、溢れんばかりの人々で賑わっていた。

エルフの装飾が施された絹の織物店には色とりどりの衣装が飾られ、ドワーフ製の工具店には大小さまざまな道具が所狭しと並んでいる。

新鮮な果実、野菜、魚介。世界中の美味が活気とともに並び、あらゆる種族が買い物を楽しんでいた。

そして、その所々に点在する魔族の店。謎の薬屋、占い師、骨董品店……。一見すれば怪しげな雰囲気を漂わせているが、不思議とこの平和な市場に馴染んでいた。

日常を謳歌する群衆の中、掲示板を見つめる場違いな二人がいた。

漆黒に金の刺繍を施した外套を纏う長身の男。そして、七色の髪に純白のドレスを揺らす女。ボイドとスピンである。どこからどう見ても、あまりに浮きすぎていた。


「これは……」


ボイドは掲示板のポスターに、ゆっくりと手を触れた。

そこには「スピノリアス3510年祭」の告知がある。他の掲示物も丁寧に確認していくが、どれも年月は3510年を示していた。

パウリとゴド遺跡で対峙したあの時は、スピノリアス歴3505年だったはずだ。


「あの遺跡から、五年……時が飛んだのか?」


独りごちるボイドに、スピンが軽薄に答える。


「そうみたいね。次元を超えるとズレるのかしら? まぁ五年程度なら、大した差じゃないじゃない」


相変わらず大雑把な性格だ。

だが、今回ばかりはボイドも同意せざるを得なかった。

もしこれが数百年のズレであれば、ボイドの知る者はすべてこの世から消え失せていただろう。

腹心の部下であるベクトガルド。共に戦った魔族たち。そして、勇者パウリ。

五年のズレならば、皆、世界のどこかに健在であるはずだ。

ボイドは、二度と見ることが叶わぬと思っていた地上に驚きを覚えていた。

「永遠の命」は、あくまで天界へ行くために女神を釣り上げる餌に過ぎなかった。死を覚悟して天界へ渡ったのだ。

それゆえ、再びこの地を踏み、そしてパウリやベクトガルドが平和な世界を築き上げた事実を目の当たりにし、深い感銘を受けた。


(――上手くいったのだな)


魔力こそ自分に劣るが、ベクトガルドこそが魔族を統一する器を持っていた。今どこにいるかは分からぬが、彼が争いを止め、すべての魔族から「操りの術」を解いたのは間違いない。

五年後の今、魔族が他の種族と共に生きている。その光景が、ボイドには何よりの喜びだった。


「何、あの服?」

「仮装かしら。お祭りにはまだ早いでしょ」


通行人の好奇の視線に気づいたボイドは、熱心に「羊羹大セール」のチラシを眺めているスピンを掴み、路地裏へと隠れた。


「あの羊羹っての、食べてみたいねぇ! 甘いんだろう? 天界でも食べたことないなぁ、美味しそう〜」


どうでもいい呟きを無視し、ボイドは切り出した。


「今の姿は明らかに目立ちすぎている。着替えよう」


「着替え?」


「スピン、錬成魔法は使えるか。街の者と同じような服を錬成できればありがたいのだが」


「着替えたところで、ボイドは怖がられないの? 魔王なんでしょう?」


「俺はここ数十年、表舞台には出ていない。顔を知る者は数人の部下やパウリぐらいだ。普通の魔族と思われるだろうな。だが、今の格好はあまりに仰々しすぎる」


「まぁ確かに、このドレスは動きにくいかもね。いっちょやってみようか。錬成には材料がいるのよねぇ」


スピンが近くの草原へ掌を向け、魔力を込めた。雑草が浮き上がり、繊維にまで分解され、糸として紡がれていく。

編み上げられたのは、黄色い布地に太い白ストライプが入った服……。

お世辞にも格好いいとは言えず、しかもサイズは小さな子供服だった。


「なんだ、これは……」


「初めてなんだから、上出来でしょ。少し小さい? まぁ、こんなものでしょ」


パツパツの子供服を着た自分を想像し、ボイドは片手で顔を覆った。


「こんなもの、着れるかッ!」


「じゃあ、あんたが作りなさいよ! 魔王なんだから錬成くらいできるでしょ!」


ボイドは絶句した。彼の魔法は破壊に特化している。自然現象を操ることはできても、服を一着編むような繊細な錬成は専門外だった。

二人は錬成を諦め、服飾店へと向かった。

ボイドは外套と銀の腕輪を外し、エルフの店主に差し出した。


「これを売りたい。代わりに一般人の服を頼む」


店主は驚愕し、腕輪を鑑定し始めた。


「これはまた……高価な。いや、これほどの品なら、うちの服をどれでも好きなだけ持っていって構わないよ」


店主とボイドが交渉している間、スピンは既にるんるんと試着を繰り返していた。どこからともなく大きなスーツケースを取り出すと、純白のドレスを大事にしまい込む。

ボイドは地味な紺色の村人の服を選んだ。背丈があるため、それでも十分な威圧感を放つ魔族ではあるが。

スピンは髪の色を七色から黄色とオレンジのグラデーションに変化させ、お洒落な赤い服に身を包んで鏡の前でポーズを決めていた。


「店主、一つ尋ねたい。勇者パウリは今、どこにいる?」


「パウリ様かい? お城の中の部屋に住んでいるはずだよ。今は王国の政治相談役なんだ。さてはあんたたち、ファンだな? 用件がないと、そう簡単に会ってはくれないぜ」


「ああ、大きな用件さ」


店を出ると、スピンがボイドに尋ねた。


「パウリに会ってどうするの? グラちゃんを倒せる?」


ボイドは深く頷いた。

歩きながら、勇者パウリの能力がなぜ脅威であったかを思い出す。

彼女の能力は「すべてを切ること」だ。

物質の構造的な弱点を見抜き、断ち切る能力。だが、それだけでは魔族には勝てない。魔族の放つ炎を切ったところで、その熱に焼かれるからだ。

パウリが進化したのは、彼女が『オッカムの剣』を手にした時だった。

オッカムの石を原料とするその剣自体は、武具店でも買えるありふれたものだ。だが、オッカムには「魔力をわずかに弾く」という、磁石の同極同士を合わせたような性質があった。

この剣をパウリが振るうことで、魔法を物理的に切断し、分散・消滅させることが可能となったのだ。


(――俺は彼女と戦わなかったが、「ゼロドラ」とて切られたかどうか)


もし、自分だけで「重力グラ」を倒せなかった時の保険として、パウリは有力な選択肢だ。

『オッカムの剣』で重力は切れるのか。ボイドは頭の中で試算を始めた。


二人は街を抜け、王城の前まで来た。衛兵が槍を交差させる。


「何の用だ。人間と魔族か?」


「勇者パウリに会いに来た。ボイドとスピンが来たと言えば分かる」


「ボイド? 五年前に消えた魔王と同じ名じゃないか。不吉な奴だな。……まぁいい、確認する。しばし待て」


衛兵が使いを出す間、二人は近くの詰所に通された。中で休憩していた老兵が、紅茶と羊羹ようかんを出してくれる。


「あまーーーーい! 美味しい! 紅茶と合うわね、これ!」


ニコニコ顔で羊羹を頬張るスピン。

ボイドも一口含み、その美味に驚いた。

天界を破壊した時に魔力を激しく消耗していたボイド。魔族は食事による回復効率が良いが、この羊羹を口にすると、みるみる魔力が戻る感覚があった。


「喜んでもらえて何よりだ。今、セール中でね。イストール名物だが、初めてか。お前さんたち、遠方から来たんだな?」


「ええ、魔族の大陸よりもずっと遠いところからね」


スピンと老兵が談笑していると、詰所のドアが静かに開いた。

一人の女性が立っている。

さっぱりとしたショートヘア。あの頃のように髪を結んではいないが、燃えるような真紅の髪と瞳は変わらない。

銀の鎧ではなく、仕立ての良い落ち着いたスーツ姿。眼鏡をかけ、思慮深さを増した女性――勇者パウリがそこにいた。


「……ボイド?」


パウリが呟く。ボイドは紅茶を置き、ゆっくりと立ち上がった。

あの遺跡で、女神を呼び出し握手を交わす前、二人は長い対話を重ねた。

なぜ人間と戦うのか。真の敵は何なのか。星の運行、物質の理。ボイドが調べ続けてきた世界の真実を。

腹心のベクトガルドにさえ言えなかった本音。憎しみに燃える部下たちには決して明かせなかった心の内を、彼女だけは受け入れてくれた。

この世界における唯一の理解者であり、最大の宿敵。


「パウリか。……変わったな」


両者は五年という月日を越え、再び向かい合った。

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