表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

第3話「重力の暴走」

スピノリアスの世界が、眼下に果てしなく広がっている。

雲を遥かに凌ぐ高空。地平線はわずかに湾曲し、この世界が球体であることを証明していた。

上空一万メートル。魔王ボイドと女神スピンは、猛烈な速度で落下し続けていた。

隣で絶叫し続けるスピンを余所に、ボイドは天界での出来事を反芻していた。


(――俺が見ていたものは、偽りだったというのか?)


信じがたい話だ。

自分が見たのは、鎖に繋がれ、虐げられた生き物たちだった。だからこそ、その呪縛を断ったのだ。

だが、スピンや執事の言い分は違う。のんびり過ごしていた「法則」という名の神獣を、地上へ叩き落としたのだという。

昔から、自分の目しか信じないのがボイドだった。他人は嘘をつくが、己の視界は真実を映す。

だが、今回ばかりは判断を迷わせた。確かに城も鎖もあった。しかし、瞬きの間に消え去ったのもまた、自分の目が捉えた事実なのだ。

ボイドは思考を切り替え、現状の把握に努めた。

高度は約一万。このままいけば数分で大地に叩きつけられる。

視界の端に、特徴的な山頂を持つラドニ山を捉えた。反対側からは朝日が昇り、山肌を黄金に染め始めている。ここは世界の南東部、イストール地方だ。

そして眼下には、勇者パウリの出身地であるイストール王国が広がっていた。


(パウリはどうしているか……)


ふと、彼女の顔が浮かぶ。

天界を経由してここへ来るまで、体感ではわずか数十分。おそらく彼女はまだ遺跡に留まっているはずだ。残された部下のベクトガルドと、上手く話がついていればいいのだが。

そんな空中の思索を、女神の絶叫が切り裂いた。


「あーーーーっ!!」


スピンが一点を指差して叫ぶ。

その方向を見たボイドは、言葉を失った。ラドニ山の頂が、あめ細工のようにゆっくりと押し潰されていくのだ。


「なんだ……あれは!」


土砂崩れではない。山の形そのものが、目に見えぬ巨大な力に変形させられている。


「グラちゃんだよ。『重力』の法則」


スピンが震える声で答えた。


「馬鹿な。現に我々は今、こうして落下しているではないか。重力は正常に働いている。法則は壊れてなどいないはずだ!」


ボイドの問いに、スピンは「これだから素人は」と言わんばかりの顔で首を振る。


「あのねぇ、いきなり全部が壊れるわけじゃないの。特に密度のある地上ではね。まずはグラちゃんの周囲。そこからあの子が進撃するルートに沿って、ゆっくり、ゆっくり浸食していくのよ。最後にはこの星ごと飲み込むでしょうね」


吐き捨てられた絶望的な予言。

ボイドは直感的に、自身の最強魔法「ゼロドラ」の破壊力と、あの山を潰す力を比較した。


(――勝てん)


地上最強を自負する魔王の魔力をもってしても、あの重力の奔流には及ばない。勇者パウリと対峙した時よりも遥かに高い緊張感が、ボイドの背筋を駆け抜けた。

山頂付近では、数十メートルにわたって空間が歪んでいた。その中心にいるのは、巨大に変貌した「プリン」のような円錐台の生物だ。

天界での愛らしい瞳は消え、今は巨大な鉛の塊と化している。未知の怪物が、のそりと王国の方角へ動き出した。


落下する二人に地上が迫る。イストール王国の外壁に近い、平原の高台だ。


「降りるぞ! 飛べるか!」


「当たり前でしょ! たぶん、できるわ!」


ボイドは地面スレスレで魔力を爆発させ、静かに着地した。

一方のスピンは、ブレーキが間に合わず、尻餅をついてバウンドした。


「うきゃっ!」


地面をコロコロと転がる女神を見、ボイドは深いため息をついた。不安しかない。


イストール王国は、多民族が共生する歴史ある貿易国家だ。

ボイドも若き日の敵情視察で訪れたことがあるが、魔王となってからは一度も足を踏み入れていない。

高台から王国を見下ろすボイドだが、すぐに視線をラドニ山へ戻した。

潰された山から巨大な噴煙が上がり、歪んだ空間がじわじわとこちらへ近づいている。


「あの速度なら、日没までには王国が飲まれるぞ」


「そうね……」


「お前しか頼りはいないのだ。回収する方法はあるのか?」 


苛立つボイドに、スピンが睨み返す。


「『お前』って言うな! 私は女神スピンよ。口の利き方に気をつけなさい。……はっきり言うわ。私も初めてなのよ、こんな事態。前例がないんだから、今から考えるしかないでしょ!」


「……何だと!」


期待するたびに、絶望が返ってくる。


スピンが軽く手を上げると、掌に魔力が収束し、小さな四角い箱が現れた。


「爺やに聞いてみるわ。通信して状況を整理しましょう」


「通信……?」


「別次元の人とも話せるのよ。たまに地上に信託を下す時にも使うの。『テルルフォン』って言うんだけど、友達登録もできるんだから」


呆気にとられるボイドを余所に、箱から呼び出し音が響く。


『はい、もしもし! 爺やでございます! スピン様、ご無事でしょうか!』


「お前が落としたんでしょ、この阿呆! それより問題よ。グラちゃんが巨大化して王国に向かってる。回収方法はある?」


沈黙の後、受話器越しに深い溜息が漏れた。


『……左様でございますか。正直に申し上げましょう。私も初めてなのです、このような事態。前例がございません。今から考えるしか――』


「それは今聞いた! 早くしろ!」


ボイドが横から怒鳴り込む。噴煙を上げる怪物と、頼りない電話会議。やるせなさが募る。

やがて、爺やの声が返ってきた。


『グラは地上に降りたことがありません。今は自分に何ができるか、重力を一点に集めて試している初期状態でしょう。目を覚まさせるには、グラ以上の力で粉砕し、弱体化させることです。その後に「コア」を回収し、天界まで運んでください。それ以外に道はありません』


(グラ以上の力……?)


「ゼロドラ」を超える破壊力を叩き込めというのか。ボイドは会話に割り込んだ。


「爺やとやら。この女神には何ができる。スピンの力は俺より上なのか?」


『天界のスピン様は無敵です。しかし、地上は「存在できるものしか存在できない」制約の世界。地上最大の魔力を持つのがあなたなら、スピン様の出力限界もそこに設定されます。……もっとも、スピン様が魔法の行使に慣れる時間がなければ、現状の力はあなたに遠く及ばないでしょうな』


ボイドは頭を抱えた。

空中から尻餅をついて降ってきた女神だ。魔力の扱いなど子供同然だろう。

それが日没までに自分と同等の出力を出せるようになるのか? そもそも、二人分の「ゼロドラ」で、あの怪物を粉砕できるのか?

女神がさらに爺やと話し込んでいる。


「天界の被害状況はどうなの?」


『散々です。重力の鉛「グラ」、空間のクジラ「ディーヨン」、魔力のミミズ「マジックワーム」……。世界の核たる三体が逃げ出しました』


ミミズ?

あの瞬間、吸い込まれたのはクジラと人影、そしてプリン状のグラだったはずだ。ミミズなど見ていない。

だが、今は些細なことだ。

ボイドはふと、眼下の王国内部に目をやった。

民たちはまだ崩壊の危機を知らず、市場は活気に溢れている。

人間、エルフ、ドワーフ……そして、魔族?


「……何だと?」


ボイドは目を疑った。魔族が人間と共に、穏やかに市場を歩いている。

数時間前まで、種族の存亡を懸けて睨み合っていたはずの両軍。和解したとはいえ、その事実が末端にまで伝わるには、早すぎる。


「城下町が何かおかしい。行くぞ!」


ボイドは外套を翻した。


「あ、ボイドが行っちゃった。爺や、また連絡するわ。バイバイ!」


『スピン様! くれぐれもご用心――』


ブツリ、と無慈悲に通信は切られた。

ボイドとスピンは、謎に満ちた城下町へと駆け下りていった。

挿絵(By みてみん)

毎日18時30分頃、更新します。

よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ