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第2話「破壊された天界」

ボイドの全身を銀の電撃が駆け抜ける。

眩い光の奔流に視界を焼かれながらも、彼は薄目を開け、先行する女神を見失わぬよう必死に飛んだ。七色の空間を、景色が吹き飛ぶような速さで流れていく。


不意に、ドサッと地面に叩きつけられた。


ボイドはゆっくりと目を開ける。

とてつもない数の次元をくぐり抜けた気もするし、つい先ほどまでいた遺跡のすぐ隣にいるような気もする。

周囲を見渡すと、自分と女神スピン以外には、何もない。

真っ白な地面に真っ白な空間が広がっている。どこまでも続く、白い地平。

音が無く、光源も、影も無い。


(ここが、天界だというのか……?)


あまりの虚無に愕然とする。


「なんだ、ここは」


呆気にとられるボイド。そんな彼を、横にいた女神スピンはじっと睨みつけていた。


「とんでもないことするね。ここは地上の人が来るところじゃないんだよ。次元を超えて天界に来るなんて、ありえないでしょ」


「ここが天界か? 何も無いではないか……」


「そう見える?」


女神が不気味に微笑んだ。

ボイドが周囲を見渡した後、まばたきをすると――突如、真っ白だった世界が群青の空へと一変し、星々が煌めきだした。

地面もまた、空を映す鏡のように星を宿している。一瞬で、銀河の中心に放り込まれたかのようだ。

あまりの変化に驚き、もう一度まばたきをする。

すると銀河の中に、今度は巨大な城がゆらりと現れた。ボイドが知っている地上の、ありふれた石造りの城だ。

だが、目を凝らそうとすると――城はだんだんと影になり、霞んで、消えた。

目の前には再び、星海だけが残される。


「何だこれは? 城が現れて、消えたぞ」


「ふーん。君にはお城に見えるんだ。別になんでもいいのよ。ここは何でもあるし、何も無いんだから」


そこへ、一人の男が歩いてきた。

グレーの燕尾服を着た、老いた執事のような姿だ。

真っ白なカイゼル髭を生やした細身の老人は、礼儀正しく女神を迎えた。

しかし、執事はボイドを見た瞬間、顔から穏やかさを消し去った。


「彼は……誰ですか?」


「地上の魔王だよ。勝手について来ちゃったの。爺や、追い出して。私は人を傷つけることはできないんだから」


相変わらずの高飛車な態度。それを聞いた執事は顔を真っ青にし、激しく動揺し始めた。


「それは……それだけはいけません! ここはダメなんです。女神様、それだけは!」


あまりの慌てように、ボイドは逆に冷静さを取り戻した。


「何だ? 死後の世界だとでもいうのか。永遠の命を授かった俺がここへ来たのが、そんなに不都合か?」


執事は、何も分かっていないボイドを哀れむような目で見た。


「あのですね。ここは、あらゆる事象の原点なのです。しかし、あなたは地上から来た。それがよろしくない。ここはあなたが自由に『創れる』場所ではないのです。あなたが想像することと、女神様が世界を創造するという事とは、根本的に違うのですから!」


「さっぱり分からん。いや、まさか――この天界は、何かを隠しているのか?」


そう言ってまばたきした瞬間、ボイドの目に「恐ろしいもの」が映った。

太い鎖で縛られた巨大なクジラが、天井から吊るされ、血を流してもがいている。

いつの間にか星海は消え、ボイドは城の獄舎の中にいた。

石造りの牢獄は、先ほどの影とは違い、触れると硬く、冷たく、確かな存在感を持っている。

クジラの背後には、同じように鎖で縛られた人影が見える。その横には、皿に載ったプリンのような形をした、震える生命体が繋がれている。

どこからともなく現れた血まみれの人間や魔族が、その三体を鞭で打ち始めた。

クジラも、人も、プリンも、鎖を体に食い込ませて悲鳴を上げる。


「ぐぅ……なんてことを! おぞましい!!」


ボイドの脳裏に、凄惨な記憶が蘇った。

人間によって同胞が殺された記憶。魔族が人間を蹂躙した光景。

魔王ボイドの憎しみの原点は、人間への復讐だった。しかし、知ってしまったのだ。自分たちの手も等しく血に塗れていることを。戦いを続ければ、憎しみの連鎖からはどうしても抜けられない。

ボイドは、何を呪えばいいか分からなくなり、終いにはこの世界そのものを呪った。この、どうしようもない構造を創った「女神」という存在を――。

「苦しみの構造」……それを破壊するために、彼はここへ来たのだ。

永遠の命などどうでもいい。ただ、この憎悪の源を断ちたかった。

今、目の前には三体の傷つき叫ぶ命がある。石壁の隙間からは、謎の血がダラダラと流れ続けている。


(ここが憎悪の根源だ!)


ボイドは直感した。

地上に憎悪が満ちるのは、天界が憎悪に溢れているからなのだ。

怒りは頂点に達し、全身を魔力が覆う。ボイドの体がブルブルと震え出した。

それを見て、女神スピンが眉を顰める。


「どうしたの?」


「天界の憎しみが、地上を血塗られた場所にしたのだ。ここが、すべての根源だった……」


ボイドの声は、怒りで低く地を這った。


「何を見ているの?」


女神が問うが、その声はもう届かなかった。

凄惨な過去の記憶と目の前の光景が完全にリンクし、体中の魔力を刺激する。

かつてないドス黒い力が噴出した。怒りの塊となった魔王の両手から漆黒のエネルギーが現れ、銀の電流がのたうつ。

腕を開くと、それは空間いっぱいに広がり、城の大広間を飲み込んだ。

魔王最強の破壊魔法――「ゼロドラ」!

爺やが必死に叫んでいたが、轟音の中では何も聞こえない。

鎖は引きちぎられ、石壁は崩落した。天井は吹き飛び、鞭を持った者たちは消し飛んでいく。

床に亀裂が入り、底が抜け落ちる。

闇の空間への裂け目はどんどん大きく広がり、周囲のあらゆるものを吸い込んでいった。


「なになになに、何の穴!?」


女神スピンも流石に驚き、吸い込まれまいと踏ん張っている。


「な、何ということを……!」


爺やはこの世の終わりのような顔で、裂け目を見つめた。

ボイドはその時、確かに見た。

クジラや人やプリンのような生き物たちが、解放されたように、飛び跳ねながら穴の中へ流れていくのを。

ボイドは安堵して、その穴を見続けていた。

裂け目はゆっくりと小さくなっていく。

ボイドの左腕が再生した時のように、空間が元の形に戻ろうと動いている。


「あんた、何してんのよ!!」


女神スピンが激怒した。


「憎悪の鎖を断った」


ボイドは静かに答える。


「それはあんたに見えたものでしょ! 私からは鎖なんて見えなかったよ! いつもの『グラちゃん』だったのに! フワフワ遊んでただけだったのに!」


ボイドは困惑した。会話が噛み合わない。

爺やが続けた。


「あなたは地上の苦しみをここに投影したのでしょう。鎖も城も、ここには無い。あったのは『法則』だけです。全く、こんなことは初めてだ。やってくれましたな……女神様も」


「はぁーー! あたしも? やったのはこいつ、魔王でしょ!」


「あなたが連れてきたんでしょう、この愚か者を!」


そこまで言われると、ボイドも腹が立ってきた。


「お前たちがこの世界の黒幕だろう? 法則とは何の話だ」


爺やは深呼吸をして、ゆっくりと話しだした。


「あなたが見たものは、あなたの地上の憎しみのイメージです。ここは可能性の海。そもそも善も悪も無い、縛りも解放も無いのです」


「……」


「あるのは、生きた法則たちだけ。あなたは破壊魔法を使い、その法則を地上に撒き散らしたのです。いいですか? 放っておいたら、ゆっくり地上は壊れていきます。法則が暴走し、無茶苦茶なことが起こるでしょうな」


爺やは言葉を重ねる。


「ゆっくり、確実に破壊されます。現象は一点から波紋の様に広がるのです。崩壊の波に飲まれる時――人間も魔族もエルフもドワーフも、みーんな死ぬでしょう。あなたが原因です」


魔王ボイドはその言葉に固まった。

触れてはならない何かに、手を触れてしまったのか。

地上の部下たちの顔や、勇者パウリの顔が頭に浮かんでくる。


「待て……なぜ皆が死ぬと。それは、いかん」


真っ白な空間に、穴は少しずつ小さくなっていく。

爺やは慌てて、二人をその穴へ押し出した。


「おい!」


「何すんのよ!」


「この愚かな魔王一人で何かできますか? 地上で行動した事がない女神様一人で何かできますか?二人でなんとか回収して下さい! 世界が無くなる前に!」


ボイドとスピンが喚く中、爺やの勢いに押され、二人は次元の裂け目から地上へと落ちていった。

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