第19話「勇者vs真魔王」
静まりかえる遺跡の地下。
ベクトガルドとボイドの間に、穏やかな知性と内なる闘志を併せ持つ英雄が立っていた。
勇者パウリ。眼鏡の奥の鋭い眼光が、冷徹にベクトガルドを射抜く。彼女は迷いなく、静かに剣を構えた。
背後の次元の隙間からは、スピンとグラ、そしてディーヨンも降り立つ。
「トゥクトゥートゥクトゥク!」
緑色の目を激しく発光させたグラの声を聞き、スピンが即座に奥の扉へと駆け出した。
「ロピンとマジックワームは同じ場所にいるって! 私たちはそっちに行くわ。パウリ、ボイドをよろしくね!」
「行かさんッ!」
ベクトガルドが激昂し、腕から巨大な火球を放つ。だが、それは疾風のごとき身のこなしのパウリによって、造作もなく両断された。
「スピン様、お気をつけて」
女神を送り出したパウリは、オッカムの剣を握り直し、再びベクトガルドへとその切っ先を向けた。
城でのんびりしていたところをスピンに無理やり連れ出され、いきなりの実戦。だが、そこは数多の死線を越えた勇者だ。戦場に立った瞬間に思考は研ぎ澄まされていた。
五年前、自身の手で壊滅させた魔族軍の司令塔を前に、彼女は冷静に問うた。
「ボイドに結構なことしてくれたじゃないか。……彼の弟なんだろう?」
ベクトガルドは歪んだ笑みを浮かべる。
「魔王に兄弟などという概念は不要だ。すべてが融合してこそ完全体となる。兄上の『永遠の命』も、私が飲み込み一つとするのだ」
「永遠の命を手に入れてどうする? 五十億年後にはこの星も太陽に飲み込まれる。その時、お前はたった一人、孤独に宇宙を漂い続けるつもりか?」
パウリの「現実的」な問いに、ベクトガルドは怪訝な顔を浮かべた。
「……何の話をしている。俺の望みは人類を滅絶し、魔族を繁栄させること。それこそが我が世界のすべてだ」
「やれやれ。魔力がボイド以上でも、覚悟は全然足りないみたいだね」
パウリの挑発に応じるように、ベクトガルドが周囲を猛火で包み込む。だがパウリが剣を一閃させると、炎は細かく分散され、一瞬で虚空に霧散した。
ベクトガルドは上空へ飛び、両腕に漆黒の波動を収束させる。銀の電流がのたうつ、最大出力の「ゼロドラ」が放たれた。
ズドオオオオオオオオン!
轟音と共に放たれた砲撃を、パウリは回避すらせず、オッカムの剣を真っ向から振り下ろした。
ズバッ!!
真っ二つに切り裂かれたゼロドラは、パウリを避けるように左右へ弾け飛び、遺跡の壁を派手に粉砕した。
「……私に魔法は効かない。無駄だよ」
静かに告げるパウリ。
宙に浮くベクトガルドの全身から、焦燥の汗が流れる。魔力を激しく消費しすぎている。
自分には「完璧な魔王」の力が宿っているはずだ。魔力、知能、増殖、そして支配。それらすべてを持つ自分が、なぜこの女一人を屠れないのか。
ベクトガルドは魔力を振り絞り、部屋全体に雷鳴を爆散させた。天井が崩落し、粉塵が激しく舞い散る。
煙幕に乗じ、彼はパウリの視界から消えた。
狙いはただ一つ。床に転がるボイドの肉体だ。
ボイドの「永遠の命」を今すぐ融合すれば、この勇者にも逆転できる――。
ベクトガルドは右手に青白い魔力を纏わせ、全速力で横たわる兄へと手を伸ばした。
煙を切り裂き、その指先がボイドに届く……その直前。
視界を塞ぐ煙の向こうに、既に剣を構えてしゃがみ込んでいたパウリの姿があった。
「なっ……!!!」
すべてを見透かされていた。急停止しようとするベクトガルドだったが、パウリの抜刀術の方が遥かに速かった。
閃光となった一撃が、ベクトガルドの胸元を深く切り裂いた。
「が……はっ……!」
崩れ落ちるベクトガルド。
勇者パウリはゆっくりと剣を鞘に収めた。その後ろでは、肉代を再生しつつあるボイドが、ようやくぼんやりと意識を取り戻し始めていた。
ベクトガルドは激痛の中で、自分の中の強大な力が「切り離されていく」のを感じていた。
オッカムの剣は魔力を切り裂く。女神ロピンによって与えられた「時間軸を超えた巨大な魔力」さえもまた分裂させられ、彼の中から流れ出していく。
「ああ……俺の、完璧な力が……」
消えゆく魔力の中で、ベクトガルドは幻を見た。
一万年前、このゴド遺跡で現れた、最初の魔王の記憶。
魔力が体系化される以前の時代。一人の妖術師の男が、ゴド遺跡に辿りついた。
その最深部で、輝く液体が岩から漏れている場所を見つける。男はカレイド・スープを飲んだ。
魔力が飛躍的に上昇した男が、その時に抱いた、たった一つの純粋な願い。
(仲間が欲しい。同じ魔力を有する、分かり合える仲間が)
それが魔王一族の原典だった。
「分配と友情」それを求めた男の願いは、継承を繰り返すうちに、いつしか「増殖と支配」という歪んだ形に変容してしまったのだ。
「……俺の持っていた能力こそが、最初の望みだったんだ。俺は……俺たちは、人間だったんだ……」
流れ落ちる涙。
意識を取り戻したボイドは、這いずりながら弟の元へ行き、静かに彼を抱きしめた。
その光景を、パウリは何も言わず、静かに見守っていた。




