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第16話「ゴド遺跡の男」

エルフビーチの夜が明ける。


スピンとボイドは昨夜、ロザの家に泊めてもらった。


早朝、スピンは昨日まで着ていたバカンス用の服に錬成魔法をかけた。南国の色彩を消し、元の旅装束へと戻す。そしてスーツケースを取り出すと、昨日お土産店で買い込んだ大量の食品――グラのためのテリーヌや保存食をぎゅっと詰め込んだ。


家の前で、ロザと硬い握手を交わすと、二人は歩き出し、エルフビーチを後にした。


スピンの肩にはグラ、ボイドの横には海水を満たした立方体の中で泳ぐディーヨンが、しっかりと付いてきている。

ディーヨンは「美味しいものを食べ続けられること」を条件に、同行を了承していた。今後はディーヨンの力で、世界のどこへでも次元を超えてワープできる。天界へ帰ることさえ可能だが、それにはあと一体の法則を回収しなければならない。


スピンは爺やにテルルフォンをかけた。


「あ、爺や! ディーヨン回収成功だよ〜!」


『スピン様! お見事でございます! 残すはマジックワームのみ。グラで場所を検索し、ディーヨンで移動。これでもう終わりですな! グラはどこだと言っておりますかな?』


「今、検索中……。クルクルしてる。だいぶ長いね、これ。かなり遠いのかもしれないよ」


『なーに問題ありません。地球の裏側だろうが、ディーヨンなら一瞬なのですから!』


グラがピタりと止まり、緑色の瞳で元気よく叫んだ。


「トゥクトゥクトゥーーー!」

「あら! ……ゴド遺跡だって」


ボイドは驚きに目を見開いた。


「あそこか……!」


ゴド遺跡。スピンとボイドが最初に出会った場所だ。北へ海を越え、陸を越え、そのさらに向こうの海に浮かぶ孤島にある。エルフビーチが南の果てなら、ゴド遺跡は北の果てだ。


「ディーヨンを仲間にして大正解だったね! そこにマジックワームがいるんだ。行きましょう!」


『スピン様、くれぐれもお気をつけて!』


「ありがとう爺や! バイバイ!」ブツッ。


爺やは初めて最後までセリフを言えたことに感動しながら、切れたテルルフォンを眺めていた。


「……頑張って下され、スピン様」


ディーヨンの「空間技法」によって次元が切り開かれ、一行は遺跡の前の大地に足を下ろした。


遺跡は五年前と変わらず、古びた石積みが苔むしている。

再びグラが回転を始め、座標を指し示す。


「だいぶ近いって。ここからは歩いて行きましょ」


ドーム状の古代遺跡ゴドの内部は、天井の隙間から僅かに光が漏れる神聖な空間だった。かつて魔王ボイドと勇者パウリが、「永遠の命の儀式」を餌に女神スピンを呼び出した、因縁の場所。

祭壇の上には、今もスピノリアスの古代文字が彫られた石盤が横たわっている。


『頂点の二つの意志が揃う時、永遠の時を得るであろう』


あの時、眩い光を放った文字も、今は静かな暗がりの中で眠っている。


「なーんにもないねぇ。グラちゃんはこの先だって言ってるけど」


スピンがあたりを見渡して言った。


祭壇に近づいたボイドは、一つの異変に気づいた。石造りの祭壇が、僅かにズレている。その隙間からは、地下へと続く隠し通路が顔を覗かせていた。


「こんな場所があったのか……。しかもズレているということは、何者かが我々の前にここへ入っている」


「それって、マジックワームが意思を持ってこの先に行ったってこと? 鳥からさらに進化したの?」


訝しがりながら、二人は地下へ続く階段を降りていった。

永遠の生命を持つ魔王と女神。そんな二人でありながら、この先に漂う未知の気配に、漠然とした恐怖を感じていた。


スピンの手から放たれる明かりを頼りに進むと、突き当たりに重厚な鉄の扉が現れた。

ボイドがノブを回し、ゆっくりと押し開くと、そこには広大な広間があった。


松明の炎が不気味に揺れる部屋。石造りの壁には、びっしりと古代スピノリアス文字が刻まれている。

その向かいの壁際に、一人の男が立っていた。


「……あいつがマジックワーム?」


スピンが明かりを男に向ける。

ボイドはその横顔を見て、驚愕に凍りついた。


「ベクトガルド……!」


魔王ボイドの弟であり、かつての腹心。ベクトガルドが、青白い顔をしてそこに立っていた。容貌は記憶の中のままだが、纏っている気配があまりに異質だった。


「ベクトガルド、なぜここにいる?」


兄の問いに、ベクトガルドは表情を変えずに応じた。


「……なぜ? 兄上こそ、この五年間どこに消えていたのだ。私は、兄上の命令を実行したのさ。見つけたんだよ。可能性の液体、『カレイド・スープ』をな」


ボイドの脳裏に、魔王の血統に伝わる伝説がよぎる。歴代の魔王たちが己の魔力を次世代へ継承させるための媒介。父ギルはそれを三つに分け、アビス、ボイド、ベクトガルドの三つ子を作った。

アビスの魔力はボイドと同化した。本来、三つの力のうち二つをボイドが持ち、ベクトガルドは残りの三分の一の能力しか有しない。

だが、今目の前にいる男は、ボイドを凌駕するほどの「何か」を纏っている。


「スープを見つけた、だと……?」


「すまないな、兄上。本当はとっくの昔にその在処は知っていた。父ギルを殺した時、奴はメモを持っていた。そこに儀式のすべてが書いてあったのだよ」


「ギルのメモ……? なぜ黙っていた、ベクトガルド」


「兄上は賢いからさ。知れば必ず、俺より上手く、正しく使ってしまう。……だが、それでは俺の願いは叶わない」


ゆっくりと、ベクトガルドが歩み寄ってくる。


「気をつけてボイド。あいつ、普通の魔族じゃないわ」


スピンの声が背後から届く。分かっている。かつての弟とは、魔力の質が変わっている。


「お前の願いだと? 魔族の再興か? それとも人類の滅亡か?」


「くく、そうだな兄上、それもいい。だがその前に、俺はあんたを超えたかった。絶対的な魔力を受け継いだあんたを。俺がいくら魔族を増やし操っても、あんたには勝てなかった。……俺はずっと、自分が『三分の一』でしかないことが許せなかったんだ」


ベクトガルドの瞳に、昏い狂気の光が宿る。


「兄上……今の俺の力、試してみるか?」


ベクトガルドが片手に魔力を収束させる。

現れたのは、漆黒の闇に銀の電流がのたうつ破壊の波動。

本来、ボイドにしか使えないはずの、最強魔法「ゼロドラ」だった。

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