第13話「エルフビーチでテリーヌを!」
「エルフビーチ」
そこは、色とりどりの南国の花が咲き乱れる砂浜だった。
白い石造りの漁港に、調和の取れたパステルカラーの町並み。波打ち際に軒を連ねるテラスレストランでは、常に新鮮な魚介がテーブルを彩る。世界中から観光客が集まる、まさに地上の楽園だ。
「ついに! きたぞーーーーー!」
町まではまだ距離があったが、スピンのテンションは既に最高潮だった。
彼女は自らの旅装を見て、不満げに呟く。
「これじゃ盛り上がらないわね」
手を指揮者のように振るい、全身を魔力で包み込む。
現れたのは、オシャレな麦わら帽子に赤のタンキニ水着、腰には白いパレオ。足元は厚底のサンダル。さらにはグラまで小さなサングラスをかけて気取っている。見事な錬成魔法の応用だった。
「ボイドの服も変えてあげよっか!」
「むっ?」
返事をする間もなかった。ボイドの全身も柔らかな光に包まれる。
落ち着いたボタニカル柄のオープンカラーシャツに、腕にはミサンガ。ネイビーのハーフパンツにサンダル。
「……すっかりスタイリストだな」
ボイドは苦笑しながら、意外にも悪くない着心地に肩をすくめた。
二人は陽気な観光客を装い、意気揚々とエルフビーチの街中へ足を踏み入れた。
だが、そこは予想を裏切る奇妙な静けさに包まれていた。
魚売り場の露店には商品がなく、店員の姿すらない。観光通りとは思えないほど人通りが少なく、僅かにすれ違う人々も皆、一様に俯いていた。
「なんなのここ? 辛気臭いわねぇ。イケメンエルフはどこよぉ?」
スピンががっかりして通りを眺めていると、一軒の店の奥から店員が出てきた。優しそうな目をしたエルフの老人だ。
「観光かい? すまんね、一昨日から漁港で一切の魚が獲れなくなってね。どこも閉店なんだよ」
「魚が獲れない……?」
ボイドが問い返すと、老人は力なく答えた。
「ああ、全部だ。漁に出ても一匹も上がらん。不気味なのは、生簀の魚まで消えちまったことだ。病気なら死骸が残るはずだが、それすらなく、ただ消えた。網も破られちゃいない。全くのミステリーだよ。皆、原因を探りに海へでるか、今後どうするかの会議かさ」
老人はガックリと肩を落とし、店の奥へと消えていった。
スピンとボイドは顔を見合わせた。
「これって、もしかして……」
「ああ。それ以外には考えられん」
クジラのディーヨン。
おそらく地上に降り立ち、初めて食べた魚の味に魅了されたのだろう。海を泳ぎながら文字通り「食べ尽くして」いるのだ。
「爺やは崩壊現象は起きていないと言ったが、それは物理的な破壊の話だ。魚を絶滅させるなど、漁師にとっては壊滅的な打撃に他ならんぞ」
「え? え? 私、まだ本場の鮭のムニエル食べてないのに! お寿司は!? カルパッチョは!? 全部あいつに食われるのぉ!?」
スピンが悲鳴のような声を上げた。
通りには名物の海鮮料理を謳う看板がひしめいているが、どの店も「CLOSED」の札が虚しく揺れている。スピンとグラのフラストレーションは限界に達しようとしていた。
「トゥクトゥーー!」
「あ、グラちゃんが何か見つけたみたい」
グラが食い入るように見つめていたのは、一枚の看板だった。
「帆立と海老のテリーヌ、か。確かに見た目は羊羹に似ているが……」
グラはプルプルと震えて興奮している。どうやら、食材をぎゅっと凝縮した形が彼の食欲をそそるらしい。
だが、その店のドアにも無情な札がかかっていた。
絶望に打ちひしがれるグラ。スピンの眉が吊り上がり、グラの目は怒りの赤色へと変化した。天界の住人にとって、食の恨みは底知れない様だ。
「トゥクトゥクトゥクトゥク……」
「ボイド、グラちゃんが行くってさ! 深海に潜って、話をつけてくるって。……すごい低い声で言ってるわ」
ボイドは驚いた。重い鉛の体を持つグラなら深海へは到達できるだろう。
だが、重力の力を暴走させずに、果たして説得などということができるのか。
半信半疑のまま、ボイドは漁港へと向かった。
白い石造りの美しい漁港は、空っぽだった。
潮風が吹く波止場で、係留ロープや鎖だけが波に揺れている。
そんな静まり返った船着場でたった一人、サロペットを着た長身のエルフの女性が、緑色の漁船をメンテナンスしていた。
「一つ、頼まれてくれないか」
ボイドが声をかけると、彼女は手を止め、甲板からゆっくりと二人を見上げた。
「釣りなら他を当たんな。海には何もないよ。みんな原因を探しに出たが、当てもなけりゃ無駄骨さ」
「原因なら、この先の南西沖一二〇〇メートルの海底にいる。俺たちはそれを回収しにきたんだ。船を出してほしい」
エルフの女性は驚き、ボイドの顔を凝視した。
「原因を知っているのかい? 一体何が起きてるってんだ」
「クジラだ。普通のとは違う、少々厄介な代物だがな」
「クジラ? 深海に? 泳ぎ回る奴の場所がなぜ分かる」
「高性能なソナーがいてな。位置は特定できている」
スピンの横で、目を赤く光らせて回転するグラ。
「トゥクトゥクトゥク」
「ディーヨン、同じ場所から動いてないって。グラちゃんやる気満々よ。自分が『餌』になって釣り上げてやるって言ってるわ」
エルフは困惑しつつも、二人と一匹の奇妙な熱意に毒されたように笑った。
「めちゃくちゃ怪しいな。でも、ただ待ってるよりはマシか。いいよ、連れてってやる!」
彼女は軽やかに帆を張ると、「乗りな!」と短く言った。
ボイドとスピンが乗り込み、彼女が舵を握ると、緑の漁船は穏やかな海面を滑るように疾走し始めた。
「あんたたち、名前は?」
麦わら帽子を片手で押さえながら、スピンが答える。
「私はスピン。こっちはボイド。クルクルしてるのがグラよ」
「私はロザ。よろしくな」
波を切り裂き、緑の漁船は目的の海域へと真っ直ぐに突き進んでいった。




