表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/13

第13話「エルフビーチでテリーヌを!」

「エルフビーチ」

そこは、色とりどりの南国の花が咲き乱れる砂浜だった。

白い石造りの漁港に、調和の取れたパステルカラーの町並み。波打ち際に軒を連ねるテラスレストランでは、常に新鮮な魚介がテーブルを彩る。世界中から観光客が集まる、まさに地上の楽園だ。


「ついに! きたぞーーーーー!」


町まではまだ距離があったが、スピンのテンションは既に最高潮だった。

彼女は自らの旅装を見て、不満げに呟く。


「これじゃ盛り上がらないわね」


手を指揮者のように振るい、全身を魔力で包み込む。

現れたのは、オシャレな麦わら帽子に赤のタンキニ水着、腰には白いパレオ。足元は厚底のサンダル。さらにはグラまで小さなサングラスをかけて気取っている。見事な錬成魔法の応用だった。


「ボイドの服も変えてあげよっか!」


「むっ?」


返事をする間もなかった。ボイドの全身も柔らかな光に包まれる。

落ち着いたボタニカル柄のオープンカラーシャツに、腕にはミサンガ。ネイビーのハーフパンツにサンダル。


「……すっかりスタイリストだな」


ボイドは苦笑しながら、意外にも悪くない着心地に肩をすくめた。


二人は陽気な観光客を装い、意気揚々とエルフビーチの街中へ足を踏み入れた。

だが、そこは予想を裏切る奇妙な静けさに包まれていた。

魚売り場の露店には商品がなく、店員の姿すらない。観光通りとは思えないほど人通りが少なく、僅かにすれ違う人々も皆、一様に俯いていた。


「なんなのここ? 辛気臭いわねぇ。イケメンエルフはどこよぉ?」


スピンががっかりして通りを眺めていると、一軒の店の奥から店員が出てきた。優しそうな目をしたエルフの老人だ。


「観光かい? すまんね、一昨日から漁港で一切の魚が獲れなくなってね。どこも閉店なんだよ」


「魚が獲れない……?」


ボイドが問い返すと、老人は力なく答えた。


「ああ、全部だ。漁に出ても一匹も上がらん。不気味なのは、生簀いけすの魚まで消えちまったことだ。病気なら死骸が残るはずだが、それすらなく、ただ消えた。網も破られちゃいない。全くのミステリーだよ。皆、原因を探りに海へでるか、今後どうするかの会議かさ」


老人はガックリと肩を落とし、店の奥へと消えていった。

スピンとボイドは顔を見合わせた。


「これって、もしかして……」


「ああ。それ以外には考えられん」


クジラのディーヨン。

おそらく地上に降り立ち、初めて食べた魚の味に魅了されたのだろう。海を泳ぎながら文字通り「食べ尽くして」いるのだ。


「爺やは崩壊現象は起きていないと言ったが、それは物理的な破壊の話だ。魚を絶滅させるなど、漁師にとっては壊滅的な打撃に他ならんぞ」


「え? え? 私、まだ本場の鮭のムニエル食べてないのに! お寿司は!? カルパッチョは!? 全部あいつに食われるのぉ!?」


スピンが悲鳴のような声を上げた。

通りには名物の海鮮料理を謳う看板がひしめいているが、どの店も「CLOSED」の札が虚しく揺れている。スピンとグラのフラストレーションは限界に達しようとしていた。


「トゥクトゥーー!」

「あ、グラちゃんが何か見つけたみたい」


グラが食い入るように見つめていたのは、一枚の看板だった。


「帆立と海老のテリーヌ、か。確かに見た目は羊羹に似ているが……」


グラはプルプルと震えて興奮している。どうやら、食材をぎゅっと凝縮した形が彼の食欲をそそるらしい。

だが、その店のドアにも無情な札がかかっていた。

絶望に打ちひしがれるグラ。スピンの眉が吊り上がり、グラの目は怒りの赤色へと変化した。天界の住人にとって、食の恨みは底知れない様だ。


「トゥクトゥクトゥクトゥク……」

「ボイド、グラちゃんが行くってさ! 深海に潜って、話をつけてくるって。……すごい低い声で言ってるわ」


ボイドは驚いた。重い鉛の体を持つグラなら深海へは到達できるだろう。

だが、重力の力を暴走させずに、果たして説得などということができるのか。

半信半疑のまま、ボイドは漁港へと向かった。


白い石造りの美しい漁港は、空っぽだった。

潮風が吹く波止場で、係留ロープや鎖だけが波に揺れている。

そんな静まり返った船着場でたった一人、サロペットを着た長身のエルフの女性が、緑色の漁船をメンテナンスしていた。


「一つ、頼まれてくれないか」


ボイドが声をかけると、彼女は手を止め、甲板からゆっくりと二人を見上げた。


「釣りなら他を当たんな。海には何もないよ。みんな原因を探しに出たが、当てもなけりゃ無駄骨さ」


「原因なら、この先の南西沖一二〇〇メートルの海底にいる。俺たちはそれを回収しにきたんだ。船を出してほしい」


エルフの女性は驚き、ボイドの顔を凝視した。


「原因を知っているのかい? 一体何が起きてるってんだ」


「クジラだ。普通のとは違う、少々厄介な代物だがな」


「クジラ? 深海に? 泳ぎ回る奴の場所がなぜ分かる」


「高性能なソナーがいてな。位置は特定できている」


スピンの横で、目を赤く光らせて回転するグラ。


「トゥクトゥクトゥク」

「ディーヨン、同じ場所から動いてないって。グラちゃんやる気満々よ。自分が『餌』になって釣り上げてやるって言ってるわ」


エルフは困惑しつつも、二人と一匹の奇妙な熱意に毒されたように笑った。


「めちゃくちゃ怪しいな。でも、ただ待ってるよりはマシか。いいよ、連れてってやる!」


彼女は軽やかに帆を張ると、「乗りな!」と短く言った。

ボイドとスピンが乗り込み、彼女が舵を握ると、緑の漁船は穏やかな海面を滑るように疾走し始めた。


「あんたたち、名前は?」


麦わら帽子を片手で押さえながら、スピンが答える。


「私はスピン。こっちはボイド。クルクルしてるのがグラよ」


「私はロザ。よろしくな」


波を切り裂き、緑の漁船は目的の海域へと真っ直ぐに突き進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ