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第12話「進化する法則」

三人の眼前に現れたのは、真鱈まだら模様の茶色の体毛に覆われた二足歩行の巨獣。二階建ての家屋に匹敵する体躯を誇る、ティラノサウルスだ。

ボイドはかつてドワーフの国を訪れた際、博物館で見た化石を思い出した。


「太古の昔……一億年前に滅亡したと言われている爬虫類だ。スピン、お前なら知っているのではないか?」


「流石に覚えてないねぇ。天界は時間の感覚も曖昧だし。一億年前? あったのかもねぇ、そんな時が」


相変わらず、世界の理を司るには大雑把すぎる女神である。

ティラノサウルスはゆっくりと距離を詰め、三人とラクダを獲物と定めたのか、徐々に速度を上げ始めた。


「お、お助けぇーー!」


ラクダ使いのハットンは悲鳴を上げ、スピンの影に逃げ込む。

対してボイドは、巨獣の真正面に立ちはだかった。


「トゥクトゥクトゥー!」


肩の上で、グラが激しく跳ねる。


「ボイド! その恐竜の中にマジックワームのコアがあるって! そいつ自身がマジックワームよ!」


ボイドは思考を巡らせる。


(グラには『羊羹を食べたい』という明確な意思があった。だが、マジックワームの狙いは何だ? なぜ森を作り、恐竜に化ける?)


両手を前に突き出し、「ゼロドラ」の構え。

漆黒のエネルギーが凝縮され、銀の電流がのたうつ。マジックワームにこちらの魔力を制限する意図はないようだ。


「倒してから回収する。……コアは死んだり消えたりしないのだな?」


「みんな永遠の命を持った『法則』だからね! 死ぬことはないわ。全力でやっちゃって!!」


女神の無責任とも取れる激励を受け、ボイドは最強の破壊魔法を解き放った。


「ゼロドラ!!」


ズドオオオォォォォンッ!


圧倒的な衝撃波が周囲の草木を塵に帰し、恐竜を正面から粉砕する。


「や、やったっす!」


頭を抱えていたハットンが薄目を開けて歓喜した。

だが次の瞬間、静止していたはずの樹海が、意志を持つ壁となって三人に押し寄せてきた。恐竜はただの尖兵に過ぎない。この森すべてが、マジックワームそのものなのだ。


「木で我々を圧殺するつもりか」


ボイドは全員を呼び寄せ、足元にドーナツ状の炎を出現させた。それを起点に、周囲の樹海すべてを焼き尽くす「広域焼却」を敢行する。

荒れ狂う業火は風の魔法と連動し、瞬く間に魔力の森を呑み込んでいった。中心にいる三人は風の障壁によって完璧に守られていたが、外側は地獄のような焦熱が支配していた。


「す、すげえ……」

「やるぅ!」


ハットンとスピンが感嘆の声を上げる。

炭化した巨木の残骸が広がる荒野を見渡し、ボイドが呟く。


「……マジックワームのコアはどこだ?」


だが、探す暇もなく異変が起きた。

黒炭となった残骸に無数のひび割れが走り、そこから魔力の光が溢れ出す。

弾けるように飛び出したのは、手のひらほどもある巨大なタンポポの綿毛のような「光の種」だった。

爆発的な勢いで無数の光が散乱し、辺りは幻想的な輝きに包まれる。炭の残骸は一欠片も残らず砕け散り、発光する綿毛たちが空へと昇っていく。

まるで、数千の灯籠を空に放つランタンフェスティバルのような、この世のものとは思えぬ美しさだった。


「うわぁ……なんだこりゃあ……」 


圧倒されるハットン。


「きれーい……」


スピンはうっとりとその光景に見入っている。

だが、ボイドの目は獲物を探す猛禽のように鋭かった。


「この綿毛のどこかにコアが紛れているはずだ。風に乗って分散される前に特定する。グラ、わかるか?」


「トゥクトゥクトゥク」


グラがクルクルと回転し、検索を開始する。


「……トゥクトゥクトゥン!」

「あ。もうここにいないって。……はるか北へ、鳥になって逃げていったそうよ」


ボイドは愕然とした。

マジックワームは光の綿毛を壮大な煙幕として利用し、一瞬で変身して飛び去ったのだ。

視界が開けた北の空。豆粒ほどの小さな光が、圧倒的な速度で地平の彼方へ消えていくのが見えた。


「……逃げ切られたか。奴は何が目的なんだ? 次々に姿を変えて、一体何を考えている」


苦虫を噛み潰したようなボイドの問いに、スピンが提案した。


「爺やに訊こう!」


テルルフォンを介し、爺やの沈着な声が響く。


『あぁ〜。マジックワームが、左様になりましたか。グラが「暴走して巨大化」したのに対し、マジックワームの暴走は「際限なき変化」なのかもしれませんな』 


「奴の目的は何だ?」


『法則たちには思考の癖がございます。グラは犬猫のように、クジラのディーヨンは人間のように。対してミミズのマジックワームには、複雑な感情がございません。ミミズのように「外部刺激に反応する」だけで生きている。ゆえに、目的なぞ考えもしないでしょう』


「でも、もうミミズじゃなかったよ?」


『ふむ。深海に落ちたミミズは、凄まじい外圧に対し「環境適応」を始めた。……進化、というやつですな。魔力の体を用いて生物進化の過程をなぞっているのでしょう。今は鳥へ、いずれはさらに複雑な存在へ……』


ボイドは沈思黙考の後、尋ねた。


「進化するマジックワームか、理性を持つというディーヨンか。どちらを先に追うべきだ?」


『そうですなぁ。ディーヨンが説得に応じるなら、そちらが先決かと。ディーヨンは「空間」を支配します。次元を超えた瞬間移動が可能になれば、グラの位置情報と合わせ、マジックワームを容易に捕捉できるでしょう』


「……そのディーヨンとやらは、話が通じるのか?グラやマジックワームはさっぱりだったが」


「トゥクトゥー!」


横でグラが、怒ってる様にはねる。


『天界から観測する限り、エルフビーチ付近で崩壊現象は起きておりません。ディーヨンは極めて高い理性で、深海に留まっている。何を考えているかは分かりませぬが……』


「スピンや爺やは、そいつと連絡を取れないのか?」


「クジラはテルルフォン使わないよ。だってクジラだもん」


いまいち納得できないボイドだったが、とにかく深海へ向かうしかないことは理解した。


「じゃあ、エルフビーチへ出発! バイバイ、爺や!」

『スピン様、お気を――』ブツッ。


「……ようやく出発すね!」


会話に置いてけぼりだったハットンが、ようやく行き先が決まり、安堵の声を上げる。

再びラクダに跨り、三人は夕焼けに染まる砂漠を進んだ。


夜が訪れる頃、遠くに村の灯りが見えてきた。

村の入り口では、ハットンの友人らしき男が冷やかし半分に声をかけてくる。


「なんだハットン、その客は! そんな軽装で砂漠旅行たぁ舐めたもんだなぁ!」


「この方々は大魔法使い様だぞ! オイラの命の恩人だ! 失礼なことを言うんじゃねぇッ!」


その晩はハットンの実家が営む宿で、最高のもてなしを受けた。砂漠での激闘に疲れた三人は、泥のように深い眠りにつく。


翌朝。

ラクダ小屋の前でハットンと固い握手を交わした。

遠ざかってもなお、ハットンはちぎれんばかりに手を振っている。スピンも大きくジャンプしてそれに応えた。


「いいやつだったねぇ。少しうるさかったけど」


「お前に言われたくないだろう」


ボイドの苦笑に、スピンがケラケラと笑う。


いくつかの川を越え、道は潮の香りを帯びていく。

波音が重なり合うように聞こえ始め、ついに目的の街、エルフビーチがその姿を現した。

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