第11話「魔力の森」
砂丘の真ん中、視線の遥か先。
離れていてもなお巨大に感じる緑の樹海が、灼熱の砂漠に横たわっていた。
ラクダ使いのハットンは困惑し、地図と方位磁針を何度も確認する。
「なんだこりゃあ。こんな所に森なんて、あるはずがないんですがねぇ」
ハットンは目を擦り、蜃気楼の類いかと疑った。だが、近づくほどにその輪郭は鮮明になり、熱気に揺らぐこともない。
そこにあるのは、本物の大木。まるで千年の時を刻んだかのような巨木が群生し、深く暗い樹海を形成していた。
「これほどの規模なら、もっと手前で気づいていたはずだ。……突然現れたとしか思えん」
ボイドが低く呟く。
「はえぇ。すっごい木だねぇ」
感心して見上げるスピンの肩で、突如としてグラが騒ぎ始めた。
「トゥクトゥー! トゥクトゥー!」
瞳が激しく緑色に明滅する。
「え! うそ! グラちゃんが言ってるわ。……マジックワームだって! この森の正体!」
「ミミズのマジックワームか。クジラのディーヨンと共に、深海にいたのではなかったのか?」
ボイドは目を細め、森の奥を凝視した。
「グラが言うには、私たちがイストールにいた時は確かに深海にいたって。でも、なぜか別行動になったみたいね。クジラはまだ海にいるそうよ。……喧嘩でもしたのかしら」
事情はどうあれ、法則の方から近づいてくれるなら好都合だ。
「スピン。マジックワームとは、どのような性質の法則だ?」
「マジックワームは『魔力の法則』よ。私やボイドが使う魔力そのものを司る力! 天界なら思いのままだった創造が、地上で形にする時は制限される……その仕組みがマジックワーム!」
ボイドは魔法の根幹を思い返した。
魔力をどう練り、どう放出するか。その形、量、持続時間。すべては一定の「理」に従っている。魔力は万能ではない。使えば減り、休めば回復する。その「法則」そのものが実体化したというのか。
樹海の入り口に到達すると、ボイドはラクダを止めた。
「森に入るぞ。ここで回収するのが一番手っ取り早い」
「ちょっとちょっと! 冗談じゃねぇ!」
ハットンが血相を変えて割って入る。
「こんな気味の悪い森、入れるわけないでしょ! オイラはここで降りさせてもらいやすぜ! こりゃあ間違いなく悪魔の森だ!」
「ああ、魔力の森だ。錬成されたものか、あるいは湧き出したものか……。お前はここで待っていろ。スピン、行くぞ」
ボイドがラクダを降りようとした、その瞬間。
森の境界に生い茂っていた草が、生き物のような速度で砂漠を侵食し始めた。植物が動物のごとき俊敏さで成長し、三人の足元を包囲していく。
「なっ……!」
「ほら見ろ! 生きた森だぁ! 降りちゃダメだ、走らせてぇ!!」
ハットンが必死にラクダを促すが、砂を割って伸びる蔦の速度が勝る。
さらに恐ろしいことに、草木の成長は止まらない。
足元の土が盛り上がったかと思うと、一本の樹木が急上昇し、ハットンとスピンをラクダに乗せたまま宙へと押し上げた。
「ひええええええ!」
「わわわわわっ! 高い、高いって!」
二人は瞬く間に、飛び降りることも叶わない高所へと運ばれてしまった。
ボイドは即座に掌を向けるが、不用意に撃てば木が折れ、二人とラクダが墜落する。
「スピン! 攻撃魔法を使え! 風で枝を削り、足場を制御するんだ。俺の魔法を見ていたお前ならできるはずだ!」
「あんたの魔法なんて興味なかったから見てないわよ! それに私は女神なの! 人を傷つけるような魔法は使えません!」
(……なんという思い込みの強い女神だ)
スピンには膨大なポテンシャルがあるが、自身の興味にしか魔力を割けない。ボイドは苦渋の決断を迫られた。
精密に風を操り、二人を傷つけずに木を削り取るしかない。
「おい! 危ないからそれ、こっちに向けないでよ!」
「他に方法がない!」
ボイドが魔力を凝縮させたその時、スピンが奇妙な動きで魔力を振りまいた。
「こうすればいいんじゃない?」
彼女の魔力が触れた枝葉が、一瞬にして細い繊維へと分解されていく。
「……錬成魔法か!」
繊維は瞬く間に糸へと紡がれ、空間に巨大な「空飛ぶ絨毯」を編み上げた。イストールの市場で見かけた意匠の絨毯だ。大木は上部から消滅し、代わりに柔らかな絨毯が二人とラクダを優しく受け止める。
スピンとハットン、そしてラクダたちは、滑り台のように絨毯を使い地上へと舞い戻った。
「大したものだな、スピン」
宙に浮かぶ豪華な絨毯を見上げ、ボイドは感嘆の声を漏らした。
「助かったあああ……生きてる、オイラ生きてるよ……」
ハットンは砂に突っ伏して泣いている。
だが、スピンがニンマリと誇らしげに笑った直後、その絨毯が端からほつれ始めた。糸は繊維へ、繊維は光の粒子へと還り、空中に霧散していく。
ボイドはその光景を見て、確信に至った。
「……実体がないのか。この森はどこからか移動してきたものでも、誰かが錬成したものでもない。森の形を模した、『魔力そのもの』だ」
砂漠の中に忽然と現れた、魔力による幻影の樹海。
三人が周囲を警戒したその時、
ズゥゥン……ズゥゥン……。
暗い木々の深奥から、大地を震わせる重低音が響いてきた。
「こんどは……! 今度は何なんすかぁ!」
ハットンが腰を抜かす。
三人が息を呑んで暗闇を見つめる中、巨木をなぎ倒し、
二足歩行の――巨大な恐竜が、ゆっくりと姿を現した。




