表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】隻腕の代理王 ~帝国と教皇国に挟まれた詰み盤面。俺は「ハッタリ」と「覚悟」だけで、二つの敵軍を撤退させる~  作者: Lihito


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/40

40話:幸せな夢

 それから、長い長い年月が流れた。


 季節は巡り、戦火の跡は緑に覆われ、かつて血で洗われた大地には花が咲いた。


         ◇◇◇


 私は、最後の書類に署名を終えた。


 震える手で羽根ペンを置き、窓の外を見る。

 かつて難民キャンプだった場所には、今は美しい街並みが広がっている。


 レムリア公国は、殿下の宣言通り王政を廃止し、民が代表を選ぶ共和制の国へと生まれ変わった。

 その制度構築に、私は残りの生涯のすべてを捧げた。


 法と秩序の礎。民が民を守る仕組み。

 殿下が夢見た国の形を、私は文字にして残した。


「ヴァイン様、お休みになってください」


 若い官僚が、心配そうに声をかけてきた。

 かつての私のように、真面目で、少し堅物な若者だ。


「いや、もう少しだけ」


 私は微かに笑った。


「殿下に顔向けできん仕事は残せん。それが、私の口癖だったろう?」


 窓の外では、夕日が沈もうとしていた。

 美しい茜色が、新しい国の街並みを染めている。


 殿下。

 あなたが託した国は、こんなにも美しくなりました。


 私は、満足げに目を閉じた。


         ◇◇◇


 僕は、杭の聖堂の警備隊長になっていた。


 あの日、野良犬だった僕に名前と居場所をくれた王。

 その王が眠る場所を守ることが、僕の生きる意味になった。


 毎朝、聖堂の掃除をする。

 毎晩、結晶の前で報告をする。

 今日も国は平穏でした、と。


「隊長、交代の時間です」


 若い衛兵が声をかけてきた。

 僕よりもずっと若い、希望に満ちた目をした青年だ。


「ああ、頼む」


 僕は、結晶の中で眠る殿下を見上げた。

 その顔には、微かな笑みが浮かんでいる。

 まるで、僕たちの平穏な日々を、夢の中で見守っているかのように。


 殿下。

 僕は、あなたの王命を守っています。

 幸せに、生きています。


         ◇◇◇


 俺は、表舞台からは姿を消した。


 博打打ちに、表の仕事は似合わない。

 だが、国の経済が傾きかけた時や、裏社会の均衡が崩れそうになった時、俺は必ず現れた。


 「謎の博打打ち」。

 そんな噂が、街には流れているらしい。


 今日も、一つの危機を未然に防いだ。

 南の商人が仕掛けようとした経済戦争を、カード一枚でひっくり返してやった。


 酒場の隅で、俺はスキットルを傾けた。

 中身は、あの日と同じ安物の酒だ。


 窓の外には、平和な街の灯りが見える。

 退屈だ。だが、悪くない。


 殿下。

 あんたの勝ち分は、きっちり守ってるぜ。

 地獄の底から、笑って見ていてくれよ。


         ◇◇◇


 あたしは、外交官になっていた。


 影の仕事は、もうほとんどしていない。

 殿下が望んだ通り、表舞台で、陽の光の中で生きている。


 「双対の華」。

 あたしとルークは、そう呼ばれるようになった。

 外交の場では華麗に、裏の仕事では冷徹に、殿下が愛した国を守り続けている。


 今日も、一つの条約を締結した。

 かつて敵対した教皇国との、新たな友好条約だ。


 会議室を出ると、夕暮れの空が広がっていた。

 あの日、殿下が人柱になった時と同じ、美しい茜色。


 殿下。

 あなたの影は、この国の光になりました。

 あたしは、胸を張ってそう言えます。


         ◇◇◇


 ある晴れた日の午後。

 静寂に包まれた聖堂を、杖をつきながらゆっくりと歩く一人の老人がいた。


 かつての巨躯は少し小さくなり、顔には深い皺が刻まれ、髪は純白になっていた。

 だが、その瞳の輝きだけは変わらない。


 老いた自分だった。


 黒い結晶の前に辿り着くと、軋む膝を折って静かに跪いた。

 冷たい石床の感触が、懐かしい記憶を呼び覚ます。


「陛下」


 自分の声は、枯れていたが、穏やかで温かかった。


「あなたが眠ってから、もう何十年も経ちました」


 自分は、結晶の奥で眠る、若き日のままの主君を見つめた。


「この国は、あなたが夢見た通りの国になりました。王がいなくとも民が自ら考え、支え合う、強くて優しい平穏な国に」


 自分は、皺だらけの顔で微かに笑った。


「ヴァインは、十数年前に天寿を全うしました。最期の瞬間まで、あなたの遺志を継ぐことだけを考えていましたよ」


 自分は、昔話をするように続けた。


「カイルは、相変わらずどこかで博打を打っているようです。風の噂では、南の島を一つ賭けで手に入れたとか。しかし、国の危機には必ず影から現れます」


「リオラは、今も外交の最前線で戦っています。もう若くはありませんが、あなたの影として、最後まで戦い続けるでしょう」


「ルークは、この聖堂の警備隊長として、あなたの眠りを守り続けています。あの野良犬だった少年が、立派になりましたよ」


 自分は、深く、長く息を吸った。

 肺の奥に、聖堂の清浄な空気が満ちる。


「自分も、もう長くはありません。剣を振るう力も衰えました。しかし、あなたの遺志は、自分の息子たち、孫たち、次の世代に確かに継がれています」


 自分は、震える手で、冷たい黒い結晶の表面に触れた。

 そこには、かつて握りしめた殿下の手の温もりが残っているような気がした。


「陛下。いえ、我が友よ」


 自分の目に、熱い涙が滲み、頬の皺を伝って落ちた。


「あなたの最後の王命を、自分は守りました。働くのもほどほどに、長生きしました」


 自分は、涙の中で微かに笑った。


「幸せな、人生でした」


 自分は、時間をかけてゆっくりと立ち上がった。

 足取りはおぼつかないが、その背中は誇り高く伸びていた。


「だから、どうか安心して、眠り続けてください。この大陸は、もう大丈夫です。あなたが護りたかったものは、自分たちがすべて、未来へと繋ぎました」


 自分は、主君に対する最後の敬礼のように深く一礼をして、聖堂を後にした。


 扉が閉まる音が、静かに響く。


 黒い結晶の中で、若き王は眠り続けていた。

 その顔には、変わらず、微かな、しかし満ち足りた笑みが浮かんでいた。


 それは永遠に続く、幸せな夢の始まりだった。


《完》


最後までお読みいただきありがとうございます!

もし面白かった!と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、今後の執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ