表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】隻腕の代理王 ~帝国と教皇国に挟まれた詰み盤面。俺は「ハッタリ」と「覚悟」だけで、二つの敵軍を撤退させる~  作者: Lihito


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/40

34話:黒い奔流

 演説から数時間後。

 自分は、殿下の傍らで馬を駆っていた。


 国境の河川が見えてくる。

 対岸には、純白の鎧を纏った教皇国軍の先遣隊が布陣していた。約五千。

 黄金の太陽旗が風に翻り、その中央には巨大な聖櫃が厳かに運ばれている。


 レオンが言っていた、穴の向こうの声が聞こえるという聖櫃。

 あれが何なのか、自分には分からない。だが、嫌な予感がする。


「汚染された王が来たぞ! 浄化せよ! 光神の加護は我らにあり!」


 教皇国の指揮官が叫んだ。

 白銀の波のような聖騎士たちが、一斉に突撃を開始する。

 河を渡る水飛沫が上がった。


 自分は剣を抜こうとした。

 だが、殿下が片手を上げて制した。


「待て」


 殿下は、静かに右腕の拘束具を解いた。


「メフィスト。出力を上げろ。加減はいらん」


 傍らに控えていたメフィストが、仮面の奥で嗤った。


「ケケケ……御意」


 殿下の右肩に埋め込まれた義手が、駆動音を立てて展開する。

 内部の魔導回路が光り、黒紫色の稲妻がバチバチと放たれ始めた。


 何だ、これは。

 自分は、その光景に息を呑んだ。


「道を開けろッ!!」


 殿下が義手を突き出した瞬間。

 義手の先端から、数千の漆黒の蔓が爆発的に射出された。


 生き物のような鞭。鋭利な槍。

 それらが、聖騎士たちに向かって殺到する。


 河川の水面が弾け飛んだ。

 黒い奔流は、聖騎士たちの魔法障壁を紙のように貫き、足元の地面ごと粉砕した。


「な、なんだあの腕は……!? 悪魔だ! 悪魔の力だ!!」


 完膚なきまでの破壊。

 かつて帝都を飲み込んだ呪いの力を、殿下は制御された武器として振るったのだ。


 自分は、その背中を見つめていた。

 恐怖ではない。畏敬だ。


「全軍、突撃!」


 自分の号令が、空を震わせた。

 黒騎士大隊が雪崩れ込む。


 戦意を喪失した教皇国の先遣隊は、総崩れとなった。

 抵抗らしい抵抗もなく、彼らは国境の外へと押し戻されていく。


 勝った。

 圧勝だった。


 だが、自分は殿下の様子を見逃さなかった。

 返り血を浴びた殿下は、熱を持つ右腕を抑え、激しい眩暈に耐えている。


 力を使うたびに、何かが殿下を蝕んでいる。

 それは分かる。だが、今の自分には、見守ることしかできない。


「……陛下」


「大丈夫だ」


 殿下は、荒い呼吸を整えながら笑った。


「数日間の沈黙は勝ち取った。その間に、やるべきことがある」


         ◇◇◇


 馬を駆ること数日。

 雪と黒い煤が降り積もる荒野を、あたしたちは北へと進んでいた。


 殿下の供回りは、あたしとルークだけ。

 軍の指揮はアラリックとヴォルカスに預けてある。


 南からのカイルの報せはまだ届かない。

 時間は刻一刻と削られている。


 荒野に、その建物が見えた。

 亡霊のように佇む、巨大な石造りの廃墟。


 沈黙の図書館。

 かつての知識の殿堂。宮殿のような華やかさはなく、巨大な墓標のような佇まいだ。


「……陛下、ここですか」


 あたしは警戒を解かずに周囲を見渡した。

 生命の気配がない。風の音すら、ここでは死んでいる。


「ああ。第一皇子が指し示した場所だ」


 殿下が馬を降りた。

 ルークが影のように付き従う。


 図書館の巨大な扉は、風化して朽ちかけていた。

 だが、その奥から、微かな気配が漂ってくる。

 懐かしいような、それでいて不穏な気配。


 殿下の義手が反応した。

 黒い蔓が、肩の付け根で蠢き始める。


 あたしは、その光景を見つめていた。

 嫌な予感がする。だが、殿下は止まらない。


「行くぞ」


 殿下が扉を押し開けた。


         ◇◇◇


 図書館の内部は、静寂そのものだった。


 埃が積もった書架が、無限に続いているように見える。

 かつては大陸中の知識が集められていたのだろう。

 今は朽ちた羊皮紙と、崩れかけた本棚だけが残っている。


 あたしは殿下の背後を歩きながら、周囲を警戒していた。

 ルークも同じだ。二人とも、いつでも動けるように身構えている。


 殿下は、中央広間の奥へと進んだ。

 そこに、地下へと続く重厚な鉄の扉があった。


 その前に立った時。

 殿下の義手が、かつてないほど激しく熱を持った。

 黒い蔓が脈打ち、まるで何かを感じ取っているかのように蠢いている。


 地下から聞こえてくるのは、微かな歌声。

 レオンが歌っていた、あの歌に似ている。

 だが、悲鳴でも呪いでもなかった。

 何か大切なものを守り続けている者の、静かな子守唄のように聞こえた。


 扉の脇に、古びた石碑があった。

 見たこともない古代文字が刻まれている。


 殿下は、その文字を見つめていた。

 義手をつけた今の殿下には、その意味が読み取れるのだろう。


「……杭を打つ者に慈悲を。扉を開く者に破滅を」


 殿下が、低く呟いた。


「だが、真実を求める者には、三つの問いを授けよう」


 その時。

 地下へと続く階段の暗闇から、一人の人影がゆらりと現れた。


 あたしは即座に短剣を抜いた。

 ルークも弓に手をかける。


 だが、殿下は動かなかった。

 その目が、驚きに見開かれている。


 暗闘から現れたのは、全身を黒い蔓に侵食された男だった。

 だが、その瞳には、確かな人間の理知が宿っている。


「……レムリアの……新王……さま……?」


 枯れ木が擦れるような声。

 聞き覚えがあった。


 あたしは、その男を知っている。

 北の地獄で、レオンと共に黒い泥の中に消えたはずの男。


 脱走兵ウーゴ。

 彼は、死んでいなかったのだ。


お読みいただきありがとうございます!

もし「面白そう!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、

広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆(投稿)の励みになります!

ブックマークもぜひポチッとお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ