30話:王の千本腕.
数刻後、自分は練兵場に立っていた。
陛下の前には、ヴァインが選抜した三人の「曲者」たちが跪いている。
一人目は、痩せぎすで神経質そうな眼鏡をかけた男。かつて汚職で追放された元伯爵、セバスチャン。
二人目は、豪奢なドレスを着崩し、長い煙管を燻らす妖艶な中年女性。違法な商隊を率いる闇商人、マダム・ロザリン。
三人目は、顔の半分を火傷で覆い、片目を失った異様な風体の若者。爆発物の専門家、イカロス。
いずれも、まともな人間ではない。だが、今のレムリアには、まともな人間だけでは足りない。
陛下は三人と短く言葉を交わし、それぞれに役割を与えた。
セバスチャンには難民の活用を。ロザリンには南への交渉を。イカロスにはメフィストの補佐を。
毒には毒を。陛下はそう判断したのだろう。
自分には、彼らの才覚を見抜く目がない。
だが、陛下とヴァインが選んだのなら、信じるしかない。
◇◇◇
場所を移し、陛下の私室。
カイルとロザリンが呼ばれていた。
「南に自ら行きたいが、国をあけすぎている」
陛下が、玉座に深く腰掛けて言った。
「カイル、ロザリンを連れて南に向かえ」
カイルの目が、ギラリと光った。
「お前にもう縛りはいらない。自らの判断で、面白い選択をしてこい」
陛下は、微かに笑った。
「最近は真面目に働かせすぎたからな。たまには羽を伸ばして、毒を撒いてこい」
カイルが、懐のスキットルを煽った。唇の端が吊り上がる。
「……面白い選択、ですか。陛下、俺を甘く見ない方がいい」
あの男の目には、かつての外交官としての知性と、無頼の博打打ちとしての狂気が混ざり合っていた。
「あんたが気づいた時には、南の自由都市連合を丸ごと公国の『金蔵』に変えてしまっているかもしれない」
ロザリンも、紫煙をくゆらせながら不敵に笑った。
「任せておきなさいな。教皇国が聖戦の準備を終える前に、彼らの軍資金の蛇口を閉めて、干上がらせてみせるわ」
二人が去った後、自分は少しだけ安堵した。
カイルは信用できる。あの男が南で暴れている間、こちらは別の仕事に集中できる。
◇◇◇
次に呼ばれたのは、リオラとルークだった。
二人は影のように、音もなく控えている。
「リオラとルーク。お前たちは私専属の護衛となれ」
二人の目が、同時に見開かれた。
「いついかなる時も、私の側にどちらかはいろ。寝ている時も、食事の時もだ」
陛下の声が、静かだが重く響いた。
「私の命、お前らに預けるぞ」
リオラが無言で跪いた。
「……陛下の側を離れぬこと。それが私に与えられた、唯一にして絶対の『命』」
ルークも、静かに頭を下げた。
「……陛下の背中は、僕たちが守ります」
陛下は頷き、続けた。
「そなたたちの作り上げた部隊『銀の鴉』は、我が国の血液だ。必要に応じて拡充していけ。予算は惜しむな」
「承知しました」
「それと、教皇国の希望についても接触を測れ。古儀式派だったか。リラの歌を頼りに、糸を繋げ」
「……御意。闇の中で、光を見つけてまいります」
◇◇◇
次は、ヴァインだった。
「ヴァイン、父上を隠居させておく余裕がなくなった」
老宰相の目が、驚きに見開かれた。
「助力願いに行くぞ。協力してくれるようなら、父上の元、信頼おける貴族とともに、難民が増えて複雑化している内政を任せる」
陛下は、冷徹に指示を続けた。
「一部セバスチャンに全権を与え、好きにさせろ。あの男の『数字への執着』は使える。ただし、難民に影の者を混ぜ、信頼できるか常に探らせろ。裏切れば即座に消す」
「承知しました。セバスチャン殿の手綱は、私が握っておきましょう」
「帝国については、ヴォルカスたち旧帝国軍に任せろ。第一皇子の保護も、可能な限りで構わん。誰かが死ぬリスクを負う必要はないと伝えろ」
第一皇子。帝都での陛下の振る舞いを敵視していた、あの傲慢な男だ。
だが、保護できれば「帝国の正統な継承権」という最強のカードが手に入る。
「保護できたら、どこかに隔離して様子を確認しろ。影の者を使っていい。皇子が『使える駒』か『ただの火種』か、見極める必要がある」
「承知しました」
「また、貴殿の後継も探し、育成を始めろ」
ヴァインの目が、僅かに揺れた。
「そなた一人じゃ足りんし、この国の頭脳であるそなたに何かあったら、この国は機能停止するぞ」
ヴァインは深く頭を下げた。
「……陛下のお心遣い、痛み入ります」
◇◇◇
陛下は、自ら父王の寝所を訪れた。
自分も同行を命じられた。
エドワード三世は、窓の外の青空を見ていた。
胸の不気味な黒い蔓を隠すように、厚いローブを纏っている。
「父上」
陛下の声に、父王はゆっくりと振り返った。
その目には、病人の弱々しさはなく、かつて「鉄獅子」と呼ばれた「門番」の光が宿っていた。
「……分かった」
父王は、息子の隻腕を一瞥し、深く頷いた。
「この老いた体でも、民の盾にはなれる。内政は私とヴァインが引き受けよう。お前は、外の敵に専念せよ」
父王は、微かに笑った。
「セバスチャンという男、報告書を読んだが気に入った。あれは毒だが、使いどころを間違えねば特効薬だ。私が上手く使いこなしてみせよう」
自分は、その光景を黙って見ていた。
親子の会話。だが、そこにあるのは情ではなく、国を守るための冷徹な取引だった。
それでいい。今はそれでいい。
◇◇◇
最後に、陛下は自分を呼んだ。
「アラリック」
「はいッ」
「レオンのことは一任する」
自分の胸が、締め付けられた。
レオン。かつての部下。自分の右腕だった男。
「復活してほしいが、彼の元の清い心は失わせるな。そのために遅くなる分には構わない。メフィストと連携せよ。あいつが暴走しないよう、お前が監視しろ」
「……陛下の慈悲に感謝いたします」
自分は深く頭を垂れた。
「レオンの心を殺さぬまま、魔導の力を宿す……それは神への反逆かもしれませんが、レオンもそれを望むでしょう。メフィストには、私からも厳しく言い含めます」
「また」
陛下の声が、鋭く、王としての威厳を帯びた。
「今後お前は、リオラ達とは違い、私の命ではなく、国の命を背負っていることを肝に銘じろ」
自分の背筋が、自然と伸びた。
「『公国にはアラリックあり』と思わせろ。お前がいる限り、この国は落ちないと敵に思わせるのだ」
陛下は、一拍置いた後、悪戯っぽく付け加えた。
「……反乱だけはしてくれるなよ?」
自分は、思わず笑みを漏らした。
「……反乱、ですか」
窓の外を見た。練兵場で訓練に励むヴォルカスやベリサリウスの兵たち。新たに加わった若者たちの熱気。
「陛下、そんな冗談は、私が『公国にはアラリックあり』と全大陸に轟かせた後にしていただきたい」
自分は、陛下を見つめ返した。
「私は貴方の剣であり、国の壁。……失われた右腕の代わり、しっかりと務めさせていただきます」
陛下は、満足げに頷いた。
自分の胸には、重い責任と、それを上回る誇りが満ちていた。
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