表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
令嬢と獣人  作者: イスコ
10/10

第10章 手のひらの贈りもの

 冬至祭の夜、街は魔灯の明かりに包まれていた。石畳の上に光が揺れ、人々の笑い声が風に乗って響いている。


 リリィは、薄手の外套の襟を押さえながら、広場の中央に立っていた。


 周囲は賑やかだったが、彼女の心は静かだった。静かすぎて、まるで何かが抜け落ちてしまったかのように。


 ——最近、何をもらっても心が動かなかった。


 宝石の耳飾り、王都の茶葉、上級商人からの香水……どれも上質で、完璧な贈り物。

 でも、それに喜ぶ自分はどこにもいなかった。


(私はもう、十分に満たされている。だから何をもらっても、もう何も変わらない)


 そう思っていた。つい、今さっきまでは。


「……リリィ」


 レオが息を弾ませて、広場へやってきた。

 手には、ざらついた包み。包装紙ではなく、素朴な布で丁寧に巻かれている。


「これ、渡したくて」


「……なに?」


「ちょっとしたもの。……でも、ずっと考えて選んだ」


 リリィは包みを受け取る。中から出てきたのは、手帳だった。硬質な革に、簡素な留め金。だが、手のひらにすっと収まる上質な作り。


 表紙の隅に、小さく刻まれた金の文字が目に入った。


 ──"To keep what matters."

 (大切なものを、忘れないために)


「……これ、あなたが……?」


「ルーベンスで職人に頼んで。あんた、外では記録用にいつも紙を折って持ち歩いてたからさ。ぐしゃぐしゃの」


「……見てたのね」


 リリィの頬が、少しだけ赤くなった。


 その瞬間、不思議な感覚が胸に満ちてきた。言葉では言い表せない、小さな波紋のようなもの。静かで、でも確かにあたたかいものが、胸の奥に広がっていく。


(……どうして?)


 これまで、もっと高価なものを受け取ってきた。もっと珍しいものも、豪華なものも。

 けれど——今、手の中にあるこの小さな贈り物に、心がふるえている。


(私はもう、何をもらっても何も感じないと思ってた。……でも、それは違った)


 “自分のために選ばれたもの”が、こんなにも嬉しいなんて。


「……バカね、あなた」


「えっ?」


「こんなもの、嬉しすぎて……ずるいじゃない」


 リリィは目を伏せたまま、手帳を胸に抱きしめた。


 何かを欲しかったんじゃない。ただ、誰かに自分を見ていてほしかったのだと気づいた。

 誰かが、自分の小さな癖や言葉を覚えてくれていて、それを贈り物に変えてくれる——そんな奇跡を、ずっと知らずにいた。


 レオの頬も、ほんの少し赤くなっていた。

 ふたりは、言葉もなく顔を見合わせ、同じ微笑みを浮かべた。


 それは恋の始まりではなく、もうずっと前から育っていた想いが、ようやくかたちになった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ