第10章 手のひらの贈りもの
冬至祭の夜、街は魔灯の明かりに包まれていた。石畳の上に光が揺れ、人々の笑い声が風に乗って響いている。
リリィは、薄手の外套の襟を押さえながら、広場の中央に立っていた。
周囲は賑やかだったが、彼女の心は静かだった。静かすぎて、まるで何かが抜け落ちてしまったかのように。
——最近、何をもらっても心が動かなかった。
宝石の耳飾り、王都の茶葉、上級商人からの香水……どれも上質で、完璧な贈り物。
でも、それに喜ぶ自分はどこにもいなかった。
(私はもう、十分に満たされている。だから何をもらっても、もう何も変わらない)
そう思っていた。つい、今さっきまでは。
「……リリィ」
レオが息を弾ませて、広場へやってきた。
手には、ざらついた包み。包装紙ではなく、素朴な布で丁寧に巻かれている。
「これ、渡したくて」
「……なに?」
「ちょっとしたもの。……でも、ずっと考えて選んだ」
リリィは包みを受け取る。中から出てきたのは、手帳だった。硬質な革に、簡素な留め金。だが、手のひらにすっと収まる上質な作り。
表紙の隅に、小さく刻まれた金の文字が目に入った。
──"To keep what matters."
(大切なものを、忘れないために)
「……これ、あなたが……?」
「ルーベンスで職人に頼んで。あんた、外では記録用にいつも紙を折って持ち歩いてたからさ。ぐしゃぐしゃの」
「……見てたのね」
リリィの頬が、少しだけ赤くなった。
その瞬間、不思議な感覚が胸に満ちてきた。言葉では言い表せない、小さな波紋のようなもの。静かで、でも確かにあたたかいものが、胸の奥に広がっていく。
(……どうして?)
これまで、もっと高価なものを受け取ってきた。もっと珍しいものも、豪華なものも。
けれど——今、手の中にあるこの小さな贈り物に、心がふるえている。
(私はもう、何をもらっても何も感じないと思ってた。……でも、それは違った)
“自分のために選ばれたもの”が、こんなにも嬉しいなんて。
「……バカね、あなた」
「えっ?」
「こんなもの、嬉しすぎて……ずるいじゃない」
リリィは目を伏せたまま、手帳を胸に抱きしめた。
何かを欲しかったんじゃない。ただ、誰かに自分を見ていてほしかったのだと気づいた。
誰かが、自分の小さな癖や言葉を覚えてくれていて、それを贈り物に変えてくれる——そんな奇跡を、ずっと知らずにいた。
レオの頬も、ほんの少し赤くなっていた。
ふたりは、言葉もなく顔を見合わせ、同じ微笑みを浮かべた。
それは恋の始まりではなく、もうずっと前から育っていた想いが、ようやくかたちになった瞬間だった。