第1章 魔石の街ルーベンス
ルーベンスの街は、北方の寒風を遮る山脈と、温暖な内海に守られた中継都市。魔石の交易で栄え、四種族が肩を並べて暮らす珍しい街だ。
人間の少女・リリィは、この街の貴族出身でありながら、辺境伯家の落ちぶれた分家に生まれた。貴族としての誇りはありながらも、下町の雑踏と異種族に囲まれた生活が彼女の日常だった。
「またエルフと喧嘩してきたのかい、リリィ嬢ちゃん」
市場の八百屋が苦笑いする。金糸の髪を揺らして、リリィはふんっと鼻を鳴らした。
「先に挑発してきたのは向こうよ。“人間のくせに高慢だ”って言われて、黙ってられるわけないでしょ?」
「まったく、いつまでも昔の戦争を引きずってちゃ、商売もできやしないよ」
リリィは返す言葉がなかった。確かに、エルフ族との対立は百年前に終わっていた。それでも、貴族の教育では、未だに“エルフは狡猾、ドワーフは粗暴、獣人は野蛮”と教えられる。
そんな彼女の前に現れたのは、一人の獣人だった。
巨大な狼の耳と灰色の髪、鋭い金の眼を持つ青年——レオ。彼はルーベンスの魔石組合に新たに雇われた技師であり、鉱石の目利きでは既に評判になっていた。
初対面の時、リリィは彼を無視した。下町の広場で、彼が子供に優しく語りかけている姿を見ても、心のどこかで冷めた目を向けていた。
——どうせ、うわべだけ。民度の低い種族が教育を真似しても、すぐ尻尾を出す。
だが、その偏見は、彼との数度の出会いで崩れていく。
「リリィ嬢、あの魔石……欠けてます。今夜には崩れますよ」
「なっ、あたしが選んだ石にケチをつける気!?」
「構造を見てください。表面は滑らかですが、内層が不均等に縮んでいる。よければ、分解して証明してみせます」
レオは怒りもせず、侮蔑も見せなかった。ただ真っ直ぐに、魔石の知識と技術を語った。
彼の言葉は正しかった。リリィの選んだ魔石は、翌朝には粉々になっていた。
それからだった。彼女の中の何かが、音を立てて軋み始めたのは。
(どうして……私は、彼の言葉を、技術を、最初から否定したのだろう)
リリィはまだ、その問いに答えられなかった。ただ、その日から彼女は、街の喧騒が少し違って聞こえるようになった。