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80話 フィッシュ・パープル


「きゃあ?」

「輝夜ちゃん、スカート! スカートが釣れてる!」


 状況に気付いた千影が慌てる。

 エリスが思い切り引っ張った紐が、近くに立っていた輝夜のスカートに引っかかったのだ。

 引っ張った拍子に外れたのか、それとも景品設置のミスか。いずれにせよ、エリスが手にした紐の先端に景品はついておらず、吊り下げ用のフックだけが残っていた。それが輝夜のスカートを見事に『釣り上げた』のである。


 どよめく周囲。特に男子部員や男性保護者は思わず目が釘付けになった。

 レースをふんだんに使ったロイヤルパープルの大胆なデザインが、形のよい輝夜のお尻を際立たせていた。


 千影が半眼になる。


「輝夜ちゃん。いくらなんでも、これは攻めすぎじゃない? 何を期待していたのかな?」

「冷静な分析はいいですから、早く外してくださいよぅ!」


 輝夜がスカートを抑えながら半泣きで訴える。

 すると、健二が音もなく寄ってきて、スカートに食い込んでいたフックをさっと外した。さりげなく、スカートの皺まで整える。

 周囲の視線を牽制してから、健二は輝夜を気遣った。


「たかちゃん、大丈夫かい? フックで足を引っ掻いたりしてない?」

「……私のパンツ見た、やっくん?」

「見えたけど、ちらっとだけだよ。今はそれよりたかちゃんの怪我――」

「どうだった!? ねえ、どうだった!? 私のパンツ!?」

「え? それは言わない方がいいのでは」

「ど・う・だった!?」

「すごくセクシーで華やかだったよ。レース柄と肌とのコントラストが鮮やかだと思った。たかちゃん、あんな下着も選ぶんだって」

「見れて嬉しかった!?」

「嬉しい……とは違うけど、ちょっとドキドキしたよ」

「そっかあ! ふふふ、お母様。輝夜はやりましたよ。やっくんの心を震わせることに成功です。これもお母様の叱咤激励のおかげです! 朝ご飯前に『これで勝負しなさい』と言われたときは、お味噌汁の味もわからなくなるくらい緊張したけど!」

「あなたたち……公衆の面前でなんて会話をしているの」


 頬を赤らめながら千影が言うと、輝夜は「えへへ」と満更でもない表情を浮かべた。

 千影はぽつりと「私だって自宅に戻れば、あれくらい」と呟いた。


「……ありえない」


 ふと、エリスが言った。

 彼女は、輝夜が騒いでいる間もずっと紐を握りしめていた。強いショックを受けたようで、表情が強ばっている。


「エリは黒薔薇の天運に恵まれた娘。くじというくじ、景品という景品をほしいままにしてきたんだよ……。そのエリが、こんな無様を晒すなんて」

「そうかな? 私としては、やっくんにアピールできたから大当たりなんだけど」

「むううううぅぅぅっ!!」


 輝夜の余計なツッコミに、エリスは頬をフグのように膨らませた。


「ナシ! いまのナシです! もう一回! 次が本番です!」


 そう宣言して、エリスは小銭入れを取り出した。可愛いキャラ物である。


 それから何度かくじ引きにチャレンジしたエリスだったが、ことごとく外してしまう。しかも半分近くが景品のついていないハズレだった。


「おかしいな、ちゃんとハズレがないようにしているのに」

「トラブルがこんな重なることある?」


 不思議がって囁き合う部員たち。


(神がかり的な運の良さ、か。用務員室からとびっきりのお守りを持ってくるべきだったかな)


 健二が半ば本気でそう考える隣で、エリスは半泣き状態だった。


「ううう……カグ兄様にエリのすごいところ見てもらおうと思ったのに」

「エリスちゃん。運の良さって、そうムキになって証明するものではないような」

「エリ、運よかったもん! ぐす」

「さ、さすがに少し可哀想になってきたわね」


 輝夜と千影が顔を見合わせる。

 当たりにこだわるエリスを見かねて、健二が妹の肩に手を置いた。


「エリス、そのへんにしておこう。お店は他にもいっぱいあるから」

「ううう」

「そんなにあのぬいぐるみが欲しかったのか……すみません。俺も1回分、お願いします」


 健二が代わりにチャレンジする。何気なく選んだ紐を引くと、その先端には札がつり下がっていた。


 受付の部員が目を丸くして、ベルを鳴らす。


「い、1等です! おめでとうございます!」

「おお。これは運がいい。エリスが一緒にいてくれたからこその幸運だな」

「……ぐす。カグ兄様、本当にそう思う?」

「ああ。だからこのぬいぐるみは、エリスにあげよう。俺に運の良さを分けてくれたお礼、エリスへの恩返しだ」


 受け取った大きなぬいぐるみを、エリスに手渡す。自分の身体が隠れてしまうほどのそれを、エリスは抱きしめた。


「それじゃあ、次に行こうか。エリス」

「……うん」

「お邪魔しました」


 受付の部員たちに会釈して、健二はエリスとともに教室を出た。その後を、輝夜たちが慌てて追いかける。


 ぽかんと成り行きを見ていた部員たちは、誰ともなく呟いた。


「やっぱ、ウチの用務員さんはすごいや」


 ――千本引きの教室を出た健二たちは、次の出し物へと向かっていた。


「エリは本当に運がいいんだよ」


 廊下ではエリスがぶつぶつと呟いていた。

 千影が呆れた。


「まだ言ってるのね」

「本当だもん。だってエリ、神社のおみくじは大吉以外ひいたことがないもん」

「いや、それで神がかり的な運の良さと言われても……」

「他にも、買収した無名のベンチャー企業が大ヒット商品を出して投資金額を1年で回収したし、エリが誘拐されたときに監禁部屋の暗証番号8桁ロックを一発で当てて脱出できたし!」

「それは神がかってるわね……」

「落差がひどすぎて実感がわかないよ、エリスちゃん」

「とにかく、エリは運がいいんです! いいったらいいんです!」


 癇癪を起こすエリスの頭を、健二は撫でた。


「じゃあ、次はあれにしようか」


 彼が指差したのは、手作りの巨大ガラポン抽選器を扱う店だった。




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