79話 妹と屋台を回ろう
天翔祭入場ゲートをくぐり、敷地内に入る。
開場して間もないというのに、すでに多くの人がつめかけていた。
風に乗って、呼び子の威勢のいい声と屋台の匂いが流れてくる。
いつもと違う活気に包まれた学園。まさにお祭りだった。
「おい、あれを見ろよ」
「高嶺さんと紫月さんだ。天翔学園の2大アイドルが揃ってるじゃん」
呼び子や屋台の当番をしている生徒たちが、健二たちを見てざわついた。
特に注目を浴びたのはエリスである。
「また新しい子が増えてるぞ……」
「ちっちゃーい。かわいいー!」
「何だあの天使。いいなぁ、いいなぁ!」
「英雄、色を好む。さすが天翔学園の影の王だ」
「噂では、天翔祭で使われたすべての機材と小道具はあの人が生み出したものとか」
「半端ないな影の王。さすがだぜ影の王」
そんな生徒たちの声が聞こえてきた。
どうやら輝夜も千影もエリスも、互いに牽制し合っていて周囲の様子に気付いていないらしい。
(俺はただの用務員なんだが。何だ、影の王って)
いつの間にか付けられていた大仰な二つ名に、健二は天を仰いだ。
「あ! カグ兄様、あれ! あれ!」
ふと、腕にしがみついていたエリスが声を上げた。屋台のひとつを指差し、瞳を輝かせる。
「あのふわふわなのは何?」
「あれは、わたあめだよ」
「わたあめ?」
「そっか、エリスは見たことないのか。食べる?」
「食べ物なの!?」
「そうだよ。そういえば、あのわたあめ機、直前に不具合が起きて俺が修理したんだけど……無事に動いているようでよかった」
「カグ兄様の取引先なのね! それならなおのこと顔を出さないと!」
早く早くとエリスが手を引く。年相応のはしゃぎっぷりに、先ほどまで牽制し合っていた輝夜と千影が毒気の抜かれた顔をした。
「いらっしゃいま――って、高嶺さん!? それに紫月先輩に……わわ、噂のイケメンさんも!?」
「わたあめ、ひとつください」
「しょ、少々お待ちください!」
天翔学園の有名人を前に、わたあめ担当の女子生徒は明らかに緊張していた。ぎこちない仕草で箸を動かす。
その様子を、エリスは機械の前にかじりついて見つめていた。
「カグ兄様。白い糸がぴゅーって出てる! ふわふわだ!」
「砂糖だよ。機械の中央にザラメを入れてるんだ」
「なるほど! 液体になるまで加熱して、それを遠心力で糸状に冷やしているんだね。おもしろーい!」
小学生の少女がわたあめ機の仕組みを瞬時に理解したことに、売り子の生徒は驚きの表情を浮かべた。
やがて、すくい終わったわたあめを、売り子の生徒がエリスに差し出す。
「ど、どうぞ」
「お姉さん、ありがとー!」
「か、かわいい!! も、もう一本おまけしちゃう!」
「わーい、やったぁ!」
両手を挙げて喜ぶエリス。隣で輝夜が「あ、あざとい」とつぶやいた。
「んー! ふわふわだぁ、甘ーい。わたあめって不思議な食べ物だね、カグ兄様!」
「そうだね」
「製造工程そのものが画になって、見た目もかわいい。原価も安く済む。お祭りの屋台にぴったりの食べ物だね! 機材と光熱費がネックになりそうだけど」
「そうだね。エリスの言うとおりだよ」
にこやかに語り合う兄と妹。「ちょくちょく小学生らしくない台詞が飛び出すのはシュールね……」と千影が小声で言った。
両手にわたあめを握ってご満悦のエリスを見て、健二は優しく微笑んだ。もっと色々なところを見せたいと思い、近くにあった案内所で天翔祭パンフレットを入手した。
パンフレットにはすべてのブースとその概要がカラフルに色分けされて記載されている。
「ほら、これがマップだよ。どこに行きたい?」
「おおっ! こんなにたくさん。ええっと、あれも、これも……あ! こっちも楽しそう! カグ兄様、全部回ろう!」
「そうだね、一緒に全部回ろう」
エリスにせがまれ、健二は頷いた。
年相応の明るさを見せるエリスに、輝夜と千影も表情を緩める。
ただ、千影は周りを見渡し、懸念を口にした。
「人が増えてきたわ。エリスさん、クロバラくんと一緒に回りたいのはわかるけど、本当に私たちだけでいいの? あなたの立場なら、ちゃんとした護衛が必要なのでは」
「大丈夫です、千影お姉ちゃん。エリはどんな危険も乗り越えてきましたから」
エリスは胸を張って答えた。
「そうは言うけど」と不安げな美人女優に、不意にエリスは大人びた顔つきになった。
「エリには、神様から与えられた運の良さがあるのです。ゆえに護衛も、カグ兄様がいれば十分。今日はおふたりに、その事実をたっぷりと見せて差し上げます」
「そんな、大げさな」
「む。まだ疑うのですか。でしたら、さっそくご覧に入れます。カグ兄様、次はここに行きましょう!」
そう言ってエリスが指差したのは、『くじ引き』と書かれたブースだった。
わたあめをさっと平らげ、エリスは健二の手を引いて校舎へと向かう。輝夜と千影も、半信半疑の表情でついていく。
来場者でごった返す廊下を進み、くじ引きを出店している教室前にたどり着いた。その店は、手芸部と美術部が共同で運営していた。
「けっこう大がかりなんだね」
教室を覗き込んだ輝夜が感心する。
この店のくじ引きは、いわゆる『千本引き』タイプだった。
教室の3分の2ほどを、壁のない木枠の小屋が占めている。小屋の天井部分から、何十本もの紐が垂れ下がっていて、その先には景品が結びつけられていた。
セットが巨大なせいか、紐の先端は健二たちが立っている場所のすぐ近くまで伸びている。
手芸部と美術部らしく、景品はぬいぐるみや手作り衣装、ポストカード、イラストボードなどである。
手前にまとめられた紐を引っ張ることで、先端に結びつけられた景品が手に入る仕組みだ。
これだけ大がかりなものだと、狙って目当ての景品を当てるのはほぼ不可能だろう。
受付をしていた手芸部員が、健二に気付いて笑顔で会釈をしてくる。木枠の組み立てには健二が携わっていたのだ。
「用務員さんなら、一回分無料でいいですよ。お世話になったお礼です」
受付の生徒が言った。「これも人徳だね」と、輝夜、千影、エリスが胸を張る。
(当たり前の仕事をしただけなんだけどな)
健二は思ったが、輝夜たちが誇らしげなので黙っておいた。
エリスは黒板に目をやる。そこには景品の一覧が可愛らしいイラストで描かれていた。
「決めた。これを引く!」
そう言って、小さな手で指し示したのは1等の手芸部オリジナル巨大ぬいぐるみだった。
景品の実物は、受付の後ろにデンと鎮座している。おそらく、紐の先には「1等」と書かれたカードが結びつけられているのだろう。
健二たちが見守る中、エリスは紐の束の前に立つ。そして、自信満々の顔で健二を振り返った。
「見ててね、カグ兄様! 一発で当てて見せるから。目を閉じてても余裕だよ」
「頑張れ、エリス」
「エリスちゃん。さすがに無理だって。そんなハードルを上げなくても」
「むむ。輝夜お姉ちゃん、まだ信じてませんね。いいでしょう、エリの凄さ、とくと見るがいいです!」
目を閉じ、紐の一本を手に取るエリス。
そして、一気に引いた。
「これです! はあああっ!」
「きゃあああ!?」




