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66話 彼女たちの風格


 昼休みのチャイムが鳴る。

 プレハブ小屋の用務員室で、健二は肩をほぐした。PC作業に集中していて、時間の経過を忘れていたのだ。


 人の気配を感じ、窓から外を見る。


「あ、いたいた!」

「今まで何で気付かなかったんだろうなー?」

「用務員さーん。こっち向いてー」


 いつの間にか、用務員室の外に人だかりができていたのだ。しかも、そのほとんどが女子生徒である。

 彼女たちにとって健二は、突然現れた謎めいたイケメン用務員だ。みんなが興味津々で、お近づきになろうと、自然と集まってきていた。

 輝夜の懸念が的中した光景に、健二は目を丸くする。


(困った。騒ぎが大きくなるばかり)


 かつてステルス能力があったときは、どんな人混みでも気付かれずにすり抜けることができたが、今はもう同じようにはいかない。

 健二は、輝夜や千影、それに恩返しをしたい相手のためなら大胆な決断ができるが、自分自身のことになるとどうすればよいか分からなくなってしまう。


 腕組みをして考えていると、ふと窓ガラスをコンコンと叩く音がした。輝夜か千影だろうかと思った健二は、窓の外で手を振る杵築の姿を見た。彼女はなぜかネコマタを抱っこしている。


 慌てて用務員室を出ると、杵築は「はい、どうぞ」とネコマタを差し出してきた。どうやら健二が作業に集中してかまってくれないので、外を散歩していたところを確保されたらしい。ネコマタらしくない迂闊さだった。

 ネコマタを抱くと、彼女はつーんと顔を逸らした。拗ねているらしい。


「ありがとう。天翔祭でみんな慌ただしいから、お互いに怪我がなくてよかった」

「……じー」

「えっと。君は確か杵築さん、だったね。たかちゃん――高嶺さんのクラスメイトの」

「おお。あたしを知ってるってことは、やっぱり輝夜の探し人の『やっくん』さん!」

「あ、はい……」


 しげしげと見つめてくる杵築の圧に、健二は少しのけぞる。

 

 さらにそこへ、ひとりの男子生徒が割り込んでくる。彼の顔にも見覚えがあった。三下――もとい、三之下である。


「やあ! 君がプレイベントで輝夜さんが言っていた『やっくん』だね。うん、確かに素晴らしい容姿だ。僕でもつい見とれてしまうよ!」

「あ、はい」

「しかし! 僕は負けないよ。あれから頼もしい友人たちに恵まれ、心の傷を乗り越えたこの僕こそ、高嶺輝夜に相応しい! やっくん! 君は今から僕のライバルだ!」


 びしり、と指を突きつけられ健二は目を瞬かせた。鼻先数センチの距離にあった三之下の指を、ネコマタが邪険にはたきおとす。痛そうだった。


 杵築が目を細めて三之下を睨む。


「せんぱーい。いい加減にしれくれませんかねえ? 未練タラタラはかっこ悪いッスよ」

「な!?」

「確かに今のはちょっとダサいよね……」

「三之下センパイ、前はすごくモテてたのにね……」

「さすがにフラれたのにこのムーブはヤバ……」


 周囲の女子生徒たちからも次々とツッコまれ、三之下は凹んだ。その場に崩れ落ちてしまう。


 健二は三之下の肩に手を置いた。気がつけば自然と励ましていた。


「前にずいぶん落ち込んでいるのを見て、少し心配していたんだ。励ましてくれる友人ができたのか。立ち直れてよかった」

「やっくん……」

「君がテニス部主将になる前から努力してきたのを知ってる。俺はそれを賞賛するし、自信にすべきだ。友人を大切に、これからも頑張って」


 顔を上げた三之下の目尻が少し濡れている。健二は穏やかに頷いた。

 その様子を見ていた杵築や、周囲の女子生徒たちは「おお……」とどよめいた。


「すごい。ホントかっこいい……!」

「こういうのを『器がでかい』って言うのね」


(そこまで大げさに言われるようなことだろうか)


 健二としてはただ素直に励ましただけだ。周囲の視線とのギャップに、健二は戸惑った。

 さらに――。


「やっくん! いや、やっくん師匠!」

「師匠?」

「僕は感動した! 周りが冷たい中、励ましの言葉をかけてくれるなんて。君はライバルなどではなく、僕が真に目指すべき人のようだ! 舎弟にしてくれ!」


 三之下は目が本気だった。輝夜に告白したときくらい真剣である。

 何と答えるべきだろうかと、健二は途方に暮れた。


「用務員さーん」

「やっくんさん!」

「やっくん師匠!」

「えーっと」

「はい、そこまでです」


 手を叩く音とともに、人垣が割れる。

 ゆっくりとこちらに歩いてきたのは、輝夜と千影のふたりだった。「おっと真打ち登場」と杵築が笑う。


 目を瞬かせる健二の前まで来ると、ふたりの少女は小さく苦笑した。この事態に戸惑っている健二に呆れているようにも、誇らしく思っているようにも見えた。

 スカートを翻し、輝夜が生徒たちに向き直る。


「皆さん。やっくんは私と千影さんのふたりと約束があるので、どうか今日のところはお引き取りくださいませ」


 名家の令嬢そのものの仕草で、優雅に一礼する。

 さらに、にこりと微笑んで畳みかける。


「やっくんのことなら、今後は私たちが窓口になります」

「は、はい……」


 唖然として頷く生徒たち。実家に縛られ苦しんでいた時よりも、むしろ令嬢として洗練された言動に、健二もまた圧倒されていた。


「たかちゃん、変わったなあ」

「何を暢気に言ってるの、やっくん。さあ、お昼を一緒に食べましょう。ほら、あのキンモクセイ前のベンチがいいです」

「そうよ。この日のために、手作り弁当を作ってきたんだから」


 確かに、千影の手には大きなお弁当箱が握られていた。いつもはスムージーで済ませる千影には珍しいと思っていたのだ。

 ちなみに、輝夜の方はさらに大きなお重である。


「ふたりとも。朝はそんな大きなお弁当を持っていなかったような」

「直前まで安藤さんに保温管理していただきました。高嶺家特注の車載コンテナで」

「こういうとき送迎の人がいるって便利よね」

「あ、そうですか……」


 それで昼休憩からしばらく経ってからの登場になったのか、と健二は理解した。

 人垣を作っていた生徒たちを見ると、彼らはすっかり輝夜と千影の放つ雰囲気に圧倒されていた。中には美少女ふたりを拝む子もいたが。


「はいはい。こうなっちゃ仕方ないね。さあさあ、皆さん。解散、解散!」


 ふと、杵築が手を叩きながら声を上げた。「僕も師匠たちの食事を見守る」と言う三之下の襟首を掴み、校舎まで引きずっていく。


 振り返った杵築が、健二に「輝夜を泣かせたら承知しないよ」と言った。健二は黙礼した。


「あと、輝夜が暴走しないようにちゃんと手綱を締めておくように!」

「杵築さん、それはどういう意味かな?」

「輝夜やかましい。あんたをよく知るクラスメイトからの忠告だよ」


 顔を見合わせた他の生徒たちは、やがて杵築に続いてパラパラと引き上げていった。

 見事に人がいなくなった用務員室前で、ネコマタが「ぷしゅん!」とくしゃみをした。


 小さく息を吐き、健二は輝夜たちに礼を言った。


「ありがとう。助かった。正直、どう対処したらいいか途方に暮れていたから」

「だから言ったでしょう、クロバラくん? きっとすぐに有名になるって」

「でもね、やっくん。やっくんは謝ることなんてないよ。むしろ胸を張ってて欲しいの」


 輝夜が右腕に、千影が左腕にぴたりと寄り添う。


「だってこれは、私たちからやっくんへの――恩返しへの恩返しだから」



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