51話 心を打つメッセージ
輝夜と千影は顔を見合わせ、頷き合った。
それから千影がスマホを操作する。輝夜にも画面が見えるように、テーブルの上に置いた。
最初に表示されたメッセージは、短かった。
:顔を上げて、涙を拭いて
「クロバラくん。やっぱり私たちのことを見てるんだね。今も」
千影が呟くと、すぐに返信が来た。
:うん。今も見てる
(珍しいな。やっくんがこんなはっきりと『見てる』って言うなんて)
輝夜はちらりと辺りを見回した。だが、やはりそれらしい人影は見当たらない。
どこから見ているのかは考えないようにした。輝夜と千影にとって大切なのは、やっくんがそばで寄り添ってくれているということだった。
:凪砂さんの話は聞いたよ
:引退イベントを中止にするつもりなんだね
:本当に残念だ
「ねえ、クロバラくん。私、あのとき凪砂さんに何て言えばよかったのかな。何て言えば、凪砂さんは思いとどまってくれたのかな」
千影は、すぐそばに彼がいるとわかっているためか、直接語りかけた。
普段は大人っぽく落ち着いている千影が、今はすがるような弱々しい声を出していた。その様子に、輝夜は胸を締め付けられた。
数秒後に届いたメッセージは、輝夜が想像していたよりも現実的な内容だった。
:凪砂さんにかける言葉が見つからなくて後悔しているなら
:それは早く忘れた方がいい
「過ぎたことは気にするなってこと? でも、そんなこと言われても私……」
:喫茶店を出た後、凪砂さんがどんな表情をしていたかわかる?
ふたりの少女は目を丸くした。
あのときは衝撃が大きすぎて、輝夜も千影もずっと俯いていた。そのため、去っていく凪砂の表情を見ることはできなかった。
:泣いていたけど、笑ってもいたよ
「笑って……?」
:千影さんは、凪砂さんの告白がショックだったんだよね?
:でも、それって凪砂さんのことを深く思っていればこそだろう
:凪砂さんには伝わっていたんだよ
:千影さんが、誰よりも真剣に凪砂さんのことを思い、慕って、信じていたことを
:だから彼女は笑っていたんだ
:千影さんがいてくれて良かったと、信じてくれて嬉しかったと、凪砂さんは思ったんだよ
「……っ!」
千影は口元を抑えた。
大きく嗚咽を漏らし、大粒の涙を流す。
輝夜はハンカチを取り出して千影に差し出した。すると、すぐに輝夜のスマホにやっくんから「さすがたかちゃんだね」というメッセージが届いた。
(さすがと言いたいのは私の方だよ。やっくん)
千影がハンカチで涙を拭いていると、おもむろに店長がやってきた。冷たくなった飲み物を、サービスで取り替えに来てくれたのだ。
店長は、小さなメモ用紙を一緒に置いた。そこにはやっくんの字で、『3番テーブルにココアを』と書かれていた。
店長は穏やかな口調で言った。
「不思議な、そして優しいご友人をお持ちですね」
「……はい」
涙を拭った千影が、微笑みながら頷いた。
店長が去った後、千影は「ありがとう、クロバラくん」と言った。『どういたしまして』と返信があった。
輝夜は「千影さんだけずるいなあ」と思ったが、口には出さなかった。すると、またやっくんからメッセージが届いた。
:たかちゃんもグッジョブだよ
(もう……。私の考えもお見通しなんだなあ)
やっくんは他人を思いやる気持ちに長けている。だからこそ、凪砂の表情とその気持ちにも気づけたのだろうなと、輝夜は思った。
温かく甘いココアを飲んで、千影は落ち着いたらしい。やっくんは千影のスマホにメッセージを送ってきた。
:凪砂さんが12年間走り続けた軌跡は、誰にも消せない
:千影さんが芸能活動の指針とした凪砂さんの言葉や行動は
:千影さんの中に生きているよ
:だから今度は、千影さんがこれからの芸能活動で
:凪砂さんの軌跡を証明していけばいいんだ
「うん。そうだね」
:凪砂さんは決してファンや仲間を軽んじているわけじゃない
:イベント中止の決断だって、相当悩んだはず
:その気持ちは、きっとファンにも伝わっているし、伝わる
:だから千影さん
:君が凪砂さんの代わりに、彼女の気持ちをファンや皆に伝えてみたらどうだろう
「え?」
:不安に押し潰されても、それでもファンに伝えたかった感謝の想い
:きっと千影さんなら理解できるはずさ
:千影さんが凪砂さんの気持ちをファンの皆に伝えれば
:凪砂さんがステージ上で絶望を感じることもなくなるはずだ
やっくんの言葉に、千影は大きく目を見開いた。
:これができるのは千影さんだけだよ
:凪砂さんが最後の最後に不安を拭い切れないのなら
:ファンの力で吹き飛ばしてしまえばいい
:そのためにも、千影さんがイベントに参加する意味は大きいと思う
:大丈夫
:俺も協力する
:俺が何とかする
:だからもう一度言うよ
:顔を上げて、涙を拭いて
:一緒に、凪砂さんを笑顔にしよう
「うん」
頷きながら、千影は再び目尻に涙を浮かべた。
その様子を見た輝夜は、背もたれに深く身体を預けて天を仰いだ。
「敵わないなあ、やっくんには」
「敵わないなあ、クロバラくんには」
意図せず台詞が重なり、輝夜と千影は小さく吹き出した。
「ねえ、千影さん」
「ええ。そうね。輝夜ちゃん。あれ、やろうか」
ふたりで決めた、やっくんへのサイン――ハートリップ。感謝と尊敬の気持ちを伝えるために、輝夜と千影は指先を唇に当てた。
すると、その直後に千影のスマホが振動する。
一枚の写真がメッセージアプリに添付されていた。
それは、やっくんがハートリップをしている口元の画像だった。
「~~~~ッ!!?」
がたたっ、と一斉に立ち上がった輝夜と千影。あやうく振動でカップの中身が零れそうになった。
「こ、こ、これはやっくんの自撮り画像!? 口元だけだけど、ハートリップしてくれてる!?」
「輝夜ちゃん、写真に映っている座席の色で、どの席かわからないかしら!?」
「千影さん、一緒に探しま――」
はた、と気付く。
近くのテーブルにいた女性客が、驚いて目を丸くしていた。
赤面しながら、輝夜と千影は席に座り直す。
直後、メッセージが来た。
:さすがに恥ずかしいからやめなさい
「はい、ごめんなさい」




