49話 先輩からの驚きの告白
いきおい良く立ち上がった千影に、窓の外の女性も気付いた。
凪砂と呼ばれたその女性は目を丸くすると、ふっと目を細めた。店内に入り、真っ直ぐに輝夜たちのテーブルにやってくる。
すらりと背が高く、ショートカットでさっぱりとした印象の美人だと、輝夜は思った。
「こんにちは。千影」
「凪砂さん、どうしてここに」
「ここに来れば会えるかもって思ったんだ。タイミングばっちりだったね」
「私に会いに……」
噛みしめるように呟く千影。驚いた顔をしている輝夜に気づき、千影は女性を紹介した。
「こちらは花咲凪砂さん。私がお世話になった先輩だよ」
「この方がそうなのですね。はじめまして、千影さんの友人で、高嶺輝夜と申します。千影さんとは、学校の先輩後輩にあたります」
淑やかな仕草で輝夜は頭を下げる。凪砂は「こりゃまた、ご丁寧に」と軽い調子で応えた。見た目通り、さっぱりとした性格なのだろう。
すると、凪砂がじっと輝夜の顔を見つめてきた。
「あの、何か?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと意外……というか、嬉しくなってね」
「嬉しい?」
「高嶺さん、だっけ。さっき千影のことを『友人』って言ってただろ? それが嬉しかったんだ。ああ、千影のことをそう言ってくれる子ができたんだ、ってさ」
凪砂は横目で千影を見る。
「この子、まさに『孤高の天才』って言葉がぴったりなくらい、人付き合いが苦手だったでしょ? 人はたくさん寄ってきても、仕事やファンとしての関係しか築けなかった。不器用な子だったんだよ。それなのに、こんな可愛らしい友達ができるなんて、お姉さんは感慨深いよ」
「もう……あ、凪砂さん。髪を切ったんですね」
「お、今更気付いたか。天才女優」
「意地悪を言わないでください」
千影が照れて文句を言う。そんな千影は初めて見たので、輝夜は再び目を丸くした。
まるで、初めて出会ったときの自分と千影のようなやり取りだ。
(もしかして、千影さんのお姉さんっぽい態度って、花咲さんの影響なのかな?)
ごほん、と千影は咳払いをして、凪砂を一緒のテーブルに招いた。
「それで、凪砂さん。私に会いに来たというのは、どのようなご用件でしょうか。事前にご連絡いただければ、いくらでも時間を作れましたのに。もし私がたまたまこの店に来ていなければ、凪砂さんの時間を無駄にしてしまうところでしたよ?」
「んー、まあ。あれだよ。賭けというか、験担ぎというか。この状況で千影がいれば、踏ん切りがつく気がしてね。……お、あの猫まだいるね。さては、あたしたちのことを監視してるなー?」
「凪砂さんのイベントには、必ず行きます」
三毛猫に手を振っていた凪砂が、ぴたりと動きを止めた。
千影は真っ直ぐに凪砂を見つめる。
「凪砂さんが私に伝えるかどうか迷ったってことは、今度の引退イベントのことでしょう? ならば、私の気持ちは変わっていません。凪砂さんのために、私は行きます」
凪砂はため息をついた。
「いや、それは無理でしょ」
「無理じゃありません。私には、心強い味方がいます」
千影の視線が輝夜に向けられる。輝夜は居住まいを正し、凪砂に向き直った。
「花咲さん。私も千影さんも、お世話になった人に恩返ししたいと思っています。千影さんが花咲さんのイベントに参加できるよう、私も協力するつもりです。それに、やっくんも」
「やっくん?」
「クロバラくんが、私のスケジュール調整を手伝ってくれているの」
「あの謎の超人君か。そりゃ心強いね」
「だから、大丈夫です」
輝夜と千影は胸を張った。
それを見た凪砂は苦笑した。目を細めて、彼女は呟く。
「仲が良さそうで安心した。これで思い残すことはないね」
「え?」
怪訝そうにする千影。凪砂は、さらに力のない笑みを浮かべて告げた。
「実は、今度のイベントは中止にしようと思ってる。引退発表は文書で済ませるつもり」
「どうしてですか!?」
「最後の最後で、千影に迷惑をかけたくないからだよ」
「凪砂さん! 私は迷惑だなんて少しも――」
ハッと千影が口を閉ざす。
「凪砂さん、まさか髪を切ったのは……」
「うん。踏ん切りつけようと思って。伸ばすって話してたんだけどね、もう必要ないからさ」
凪砂は自分の髪をいじった。
「千影、聞いたよ。あんた、無理を言ってあたしのイベントに出ようとして、事務所と揉めてるんでしょ」
「……はい。けど、それは」
「やめなよ、そういうのは。これ以上、あたしのために動けば、千影の経歴に傷が付く。あんたはもうあたしよりずっと先を歩いてる人間なんだ。その歩みを止めるような真似はしちゃ駄目。あたしは、千影の活躍を心から楽しみにしてるんだよ」
真っ直ぐ千影を見つめ、凪砂は静かに、諭すように言う。
隣で聞いていた輝夜は、たまらず声を出した。やっくんに支えられてきた自分だからこそ、言わなければならないと彼女は思った。
「ですが、花咲さん。千影さんはあなたに感謝しているんです。だから、せめて恩返しがしたい。きっと、ご自身の経歴よりも花咲さんを大事にしたいんだと私は思います」
「輝夜ちゃん……」
「私には、芸能界で活躍される方のご苦労は分かりません。でも、今度のイベントは、これまで応援してくださったファンに感謝を伝える最後の機会なのではないでしょうか。それを突然中止にしてしまったら、千影さんだけでなく、多くの人が悲しむと思います」
輝夜の訴えに、千影も頷いた。
「凪砂さん。せめてイベントの中止は考え直してください。私を励ましてくれた凪砂さんは、誰よりもファンと向き合ってきました。そんな凪砂さんの活動を、最後の最後で覆すようなことはしないでください。もし覆すなら、いっそのこと芸能活動を続けてほしいです」
「強いなあ。ふたりとも。やっぱり、良い友達を持ったよ、千影」
「凪砂さん……!」
もどかしげに千影が詰め寄る。
店長が、ゆっくりと追加のドリンクを運んできた。頼んでいないミニケーキを人数分、テーブルに置く。「サービスですよ」と目が語っていた。
それから5分ほど、3人はカップに口をつけることもなく、黙り込んでいた。
周囲の客たちも、固唾を呑んで行方を見守る。
やがて、凪砂が口を開いた。




