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33話 千影と健二の関係


 ――一方その頃。


(まさか、こんなことになるなんて)


 健二は生徒会室前の廊下で、冷や汗を流していた。

 さっき、千影が帰っていく背中を見送った。彼女には申し訳ないことをしてしまったと健二は思い、フォローのメッセージを送った。

 返信はすぐに来た。


:すごく刺激的で楽しかったわ

:ふふふ


 千影の笑みは、時折恐ろしい。


「……ふぅ(やっぱり、俺ひとりでこっそり手伝った方がよかったかもな)」


 千影に送ったメッセージは、純粋に輝夜を心配してのもの。機材の斡旋に関わった千影なら、輝夜の力になれると考え、協力を依頼したのだ。


 しかし、輝夜のクラスメイトがここまでヒートアップするのは誤算だった。

 彼女たちが何か企んでいることには、最初に輝夜からメッセージが届いたときに薄々気づいていた。しかし、輝夜のためになるならと思い、そのまま申し出を受け入れたのだ。


 直後、健二のスマホにメッセージが届く。


:やっくん

:さっき紫月先輩が来たよ

:私を手伝うためだって

:やっくんにヘルプ頼まれたからって聞いたけど

:先輩にそんなお願いができるなんて知らなかった

:いつの間に先輩と知り合いになったの?


 健二は生徒会室をちらりと見る。

 窓越しに、腰に手を当てて興奮した様子の杵築やクラスメイトたち、そして少し困惑気味の輝夜の姿が見える。


「輝夜ってば。そんな優しい言い方だったら伝わらないって! ここはズバッと聞かなきゃ。ズバッと!」

「でもやっくんに悪気はなさそうだし、先輩もいい人だし……」

「かーぐーやー!」


 どうやら、輝夜は怒っているわけではないらしい。

 健二は言葉を選びつつ、返信した。


:紫月千影さんは昔世話になった人なんだ

:芸能事務所で手伝いをしていたとき

:あの人の演技を見て感動した

:たかちゃんも知っているとおり

:俺は感情が大きく欠けていたから

:凄く衝撃だった

:たかちゃんとは別の意味で

:あの人には恩を感じているんだ


:……それで、先輩にも恩返しを?


:うん

:色々忙しい人だから

:俺のサポートが少しは役に立ったみたいだ

:時々、連絡をくれる


 送信したメッセージを見つめながら、健二は千影に恩を感じたきっかけとなる出来事を思い出していた。


 ――3年前。健二が15歳のとき。


 当時、貪欲にスキルの習得に努めていた健二は、映像関係の技術を身につけるため、とある撮影現場の手伝いをしていた。

 ステルス体質や年齢のおかげで、まともにバイトもできなかったから、他のスタッフに紛れてこっそり作業するというやり方だ。

 黒子というより、まるで妖精のような扱いだった。


 そんな中、健二は千影に出会った。


 公演準備中で閑散としたステージで、千影はひとり演技の練習をしていたのだ。

 千影は健二と同い年の当時15歳。

 新進気鋭の女優として、まさに花開こうとしていた。


 機材を確認していた健二は、偶然、千影の演技を見た。

 そして――涙を流したのである。


 千影の声や仕草、表情には、とても15歳とは思えない迫力と臨場感があった。演技の中で親からの愛を求めるシーンは、健二の心に深く刺さった。

 健二にとって家庭というものは、愛情とは無縁の、冷たく残酷な場所だった。


 しかし、千影の演技は、『親からの愛情を求める』という、健二が経験したことのない、温かく切ない感情を教えてくれた。

 それは、健二の心に、忘れかけていた家族の温かさを思い出させてくれた。

 そして、「黒薔薇」という名前は、ただのトラウマの象徴ではなく、自分を形作る一部なのだと、別の見方を与えてくれたのだ。


 黒薔薇家を追い出されて以来、泣いたのは初めてのこと。健二にとって、それは衝撃的な体験であった。

 輝夜が笑うことを教えてくれたのなら、千影は泣くことを教えてくれたのである。


 それ以来、健二は輝夜に恩返しをしつつ、千影にも恩返しの気持ちで手を差し伸べるようになった。


:そっか


 短く、輝夜がメッセージを送ってくる。


:やっくんらしいね

:恩を感じた相手には、陰からずっとサポートする

:やっくんらしいよ

:先輩には、私とは違う理由で恩返しを始めたんだね

:それはわかった


 輝夜のメッセージに、小さく息を吐く健二。

 ちらりと窓から輝夜の顔を見ると、彼女は目を細め、口元をほんの少しだけ緩めていた。


:けど

:やっぱりちょっとショックかな

:やっくんの恩返しは、私だけだと思ってたから


(たかちゃん……)


 何かフォローを、と思った健二だったが、直後に輝夜が席を立ったので思いとどまった。

 杵築たちクラスメイトに囲まれながら、輝夜は生徒会室を出る。

 部屋にカギをかけるときの輝夜の横顔は、少し寂しそうだった。


 周りの友人に慰められ、励まされながら、輝夜は生徒会室を後にした。


 彼女の背中を見送り、健二は大きくため息をついた。その後、マスターキーで生徒会室に入り、彼女たちが残した資料や衝立を片付けた。


(恩返しは、たかちゃんたちに喜んでもらうためにしている。悲しませるためじゃない)


 この事態は、長い間黒子に徹してきたことが原因で起きたのだと、健二は思った。相手との感情的な対立を避けてきた結果の失敗だと感じていた。


 プレイベントのときに降った(ひょう)は、今回も健二にとって人生の転機になっていた。


 片付け作業が一段落したとき、ベランダに面した窓がとんとんと叩かれた。見ると、ネコマタが窓から健二を見ている。


 健二は自分の頬を軽く叩いた。ネコマタを室内に招き入れ、抱き上げる。

 彼女の温かさを胸に感じた。そのとき健二は、自分が思っている以上に、輝夜の寂しそうな横顔が自分の胸の奥に深く刺さっていることに気がついた。


(このままじゃいけない。たかちゃんをこれ以上、悲しませないようにしないと)


 外では夕陽が地平にさしかかろうとしている。


(少し、頭を冷やそう)


 そう考えた健二は、ネコマタを連れて、日課をこなすために夕陽ノ万津神社へ向かうのだった。




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