28話 もうひとりの美人
――週が明けた月曜日。
輝夜はいつものように送迎車に乗って学校に向かっていた。
「到着しました。お嬢様」
「……ありがとう」
「あの、大丈夫ですか? この週末、あまり眠れていないのでは。お加減が優れないのなら、旦那様にお伝えして――」
「それは大丈夫だから。心配かけてごめんなさい。それじゃあ、行ってきます」
「……。行ってらっしゃいませ、お嬢様」
心配げな運転手に手を振ってから、輝夜は校門へと歩いていく。
運転手の前では笑顔を見せていたが、歩き出した輝夜の表情は一転して物憂げになった。
彼女が思い悩んでいるのは、もちろんやっくんとのことである。
(ステージ優勝して告白……私的には最高のシチュエーションだったけど、やっくんには足りなかったのかな)
はぁ、とため息。
プレイベントの夜にやっくんと交わしたメッセージが、輝夜の心を悶々とさせていた。
あのときは恥ずかしさがぶり返してきたこともあり、明るく励ますような言葉を送ってしまったが……。
やはり、やっくんの気持ちが気になって仕方ないのだ。
こんなことなら、もっと突っ込んで問い詰めればよかったと後悔もしたが、今更メッセージを送る勇気もない。
それに、やっくんが感情を欠いて苦しんでいることを、輝夜はよく知っているのだ。
初めて出会ったときに見た、感情を失ったやっくんの表情は、今でも鮮明に思い出せる。
やっくん本人は語ろうとしなかったが、高嶺家の使用人が噂話をしているのを輝夜は耳にした。やっくんは実家の黒薔薇家でひどい扱いを受けていたらしい。
詳細までは知らない。やっくんの傷を抉るようで、とても聞き出せなかったからだ。
いまだに苦しんでいる彼を、これ以上追い詰める気にはなれない。
気持ちを知りたいけど、彼のことを思うと深くは踏み込めない。
ジレンマである。
おかげで、この土日はずっと心ここにあらずだった。
今も、周りの目が気にならないほど思い悩んでいる。
そんな悩める美少女の登校風景は、憂いを帯びた表情と恋する乙女の雰囲気で、とても絵になるものだった。
ましてや、プレイベントで驚きの告白をした後だ。いやでも注目を集めてしまう。
「おい見ろよ。高嶺さんの愁いを帯びたあの顔……本当に俺たちと同じ高校生か? 何食ったらあんな美少女になるんだよ……」
「これ映画の撮影? 実は全校生徒をエキストラに巻き込んだドッキリじゃないよね? というか、ドッキリでいいからテストなんか放っておいて、ずっと見ていたいんだけど」
「ウチの学校でダントツ人気のアイドル。その心を射止めた謎の男。ああ……気になる! お嬢から目が離せないっ……!」
輝夜の話題は土日で落ち着くどころか、ますます盛り上がり、天翔学園は朝から異様な雰囲気に包まれていた。
そのとき、ひとりの男子生徒が颯爽と現れる。
「おはよう、高嶺さん」
他の生徒たちが遠巻きに輝夜を見つめる中、彼女の前に立ち塞がったのは三之下だった。
周囲がざわつく中、三之下は訴えかける。
「先日のステージは見事だったよ。目と心を奪われるとはこのことだね」
「……ぶつぶつ(勇気を出して、もう一度やっくんにメッセージ送ってみる?)」
「しかし、ひとつだけ残念なことがある。ステージ上での、こっ、告白だ。文武両道、清廉潔白、純粋無垢な君が、あのような大胆な行動を取るとは考えにくい。僕はその原因を考えた」
「……ぶつぶつ(もう少し大胆に行くべき?)」
「そう……高嶺さん、君はきっと脅されていたんだ。そうに違いない。でなければ、僕たちの誰ひとりとして知らない一般人に、君が告白するなんてことはなかっただろう。僕は信じている。あの告白は間違いだったと!」
「……ぶつぶつ(せめて告白の返事は欲しいなあ)」
輝夜は三之下をスルーした。
ぶつぶつと自分の世界に入っていた輝夜は、彼に気付かなかったのだ。
三之下、膝を突いて崩れ落ちる。
「……こんなことならっ。まだ三下呼ばわりされてトラウマを抉られた方がよかったッ……!」
魂の叫び。
さすがに気の毒になったのか、周囲の生徒たちが数人、三之下を慰める。
「気にすんな。お前は漢だ」
「猛烈にダサかったけど、勇気は本物だと思ったよ! 三之下くん!」
「お前たち……ありがとう」
この日、三之下の友人がちょっとだけ増えた。
そんなやり取りが背後で行われているとはまったく気付かず、輝夜は校舎へ向かった。
「……きゃっ!?」
靴箱先の廊下で、輝夜は女子生徒とぶつかった。考え事をしていて前方不注意だったのだ。
我に返った輝夜は慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!」
「気にしないで。大丈夫だから」
大人びた声に顔を上げる輝夜。
そして、一瞬見惚れる。
(綺麗なひと。それにすごくスタイルがいい……)
輝夜も小柄ではないが、相手の女子生徒はさらに背が高い。モデルのようにすらりとした体型で、肩甲骨まで伸びた滑らかな髪。白磁のような肌と、優しそうな微笑み。
そして、それらの抜群のビジュアルをさらに引き立てる、自信に満ちた雰囲気。
タイの色から3年生だとわかる。
まさに理想の『お姉様』と呼ぶにふさわしい存在だった。
輝夜は名家の令嬢として、社交界で多くの美しい子女を見てきたが、目の前の女性はその誰よりも際立っていると感じた。
(天翔学園には芸能人も在籍しているって聞いたことがあるけど、この人がそうなのかな)
輝夜は転校してからまだ日が浅い。目の前の美人女子生徒も初めて見る顔だった。
とにかく、ぶつかったのは自分の方だと考え、輝夜は改めて非礼を詫びた。
すると、相手はきょとんとした顔になった。
それからじっと輝夜の顔を覗き込んでくる。
「あの、先輩。何か……?」
「……。あら、ごめんなさい。つい」
そう言って、スッと距離を取る先輩美人。
彼女は意味ありげに微笑むと、輝夜に言った。
「それじゃあ、またね。高嶺さん。気になって仕方ないのはわかるけど、ひとりで悩むのはほどほどに、ね?」
「あ、はい。すみません」
少しドキドキしながら、先輩美人を見送る。
彼女の姿が見えなくなってから、輝夜は自分の頬を押さえた。
「そんなにわかりやすかったかな。私……」




