27話 「嬉しい」が欠けた俺には
――天翔祭プレイベントは盛況のうちに終了した。
その日の夜のこと。
『……まさか、小娘があんな大胆な行動に出るとは。クッ』
『夕津姫様、まだ言ってるにゃん』
健二の自宅アパートのベランダで、夕津姫がブツブツと呟いていた。巫女服の裾をくわえたり、爪を噛んだりと、神様らしくない悔しがり方だ。
『確かにわかる。ケンジは格好いい。人間のメスが惚れるのも無理はない。しかしじゃ! 何でよりによって優勝インタビューで愛の告白をするのじゃ!? そんな格好いいこと、惚れてしまうじゃろ! よかったなあケンジ、うっうっ……!』
『どういう感情にゃ?』
『やはり衣装か!? それとも歌って踊れるアイドルがいいのか!? クッ、ならばわしだって変身くらいお茶の子さいさいじゃぞ!』
すると、夕津姫の身体が光に包まれる。
いつもの巫女服から、ひらひらのミニスカートを身にまとった――。
『メイドさんじゃ!』
『キッッッッッッツ』
『我が眷属が辛辣』
『永久に出てこないでほしいにゃ』
『太もも見せばいけると思ったのに』
『浅はかにゃ。神の風上にも置けない恥さらしにゃ』
『そこまで言うか……?』
容赦ないネコマタのツッコミにショックを受けつつ、とりあえず大人しくする夕津姫。
プレイベントが終わってから、夕津姫の情緒は不安定になり、言動もおかしくなっていた。もし冷静なネコマタのツッコミがなければ、さらに暴走していたかもしれない。
それほど、夕津姫とネコマタにとって高嶺輝夜の告白は衝撃的だった。
『健二しゃんは、告白にどう答えるつもりなのかにゃ』
ネコマタの呟きに、夕津姫はベランダから室内の様子を見た。
健二は布団の上でスマホを眺めている。その表情は、つかみ所がない。
『ケンジはまだ感情を全て取り戻したわけではない。つらいじゃろうな』
『その格好で真面目なセリフは禁止にゃ』
『えぇ……』
天を仰ぐ神様。
雹が降っていた天候は回復し、今は雲の合間から星が見えている。
夕津姫は目を細めた。
(ケンジはきっと変わっていく。彼にとって大切な恩人たちが本気でケンジを探し求めれば、きっとケンジもその思いに応えようとするだろう。そうなれば、わしの力も不要とするときが来るだろう。腹を決めるときが来たのかもしれんな……)
『……はぁ』
『夕津姫様、ため息禁止にゃ』
『我が眷属。お前、わしで憂さ晴らししておらんか? なあ? わしも割と今アンニュイなんじゃぞ!?』
『健二しゃーん、ウチも中に入れてにゃー』
『おい! ずるいぞ、こらぁ!!』
◆◆◆
「にゃー」
「……ネコマタ」
姿が見えないと思っていたら、いつの間にかベランダにいたネコマタを、健二は室内に入れた。
当然のように健二の横に陣取るネコマタの背中を撫でながら、再びスマホに目を落とす。
そこには、プレイベントで輝いていた輝夜が映っていた。
自然に撮影していたのだ。彼女のこの姿を残したい、近くで見ていたいと。
健二は壁に背を預け、天井を見上げた。外を見ると、すでに雹は止んでいる。
(俺は、どうしてこんな気持ちになっているのだろう)
自問する。プレイベントが終わってから、何度も繰り返した問いかけだった。
歌う輝夜に目を奪われ、ステージが終わったら彼女のもとへ赴いた。
そして、一瞬ではあるけれど、自分から姿を現し、声をかけた。
感謝の気持ちと、自分の存在を輝夜に知ってもらおうとしたのだ。
それほど高嶺輝夜のことが好きなのは、きっと間違いない。ステージ上の輝夜に感じたあのドキドキは本物だった。
健二にとって、輝夜は本当に大事な存在だから。
これからも彼女を支えるために、黒子としての役割を続ける覚悟もできている。
なのに、どうして。
自分は、輝夜の告白を素直に受け止められていないのだろう。
こんなもどかしい気持ちになるのだろう。
ぼすん、と布団に横になる。ネコマタがゆっくりと健二の胸の上に上がってきて、「にゃー」と鳴いた。
ネコマタの体温が健二の胸元に広がる。しかし、心の奥には、いまだに大きな穴が空いているように感じていた。
(きっと、まだ喜びの感情が欠けているせいだ)
「……ふう(こんなの、たかちゃんに失礼だよな)」
「にゃー……」
「……ん(心配してくれてるのか)」
胸の上のネコマタを撫でる。
そのとき、スマホが振動した。画面に、輝夜からメッセージが届いたことが表示される。
健二は身体を起こした。
:やっくん
:見てくれた?
プレイベントが終わってから時間が経ってのメッセージである。輝夜もメッセージを送るか迷っていたのかもしれないと健二は考えた。
素直に返事を送る。
:見てたよ
:全部見てた
:そっk
:あのね
:私の告白、聞いてくれた?
:うん
:ステージの控え室にも、来てくれた?
:うん
ここまでは正直に答えた。
けど、この先の言葉が言えない。
既読はすぐに付くのに、輝夜からのメッセージがないのは、健二からの答えを待っているからだ。
胸を押さえる。
「告白されて嬉しかった」とメッセージを送ることはできる。
しかし、本当に「嬉しい」と感じているか自信がないのに、言葉だけを取り繕うのは良くないのではないかと健二は思った。
ましてや、輝夜は本気で告白してくれたのだ。ステージで優勝してまで、気持ちを伝えてくれたのだ。
ステルス体質となり、陰から輝夜を支え続けて5年。これほど悩んだのは初めてと言ってもいい。悩んだ末に、健二はメッセージを送った。
:たかちゃんは本当にすごい
:ステージ優勝して、全力で気持ちを叫ぶなんてなかなかできることじゃないよ
:そんなたかちゃんの隣に立つには
:今の俺じゃ足りないんだ
一度手を止めた。
脳裏に、黒薔薇家で虐げられていたときの記憶がフラッシュバックする。心が一番空っぽだったときの記憶だ。
健二は腹を決めて正直な気持ちを送る。
:嬉しいという気持ちに自信が持てない
:なのに言葉だけでごまかすのは、たかちゃんに失礼だと思った
:だから、まだ表には出られない
:けど、たかちゃんを支え続けたい気持ちは嘘じゃないし
:変わらない
:俺は陰ながら応援を続けるから
:安心して欲しい
送信ボタンを押し、健二は息を吐く。
我ながらひどいメッセージだと健二は思った。相手の告白に対して、好きかどうか、付き合うかどうかの回答を避けてしまったのだから。
既読がついた。
それから5分ほど、重苦しい沈黙が降りる。
スマホが振動した。
:やっくんは、おばかさんだ
:そんなの気にするなんて
健二は目を細めた。
輝夜が頬を膨らませながら苦笑いしている様子が、脳裏に浮かんだ。
そこから流れるようにメッセージが来る。
:控え室で声をかけてくれて嬉しかった
:ちらっとだったけど姿が見れて嬉しかった
:嬉しいって気持ちに自信が持てないなら
:私がそのぶん嬉しいって伝えるから
:だいたいさ
:見返りもなしに誰かを支え続けるなんて
:誰にでもできることじゃないし
:それだけで格好よすg
:そういうところもs
急に途中で途切れたメッセージが送られてきて、やりとりの流れが悪くなった。
30秒ほど間があった後、輝夜はおずおずとした様子でメッセージを送ってきた。
:私もヘタレですごめんなさい
:たかちゃん……?
:とにかく!
:私もこうなんだから、やっくんも気にしなくていいの!
:私はずっとやっくんの隣に立てる日を待ってるから!
:……うん
(ありがとう、たかちゃん)
胸の中にじんわりと温かいものを感じながら、健二はスマホのアプリを閉じた。




