25話 恩返しへの恩返し
『さあ皆。盛りに盛り上がったライブコンテストも、いよいよ最後のエントリーだ! おっと見ろよお前ら! 外は雹だぜ! まさに大トリを飾る大物に相応しい、神様からの贈り物だ! さあ覚悟はいいか!? カモン、タカミネェェ、カァグヤァァァッ!!』
うおおおおおおっ!!
「……きた」
ステージを見守っていた健二は、無意識のうちに身を乗り出していた。生徒たちの歓声は地鳴りのようで、健二がいる2階の手すりまでビリビリと震わせていた。
外の雹の音も完全にかき消された。
司会者の陽気なコールとともに、輝夜が舞台袖から姿を現す。ステージ後ろの巨大スクリーンが、白のローブをまとった輝夜のにこやかな表情をアップで映し出す。
彼女が客席に向かって手を振ると、あちこちから輝夜コールが上がった。自作のうちわやペンライトまで振っている生徒も数多い。
間違いなく、これまでの参加者の中で最も大きな声援を受けていた。
健二は目を丸くしていた。
輝夜の人気ぶりに驚いた――わけではない。掲示板の一件以来、輝夜の人気と注目度がうなぎ登りなのは知っている。
健二が驚いたのは、輝夜の雰囲気だった。
(たかちゃん、いつもより大人びた感じがする……。落ち着いているのに、自信に溢れているみたいだ)
健二が見てきた輝夜は、『高嶺家の令嬢』を無理に演じているところがあった。
これまで息の詰まるような生活を続けてきたのだ。天翔学園に転校して間もないし、無意識に身構えてしまうのも無理はないと健二は思っていた。
けれど、今の輝夜の堂々とした佇まいはどうだろう。
自然体でありながら、しっかりと自分を主張している。
この短期間で、何が彼女を変えたのだろう。
ステージの中央までやってきた輝夜は、司会者とライブ前の短いトークをかわした。
『白いローブで登場とは、大胆な衣装ですね! それとも演出?』
「ふふふ」
『おおっと、余裕の笑みだぁ! これは楽しみすぎるぞお前ら! では大トリとして、意気込みを一言お願いしゃす!』
マイクを向けられた輝夜は、美しい姿勢でゆっくりと観客を見渡した。
そして穏やかな笑みをたたえたまま、はっきりと断言した。
「私は今日、勝ちます」
『お――おおおっ!? 大胆不敵な勝利宣言! これぞ高嶺輝夜だぁーっ!』
司会者が顔を紅潮させて煽る。観客たちの興奮も最高潮に達した。
健二は胸に手を当てた。
(何だろう……。胸がどきどきしている……?)
司会者が舞台袖に下がる。
輝夜が静かに目を閉じた。
一瞬、講堂が静まり返る。
輝夜が歌う曲の名前は『星になれる理由』。現在は国民的人気となったアイドルユニットが、駆け出しのころの夢と希望を歌った曲だ。
その歌のオープニングコールは――。
「さあ、夜空に輝く星になろう!」
輝夜が白いローブを脱ぎ捨てた。
彼女が身にまとうステージ衣装が、観客たちの目に焼き付く。
トップスは黒のハートネックのシフォンブラウスに、大小のスパンコール刺繍。
照明を反射し、まるで夜空に瞬く星々のように輝いている。
薄手のシフォンブラウスとともに軽やかにひらめくのは3色グラデーションのフレアスカート。
スカートには星形の刺繍が施され、輝夜のキレのある動きとともに流星のように輝きの軌跡を残す。
背中には、向こう側が透けるほど薄い羽根型のケープをまとっている。その姿は、まるで季節外れの織姫が舞い降りたかのようだ。
踊りやすさと華やかさを兼ね備えたショートブーツ、そして星と月の形を組み合わせたカチューシャ。頭のてっぺんから足先まで、まさに輝夜が歌った歌詞そのものだ。
夜空に輝く星になろう。
健二は、ステージ上の輝夜を食い入るように見つめていた。
衣装の中身は、当然健二も把握していた。輝夜に似合うと確信もしていた。
それでも、衣装をまとって全力の笑顔で歌い、踊る輝夜の輝きは、健二の予想を遙かに超えていた。
「……綺麗だ」
健二は無意識のうちに呟く。その様子を、足下でネコマタが見上げている。
輝夜は名家の厳しい教育を受けた才媛だ。踊りを完璧にマスターできる身体能力と、どうすれば最も輝いて見えるかを考える分析力の両方を兼ね備えている。
そして、『星になれる理由』という曲。
この曲自体は、それほど有名ではない。けれど輝夜は、ステージ出演が決まったときに自らこの曲を探し出してきた。
今の私にぴったりの曲だから――と、2日前に輝夜は健二へメッセージを送ってきた。
輝夜は歌う。
『光る瞳の奥 願っていたんだ
「誰かが私を見てくれたら」って』
健二は胸元を押さえる。さっきから心臓の鼓動が激しい。
こんな感情、ずっと失ったままだと思っていた。
『背伸びして 期待に応えるだけの日々
でもね 今日だけは
胸の鼓動を信じてみたい』
『今度は私が届けたいよ
星にしたのは あなたで
だから私は今 星になれる』
健二は理解した。
これは、たかちゃんが自分に向けて送ってくれたメッセージなのだと。
会場のボルテージは最高潮に達していた。中には感動して涙を拭う生徒までいた。
熱狂と感動の中、輝夜の声はどこまでも遠く、澄んで響く。
健二は、珠の汗が弾ける輝夜の顔を真っ直ぐに見つめた。
無意識のうちに口元が緩んでいた。
(5年前のあのときとは、立場が逆になっちゃったなあ)
輝夜の歌声、踊り、そして雹の音。
健二はそのすべてを深く噛みしめた。
(恩返しへの恩返し、受け取ったよ。たかちゃん)




