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23話 ステージ衣装


 ――3日後。

 ついにプレイベント当日がやってきた。


 運転手に無理を言い、いつもより早めに家を出た輝夜は、車から降りると大きく深呼吸した。


「お嬢様」


 そこへ、運転手の男性が声をかけてきた。

 輝夜が振り返ると、運転手は折りたたみ傘を差し出してきた。


「本日は天候の急変があり得るとのことです。こちらをお持ち下さい」

「ありがとう」


 輝夜は礼を言って折りたたみ傘を受け取った。しかし、運転手はその場に立ち続け、車内に戻ろうとしなかった。

 しばらく躊躇ってから、運転手は短くエールを送った。


「頑張ってください、輝夜お嬢様」

「……!」


 プレイベントでステージに立つことは、家の人間には伝えていない。

 しかし、毎日のように顔を合わせる運転手には、輝夜が何かしらの決意をもって今日に臨んでいることが伝わったのだろう。


(ひとりじゃない、か。私は、高嶺の名を気にしすぎて、視野が狭くなっていたのかも)


 こう思えるようになったのも、やっくんのおかげだ――輝夜はそう感じていた。

 柔らかく微笑んだ輝夜は、運転手に応えた。


「いつもありがとう。行ってきます」


 運転手は少し驚いたように目を見開いた後、深くお辞儀をした。


 校舎への道をゆっくり歩きながら、輝夜は講堂を見た。設備の揃っている天翔学園には、体育館とは別にイベントや集会用の建物がある。

 講堂の周りには、朝早くから機材を積んだ車が横付けされ、作業員が設置や調整を行っていた。


「会長が言っていたより、ずっと大がかりなのね」


 輝夜は呟く。

 生徒会役員として業者との調整や書類作成を行い、だいたいの規模感は把握していたが、実際に現場を目にすると改めて驚かされた。


 ちなみに、輝夜は当日の業務を免除されていた。ぽん汰会長から「転校して間もないし、いち生徒としてしっかり満喫すること」と言われていたのだ。


 とはいえ、さすがに落ち着かず、こうして早めに登校してしまったのだが。


 校舎に入ると、早くも生徒たちの声が聞こえた。おそらくライブコンテストに出場する生徒が練習しているのだろう。


 ちら、と声のする教室の様子を伺う。自作のステージ衣装に着替えた女子生徒たち数人が、振り付けの確認をしていた。


 輝夜は自分の服の胸元をつまむ。

 今日のために綺麗にしてきた制服だ。高嶺家お抱えのクリーニング業者の手によるものだから、まるで新品同然である。

 輝夜の清楚な佇まいによく似合っていた。


 ――が、それでも制服は制服である。


「……もしかして、そもそもの選択を間違えた?」


 まさか、他の生徒があんなに気合いを入れて衣装を用意しているとは思わなかった。

 生徒会に無理を言った立場上、あまり突飛な格好はできないだろうと考えてしまった。制服なら無難だし、やっくんに笑われることもないだろうと思ったのだ。

 こんなことなら、素直に杵築のアドバイスに従っておけばよかったと輝夜は思った。

 明るくお節介な友人は、輝夜がステージに立つと聞いた途端、近くのブティックをハシゴしようと言い出したのだ。


「女の晴れ舞台に、気合いを入れないでどうすんのーっ! この天然モノがぁーっ!」


 輝夜の頭の中で、杵築が容赦なく罵倒してくる。すみません、と心の中で謝りながら、輝夜は笑っていた。


(ああ、やっぱりいいな。この空気……)


 家のことを気にしなくていいし、体裁を繕わなくてもいい。はしゃいでも、全力を出しても、失敗してもいい。誰かに支えられてもいい。


 学生って、何て自由なんだろう。


 輝夜は握り拳を作った。


「私は今日、一番学生らしいことをするんだ……!」


 誰もいない廊下で力強く宣言する輝夜。その頬は少し紅潮していた。


 教室に入る。輝夜のクラスにはまだ誰も来ていなかった。

 いくつかの机に放置された荷物を見て、輝夜はくすりと笑う。それは、昨日クラスメイトが「イベントに使うんだ」と張り切って持ち込んだものだった。


「さて、私も本番まで振り付けの復習を――って、あれ?」


 輝夜は、自分の机に見慣れない紙袋が置かれているのに気付いて首を傾げた。

 中を確認して、輝夜は目を丸くする。


「これ、もしかしてステージ衣装?」


 衣装は、埃がつかないように丁寧に包装されていた。まるで澄んだ夜空に輝く星のようにキラキラしている。トップス、スカート、ヘアアクセサリー、そしてブーツまで揃っていた。


 紙袋の中から手書きのメッセージカードを見つける。

 筆跡を見た途端、輝夜の顔がほころんだ。やっくんの字だったのだ。


『頑張って。特等席から最後まで見てる』


「やっくん……」


 輝夜はメッセージカードと衣装を胸に抱きしめた。すると不意に、昔のことを思い出した。


 5年前、やっくんと一緒に暮らしていたときのこと。

 家のしきたりに縛られていた輝夜を、やっくんが連れ出してくれたときのこと。

 雹の中、初めてやっくんが踊るところを見て一緒に笑い合ったこと。


 その後、離ればなれになったときのこと。

 あのときは、なぜもっと自分の気持ちに正直になれなかったのかと、強く後悔した。


「このまま、もらいっぱなしじゃダメ。私の気持ちをちゃんと伝えなきゃ。これは、やっくんの恩返しへの――恩返しだ」


 輝夜は、覚悟を決めた。

 そのとき、廊下が騒がしくなる。


「あー! 輝夜もう来てるじゃん」

「杵築さん。それに皆も」

「ちくしょー。こっそりコールの練習してびっくりさせようと思ったのになあ!」


 大げさに悔しがる杵築を先頭に、クラスメイトたちがぞろぞろと入ってくる。多くは、以前一緒に作業をした仲間たちだ。


 杵築が、衣装を目敏く見つける。


「お!? なあんだ輝夜ったら。ちゃんと準備してんじゃない、衣装」

「うん。えへ」

「ほほう。その乙女な表情は……さてはやっくんからの贈り物だな?」

「ど、どうしてわかったの?」

「こんな神ヤバタイミングで準備できるの、あんたの愛しい変人くんしかいないでしょうが」

「いつも言ってるけど、やっくんは変人じゃないよ!」

「むむう。それにしても先を越されたか。もしかしたらこっそり教室に忍び込むやっくん容疑者が見られると思ったのに」


 杵築が腕を組んで唸ると、隣にいた女子が「いや、あんたが寝坊したせいで集合が遅れたんでしょ」と白い目を向けた。

 クラスメイトが笑う。杵築も、輝夜も一緒になって笑った。


 杵築が輝夜の肩に手を置く。


「せっかくだからさ。その衣装、試着してみてよ。手伝うから」

「うん。ありがとう」

「おら男ども! お前らは廊下で見張りでもしてろ!」


 えー、と不満を漏らす男子を廊下に蹴り出し、杵築と数人の女子生徒が輝夜を囲んだ。


「ぐふふ。さあ、お着替えしましょうね輝夜ぁ」

「身の危険を感じる……」


 引き攣った笑みを浮かべる輝夜。


 それから数分後。

 輝夜が着替え終わると、杵築たちは揃って言葉を失った。


「……これ、学祭のクオリティじゃなくね?」


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