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20話 ひとりじゃないの伝え方


 静かになった学園長室で、楓華が椅子の背もたれに身体を預ける。高級感溢れるエグゼクティブチェアは、疲れた様子の楓華を柔らかく受け止めた。


「ちょっと変だったわね、九鬼怜奈さん。あの子だけ周りを気にしていた。健二君、何か心当たりがある?」

『一瞬だけ、俺の姿を見たようです』

「本当に? あなたの特異体質を見抜いたの?」

『わかりません』

「そう……。どうりで告発者のことを気にしていると思ったら、そういう事情があったのね」


 楓華は長くため息をついた。


「あなたを知る子がひとりでも増えればと思ってたけど、まさかそれが九鬼さんになるとは」

『俺は、あの子とこれ以上接点を持つ気はありません』

「まあそうよね。あなた、結構怒っているもの」


 筆談のためスマホのメモ帳を突き出す健二を、楓華はちらりと見上げた。

 それから彼女は、気分を入れ替えるように手を叩く。


「とにかく、今回もお手柄ね健二君。輝夜は私にとっても大事な親戚の子よ。大事になる前に守ることができてよかった。ありがとう、礼を言うわ」

『俺はできることをしただけです。それに、まだたかちゃんの気持ちが完全に救われたわけじゃない』


 首を傾げる楓華の前で、スマホに目を落とす健二。

 そこには輝夜から「これはどういうこと?」と戸惑いのメッセージが届いていた。


 今回の告発と処分によって、確かに輝夜が嫌がらせを受けることはなくなるだろう。

 しかし、輝夜がこれまでひとりで問題に立ち向かっていたという事実は変わらない。


 この孤独感を癒さないと輝夜は本当の意味で救われない――健二はそう考えていた。


 健二は輝夜にメッセージを返す。


:もう大丈夫

:たかちゃんの頑張りはきっと報われる

:だから昨日より少しだけ素直になろう


「本当に少しずつ戻ってきているのね」

「……?」

「今、口元が笑ってたわよ」


 楓華に言われ、健二は頬に手をやった。その仕草を楓華は微笑みながら見つめた。


「君に笑顔が戻るのなら、私も嬉しいわ。輝夜のこと、これからもよろしくね」

「……はい」

「何か力になれることがあれば遠慮なく言って――って、これは何?」

「……ん(早速、ちょっとやってみたいことがあるんです)」


 健二のスマホに表示された企画書を、楓華は苦笑して見つめた。


「力ある黒子君が本気を出すと恐ろしいわね。わかった。任せて」


 お願いします、と健二は頭を下げた。


 それから「さあ、お待ちかねのお弁当だお弁当」とウキウキで弁当箱を開ける楓華を残し、健二は学園長室を出た。



◆◆◆


 放課後。


 輝夜は生徒会の倉庫になっている教室へ向かった。

 昨日、途中止めにしてしまった組み立て作業をするためだ。

 ぽん汰会長から任されていた書類仕事を先に片付けていたため、少し遅くなってしまった。急いで教室へ向かう。


「あれ?」


 倉庫の前に来た輝夜は首を傾げた。入口扉が少し開いていて、中から人の声が聞こえたからだ。

 戸惑いと、わずかな期待で鼓動が早くなる。まさか、やっくんが来ているのではないか。


 扉に指先が触れようとしたとき、中から扉ががらりと開かれた。


「お、やっと来たな輝夜。放課後になってからもう30分も遅刻だぞ?」

「き、杵築さん?」

「あたしだけじゃないよ。ほら」


 杵築が脇にどけると、倉庫内にいたクラスメイト数人が手を挙げてきた。中には別のクラスや学年の生徒もいる。


 輝夜が目を瞬かせていると、杵築が言った。


「あんたがピンチって聞いてさ。何とか手助けできないかって集まった連中だよ」

「私のために?」

「そ。昼のトンデモ暴露放送でビビって、声かけてこないと思ったでしょ? あたしらそんなに冷たくないよ」


 悪戯っぽく笑う友人に、輝夜も表情を緩めた。


「ありがとう。本当に助かるよ。でも、よくわかったね。私がここで作業してたこと。放送があったのって、お昼だよね」

「その種明かしは、コレよ」


 杵築が学習用タブレットを見せる。


「放送のあとすぐに、学内掲示板にあんたを励ます記事が作られたのさ。あんたが意地を張って、ひとりで頑張ろうとしていることや、どうにもならなくて困っていることが書かれてたよ。まったく、もっと頼ってくれてもいいのに、水くさいな」

「杵築さん……」

「あ、ちなみに安心して。ここにいるのは、純粋にあんたを応援したい子ばかりだから。下心丸出しのヤロウどもやコムスメどもは、あたしの方でキックしておいた」


 そう言って杵築がVサインをする。


 輝夜はタブレットに表示された記事を見た。

 そこには輝夜の窮状を訴え、助けを求める内容が書かれていた。多くのコメントも付いている。ほとんどが、輝夜を応援するものだった。


「その、ごめんね。高嶺さん」


 クラスメイトの女子生徒が輝夜に声をかける。その目は若干潤んでいた。


「高嶺さんが裏でこんな頑張ってたなんて知らなくて。この記事見てたらさ、何か泣けてきちゃったんだ。今も……ヤバ、ちょっと涙が」

「私の、ために」


 女子生徒に触発され、輝夜も目尻に手をやる。

 杵築が腰に手を当てた。


「それにしても、この記事を書いた人はいったいどんな超能力者なんだろうね。輝夜の様子をここまで詳しく知っているなんて、まるで実際に見てきたみたいだし。しかも、とても読みやすく書かれているし、マジですごいわ」

「俺んとこにはグループメッセで回ってきたぜ」


 杵築の呟きに、作業中の男子生徒が言葉を挟む。その隣では「私のとこは昼休みに皆で見たよ、掲示板」と言う女子生徒もいた。

 これだけ短時間で、これほど多くの生徒に情報を広められる人を、輝夜はひとりしか知らなかった。


「……やっくんだ」

「え、輝夜がご執心のあの変な人? マジ?」

「やっくんで間違いないよ!」


 タブレットを抱きしめる輝夜。そんな友人の前に、杵築は目を細める。

 作業している生徒たちに聞こえないように、彼女は輝夜に耳打ちした。


「輝夜が一方的に想ってるだけじゃないかもね」

「え?」

「この記事って要するにさ、『あんたはひとりじゃない』って伝えたかったんじゃないの? 輝夜、ほっといたらひとりで何とかしようとするもん」

「それは……確かに」

「でしょ? で、やっくんさんはそんなあんたの態度を良しとしなかったわけだ。それでこういう手段に出た、と。普通いないよ、ここまでしてくれる人。これはもう、愛だね愛」

「愛……やっくんが、私に」


 熱に浮かれたように呟いた直後、輝夜は真っ赤になってうずくまった。「んーっ!」と可愛らしく唸りながら、タブレットを強く強く抱きしめる。


「やっくん。こういう演出はズルいよ……」


 小声で言いながら、さらにぎゅーっとする。

 杵築が「あたしのタブレット返せ。壊れる」と言ってタブレットを取り上げるまで、輝夜は唸り続けた。




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