19話 下された処分
――翌日の昼休み。
健二は学園長室を訪れていた。手にはアニマル柄の弁当箱がある。いつものように、楓華へ弁当を届けに来たのだ。
学園長室の扉を開けると、楓華は備え付けの電話で通話中だった。
彼女の表情はどこか険しかった。
通話を終え、眉間を押さえる楓華。彼女は健二に気がつくと、小さく微笑んだ。
「いらっしゃい、健二君。いつもありがとう」
『今日はいつもより気合いを入れました』
スマホのメモ帳で筆談する健二。弁当箱をテーブルにおいたとき、手首に付けた数珠がじゃらりと鳴った。
「それ、どうしたの?」
楓華が尋ねると、健二はさっそくメモ帳を操作した。手の動きがいつもより早い。
『よさそうだったので新調しました。今日は大事な反撃の日なので』
「験担ぎってわけ?」
『はい。これがあれば、きっと上手くいくと思います』
「……はぁ。あなたの唯一の悪癖ね」
嘆息する楓華。健二は首を傾げた。
弁当箱を受け取った楓華は、それを袖机にしまった。
「これは後で頂くわ。あなたの言うとおり、これから大事なお話があるからね。――さて、そろそろかしら」
楓華がアンティーク調の壁時計を見上げた。
そのとき、校内放送を報せるチャイムが鳴る。
『天翔学園放送部です。今日のお昼は――部長、本当に原稿コレでいいんですか? あ、はい。わかりました』
こそこそと小声で話し合う声がスピーカーに乗った。
いつもは朗らかな声で生徒を和ませてくれる放送部の女子生徒にしては、珍しく放送事故のような状況だった。
それから放送部の生徒は、「本日は予定を変更して、学園からの重要なお知らせを放送します」と告げた。
「健二君。はい、これ」
楓華がタブレット端末を差し出す。健二はタブレットを受け取る代わりに、先ほど淹れたコーヒーを楓華のデスクに置いた。
放送は続く。
『昨日、本校の生徒による悪質な嫌がらせ行為が発覚しました。えー、証拠の音声、および映像が――ええっ!? あ、はいすみません部長。――んんっ。失礼しました。音声、映像については、学園の許可のもと、本日限定で学習用タブレットに公開されています。――これ本気?』
放送部員もかなり動揺しているのだろう。ところどころ、私語が混じる。
健二は楓華から渡されたタブレットを確認した。
『あっははは! 見てコレ、超ヤバい!』
『こんな綺麗にずっこけることある!? コントじゃんコント! あー、おもしろ』
そこには、隠し撮りした輝夜を嘲笑う上級生や怜奈たちの姿と音声が、はっきりと記録されていた。
学園長室にいても、各教室からのどよめきが聞こえてくるほどだった。
動画は一部編集され、1分弱の短いものになっていた。輝夜の存在は映像から隠され、怜奈たちの悪質な行為が際立つ内容だった。
盗撮した側が、盗撮される。
晒そうとした者が、晒される。
彼女らは思い知っただろう。自分たちがいかにとんでもないことをしていたかということを。
放送には、ぽんた会長も出演した。生徒会長として、今回の件はあってはならない事態だと考えています――と彼は言った。
普段、朗らかでのんびりした人柄で知られる生徒会長の厳しい口調に、生徒たちは事の大きさを理解したはずだ。
もちろん、加害者の少女たちはなおさらである。
楓華がコーヒーカップを置いた。「さて」と呟いた彼女は、デスクの電話を手に取った。
「もしもし。放送部の部長さん? 学園長の神宮治です。このまま通話を放送に繋いでもらえるかしら。私からも伝えておきたいことがあります」
背筋を伸ばした楓華は、静かに、威厳のある口調で告げた。
「生徒の皆さん。学園長の神宮治楓華です。今回の件、学園長としても大変遺憾に思っています。心当たりのある生徒は、今すぐ学園長室に来なさい。私からお話があります」
受話器を置く。通話の切れる音が放送にも乗った。大声で怒鳴るよりも、その短く冷たい音が怖く感じる。
姿を見せなくても、怒りは伝えられるのだなと健二は思った。
それから数分後。
「失礼します……」
青い顔をした生徒たちが学園長室にやってきた。
上級生の女子生徒2人、怜奈、そして与志郎の4人。あの場にいた全員が大人しく出頭したことになる。
特に上級生2人は、げっそりしている上に目に隈ができていた。ろくに眠れなかったらしい。
与志郎も表情に力がない。諦めたように項垂れている。
唯一、怜奈は他の3人と違う顔をしていた。どこか物思いに耽るような、ぼんやりとした様子だ。時折、誰かを探すように室内に目をやっている。
楓華は彼女たちをデスクの前に並ばせた。健二は楓華の隣で、怜奈たちの様子を伺う。
楓華が口を開く前に、怜奈が口を開く。
「あの、学園長。あの映像はどこから?」
「匿名で通報があったの。これ以上は言えないわ」
「そう、ですか」
「九鬼怜奈さん。私が喋る前に質問とは、よほど気になるみたいね」
怜奈は視線を落とす。
すると、上級生2人がいきなり怜奈を責め立て始めた。
「ちょっと怜奈! あんた何余計なことを聞いてるのよ。学園長をこれ以上怒らせる気!? あたしたちにまでとばっちりがくるじゃない!」
「元はといえば、あんたが私たちを誘ったんでしょ。どうしてくれんのよ、これ。おかげで私、クラスの連中から白い目で見られたんだから!」
「ちょ、ちょっと先輩たち。今言い争いはよくないっすよ」
癇癪を起こす上級生たちを与志郎が宥める。さらに彼は、怜奈にも耳打ちした。
「ほらお前も。余計なこと言わずに素直に謝ろうぜ。もう逃げられないんだからさ」
与志郎の言葉に、ふいと視線を外す怜奈。与志郎は舌打ちし、真っ先に学園長へ頭を下げた。
「すみませんでした! 動画の件は全部事実っす。もう二度としません。特にコイツには、俺から言って聞かせます!」
「やめて。あんたは私の何なのよ」
頭に置かれようとしていた与志郎の手を、怜奈は振り払う。
さすがに与志郎が気の毒だと健二は思った。
すると、楓華が大げさなため息をついた。生徒4人がびくりと肩をすくませる。
「本来は段階を踏んで話を進めるつもりだったけど、今は落ち着いて話せる状況ではなさそうね。だから、単刀直入に言います。あなたたち4名に自宅謹慎を命じます」
「え……?」
「期間は改めて通知するわ。まあ、1ヶ月はかからないから安心しなさい。その間に、頭を冷やして反省するように」
「あ、あのう。学園長センセ?」
上級生のひとりがおずおずと尋ねる。
「中間試験は、どうなるんでしょう? ほら、あたしら3年で受験だし、中間受けられないと内申がヤバいというか」
「試験の代わりに課題を出しましょう。ただし、成績と内申点に関しては諦めなさい。これは決定事項です」
「そっ、そんな! 困る、困ります!」
「困るなら初めからしないこと。短絡的な判断をした責任は取りなさい」
上級生たちは不満を訴えたが、楓華の目つきが険しくなったのを見て口を閉ざした。
決定は覆らないと悟った怜奈たちは、結局、処分を受け入れた。
一気に歳を取ったように重い足取りで学園長室を出ていく上級生たち。
最後尾にいた怜奈は、ふと振り返って言った。
「……その匿名で告発した人は、学園の生徒なのですか?」
「おかしなことを尋ねるのね。繰り返すけど、あなたに話すことではないわよ」
「……ごめんなさい」
そう呟いて、怜奈は小さく頭を下げた。そして学園長室を出る間際、そっと室内を見回したのだった。




