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16話 懲りない人たちへの贈り物


(たかちゃんが、まさか自分でハカを踊るなんて)


 健二は倉庫内の少し離れたところから、輝夜の様子を見つめていた。

 ハカを踊るのが恥ずかしかったのか、輝夜はすぐに踊るのをやめて作業を始めた。

 それでも、健二は微かに胸の温かさを感じた。輝夜が自分と同じ踊りを踊ってくれた。そのことで、輝夜との繋がりを感じたからだ。


 健二は彼女の代わりに、精一杯のエールを込めてハカを踊る。


 A(),upane(ウパネ)! Ka() upane(ウパネ)

(一歩上がれ! もう一歩上がれ!)


 Whiti(フィティ) te() ra()! Hi()

(そして太陽は輝く!)


 健二はハカを踊りながら、輝夜の様子を見た。彼女は右往左往しながら組み立て作業をしている。


(苦戦しているな、たかちゃん……。昔から、こういう作業だけは苦手だったものな)


 それでも、輝夜がやる気になっていることには変わりない。健二はそれを尊重したかった。


 健二は、輝夜がひとりで倉庫に入ったことにいち早く気付いていた。


 昨日、輝夜を見失って右往左往したような失敗はしたくない。

 そこで健二が考えたのは、ネコマタの力を借りることだった。


 昨日、ネコマタの首輪に特製のキーホルダーを付けた。このキーホルダーには、スマホで追跡できるよう、発信器を取り付けてあった。高性能のマイクも仕込んである。

 これは、健二がちょっとした伝手(つて)を使って手に入れたものだ。


 ただし、カメラ機能はない。取り付けようと思えば可能だったが、健二は敢えてしなかった。

 さすがに、撮影まではやりすぎだと考えたためだ。

 輝夜のスマホに追跡アプリを入れたり、発信器などの細工をしたりしなかったのも、健二なりに一線を引いた結果である。


 ネコマタは賢い猫だ。さっそく健二の意図通りに動いてくれた。

 今も窓の外で健二たちを伺っている。


 ちなみに。

 キーホルダーを取り付ける際、珍しくネコマタは嫌がった。

 そのキーホルダーが健二お気に入りの逸品――つまり霊感商法で買った品物だったからだ。


 お気に入りの特製発信器に手間をかけたのに、それを猫パンチで一蹴されたときは、さすがの健二も少ししょげた。

 まるでお気に入りのアイスを食べる直前に落としてしまったかのように、じっとその場に立ち尽くしたのである。ネコマタの方が気にして慰めにくるほどだった。


 とにかく。

 発信器とネコマタのおかげで、健二は輝夜のピンチに素早く駆けつけることができたのだ。


 輝夜の作業を見守りながら、健二は手助けするタイミングを計った。経緯はどうあれ、やる気になっている輝夜に水を差したくなかったのだ。


 しかし――。


「ひゃん!?」


 輝夜が可愛らしい悲鳴を上げて、資材に頭から突っ込んだところで、さすがに見ていられなくなった。

 輝夜のお尻を見ないようにしながら近づく。


 そのとき、健二は違和感を覚えた。


(そういえば、たかちゃんの周りだけ妙に整頓されている。他の場所は山積みになっているのに)


 最初は、機材組み立てのためのスペースを空けているためだと思っていた。

 しかし、輝夜に雑用を押しつけるような人が、わざわざ作業しやすいように配慮するだろうか。


 健二は辺りを見回した。

 そして、倉庫の一画に注目する。


 そこは箱詰めされた資料が積み上げられている。

 健二の用務員としての勘が囁いた。


 あの箱の積み方、怪しい――と。


 健二はちらりと輝夜を振り返った。そしてもう一度、怪しい箱の方を見る。

 両者の間に物はなく、互いがよく見える位置関係だ。


 健二はスマホを取り出し、ライトを付けた。特異体質のおかげか、健二の持ち物も輝夜に認識されることはない。

 スマホのライトを箱に向け、少しずつ角度を変えて照らしていくと、箱の隙間からきらりと光が反射した。


(……カメラか。この向き、たかちゃんを撮影している。作業に四苦八苦している、たかちゃんを)


 健二はスマホのライトを消した。深呼吸する。そうしないと、腹の底から湧き上がってきた怒りでこちらの気配が悟られてしまいそうだったからだ。


 ふと、窓を見る。カーテンの隙間から、ネコマタの姿が見えた。

 健二はスマホのメモ帳にメッセージを書き込んでかざす。


『ネコマタ。頼む』


 猫の視力は人間と比べそれほど良くない。それでもネコマタは、まるで返事をするように尻尾を一振りすると、すぐに駆け出した。


 健二は輝夜を振り返る。


(すぐ戻る、たかちゃん)


 心の中でそう告げて、健二は倉庫を出た。

 スマホを取り出し、アプリを起動させる。ネコマタのキーホルダーに付けた発信器を管理するアプリだ。

 同時にマイクもオンにする。


 ネコマタが軽快に走る音と、部活動の遠いざわめきに混じり、誰かの笑い声が聞こえてきた。

 アプリの位置情報によると、今ネコマタがいるのは生徒会室の前――。


 健二はスマホをしまうと駆け出した。


 生徒会室の扉前に立つ。中から甲高い笑い声が聞こえてきた。


「あっははは! 見てコレ、超ヤバい!」

「こんな綺麗にずっこけることある!? コントじゃんコント! あー、おもしろ」


 この声に健二は聞き覚えがあった。

 以前、輝夜に詰め寄っていた上級生の女子生徒たちだ。

 彼女らの嬌声に混じって、与志郎の声もする。


「なあ、こういうの止めようぜ。会長や他の役員が戻ってきたら」

「そのためにあんたに見張りをさせてるんでしょ。誰か来たら報せてくれればいい」


 答えたのは怜奈だ。

 どうやら、生徒会室には輝夜を閉じ込めていた連中が揃っているらしい。

 性懲りもなく、だ。


 健二は生徒会室の扉に手をかけた。ゆっくりと開け、中に入る。

 入口近くには与志郎の姿があったが、扉が開いたことに気付いていない。健二は、彼の横顔を冷たい目で見遣った。


 それから、室内に目を向ける。

 中央の作業テーブルに、怜奈たちが集まっていた。彼女らはテーブルに置かれたタブレットを見て、しきりに笑っている。


 タブレットには、輝夜の姿が映っていた。

 あの隠しカメラは、やはり彼女たちが仕掛けたものだったのだ。


 会長の姿はない。予定の書かれたホワイトボードを見ると、どうやら今は会議に出ているらしい。


 健二はおもむろに、壁際の棚に向かった。この部屋は何度も掃除に訪れている。どこに何があるかは把握していた。


 女子たちの嬌声は続く。


「ざまあみろって。一生そうやってなさい」

「怜奈もワルよねえ。隠しカメラで高嶺ちゃんの恥ずかしい姿を撮ろうなんて。そだ、これ録画して流せばいいじゃん」

「……私は、この女の醜態が見れればそれでいいです」

「は? 何それ、今更マジメ? つまんないじゃん。もっと追い込もうよ」

「そーそー。あたしら怖い思いしたんだから、新人ちゃんにも嫌な思いしてもらわなきゃ釣り合わないって。別に他の人たちに迷惑かけてるわけじゃないんだし、やりゃいいじゃん」

「それに見たでしょ、あの変な踊り! あれ流したら絶対ウケるって!」


 ――そんなやり取りを、健二は冷ややかに見つめていた。


(俺とたかちゃんにとって大事なハカを、変な踊りだって?)


 健二の傍らには、動画撮影用のカメラ。生徒会が記録を取ったり、広報用動画を作ったりするときに使用するものだ。


 レンズとマイクは、騒いでいる怜奈たちに向けられている。彼女たちが輝夜を隠し撮りし、それをネタに笑っている様子を、余すところなく記録する。


 健二はさらに、実力行使に出た。


 生徒会室の片隅に設置された給湯用のシンク。そこから複数のプラスチックコップに水を汲み、怜奈たちの背後に立つ。


 そして、健二は彼女らの頭からコップの水をぶちまけた。


「きゃああっ!?」

「つ、冷た!? なに、ちょっとなに!?」

「……! これ、また……?」


 金切り声を上げ、激しく水を払おうとする上級生の横で、怜奈だけが固い表情で立ち尽くす。

 直後、カランカランと音を立ててコップが床に転がった。その甲高い音に、女子たちはさらに浮き足立つ。


「まってまってよ。何でコップがこんなとこに転がってんの!?」

「ちょっと岸川! あんた、何してんの!?」

「お、俺じゃないっすよ!」

「あんた以外に誰がやったってのよ!」

「し、知りませんってば。俺だって、気付いたら先輩たちがずぶ濡れになってたんスから!」


 与志郎の言葉を聞き、女性陣がさーっと青ざめる。

「もしかして、また――?」


(そうだよ、懲りない人たち)


 健二は心の中で吐き捨てた。


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