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15話 こんな恥ずかしい格好


 それから輝夜は、ぽん汰の勧めもあり今日は帰宅することにした。


(まあ、こればかりは仕方ないよね)


 会長の言い分に輝夜は納得していた。彼の言うとおり、自分は生徒会役員として新参者なのだ。プレイベント前で忙しい時期、生徒会全体の円滑化のために裏方に回るのはやむを得ない。


 せっかくやっくんが手を差し伸べてくれて、会長の理解を得られたのだ。いつまでも凹んでないで、自分のできることをしようと輝夜は思った。


 生徒会室を出て、スマホを取り出す。馴染みの運転手に帰宅することを連絡しようとしたとき、「高嶺輝夜」と声をかけられた。


 息が止まる思いをしながら、輝夜はゆっくりと振り返る。

 そこに立っていたのは怜奈だった。上級生の女子生徒や与志郎の姿はない。怜奈ひとりだ。


「九鬼、さん。どうして」

「私も役員よ。生徒会室に用があるに決まってるじゃない」


 怜奈はちらりと生徒会室を見遣ると、輝夜に言った。


「会長との会話、聞こえたわ。あなた、プレイベントの裏方に回るんですってね」

「ええ……」


 輝夜は言葉少なに頷く。怜奈は生徒会室の外で聞き耳を立てていたのだ。そこまでして執着する気なのかと、輝夜は背筋を震わせる。


 怜奈はゆっくりと近づいてきた。彼女の顔が目と鼻の先に来る。こんな怖い表情をしなければ、もっと美人に見えるのにと輝夜は思った。


「表に出ないのなら、せめて雑用くらいはしっかりやってもらわないと。私、あなたに頼みがあるの」

「頼み?」

「ええ。生徒会が倉庫に使っている教室は知っているでしょう? そこに、天翔祭で使う舞台装置が保管してあるの。ただし、まだ組み立て前のやつがね」


 輝夜は思い出そうとしたが、生徒会がそのような機材を持っているという話は聞いたことがなかった。もしかすると、最近新しく導入されたものなのかもしれない。


「知ってのとおり、私たち生徒会はみんな忙しいの。だから高嶺輝夜、あなたにこの作業をお願いするわ。明日までに使えるようにしておいて」

「わ、私が!? 明日までに!?」

「会長に裏方を指示されたんでしょ。それくらいやってもらわないと困る。私、何か間違ったことを言っているかしら」


 怒り混じりの表情を変えず、怜奈は詰め寄る。

 輝夜は目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……わかりました」

「そう。じゃあ急いで」


 そう言うと、怜奈は輝夜の横を通り過ぎる。そして生徒会室の扉に手をかけ、怜奈は思い出したように言った。


「ああ、それから。ぽんた会長はこれから別室で会議があるから。間違っても助けを求めて邪魔しないように」

「……わかりました」

「その余所余所しい敬語、私は嫌い」


 理不尽に言い放ち、怜奈はぴしゃりと扉を閉めた。

 輝夜はため息交じりに呟いた。


「坊主憎ければ袈裟まで憎い、か。私の一挙手一投足が気になってしかたないんだろうな……」


 もう一度ため息をつき、輝夜はスマホを操作する。運転手に帰りが遅れる旨を連絡し、輝夜は足早に倉庫部屋へと向かった。


 倉庫のカギが開いていることにホッとしながら、輝夜は中に入る。ひんやりした空気の中に、わずかに人の温かさが残っていた。直前まで誰かいたのだろう。


 雑然と物が積まれた倉庫の片隅に、例の舞台装置のものと思われる部品や資材が置かれていた。


 しかし。


「なに、これ」


 装置の材料一式を見た輝夜は、大いに戸惑った。

 長い木の棒や、バラバラに絵が描かれた布、麻の紐、木の板などがある。他にも釘やレール、歯車など、さまざまな資材が無造作に置かれていた。


 いったい、何をどうやって組み立てればいいのか見当もつかない。そもそも、これは何の装置なのかもわからなかった。


 床に折りたたまれた紙を見つけた。どうやら組み立て説明書らしい。

 助かった、と思いながら説明書を開いた輝夜は、小さく呻いた。


「トライアングラープリズムスクロール式回転背景幕……? 何、何なの?」


 トライアングラープリズム――つまり三角柱の形をした回転背景幕。そんなもの輝夜は聞いたこともなかったが、『背景を回転して動かす装置』だろうとおぼろげに理解した。

 ここに散らばった画を回転させて次々切り替えるのだろう、ということも理解した。


 けれど、やはり組み立て方法がわからない。

 説明書は何度も折りたたまれていて、どこが最初で、どの順番で作業を進めればいいのか、さっぱりわからなかったからだ。


「確かに会長が、『今年はプレイベントでも盛り上げよう』と言っていたけど……まさかこんなものまで作る予定だったなんて」


 しかし、いつまでも手をこまねいているわけにもいかない。

 ここは気合いを入れ直さなければ。


 輝夜は辺りを見回し、倉庫内が無人であることを確認すると、小さく踊り出した。


「ア、ウパネ。カ、ウパネ」


 それはニュージーランドの伝統的な踊り――ハカ。

 かつて、自分を応援してくれた健二の真似だ。

 しかし、すぐに恥ずかしくなって止めてしまう。やっぱりやっくんのようにはできないなと思いつつ、輝夜は組み立て作業を開始した。


「あ、痛っ……。またやっちゃった」


 手元が滑り、木製のハンマーで指先を叩いてしまう輝夜。

 それだけでなく、棒を組み合わせようとして失敗したり、歯車の取り付け順を間違えたり、釘を折ったりした。


 輝夜は、赤くなって痛み出した指をさすった。


「うう。全然進まない……。このレールは何なの、もう」


 床にへたり込みながら泣き言を呟く輝夜。


 才色兼備で文武両道の輝夜だが、唯一の欠点は手先が不器用なことだった。工作だけでなく、料理も苦手なのだ。

 これまでは手順通りに作業することで何とか乗り切ってきたが、今回の作業はそもそも手順自体がはっきりしていない。

 これでは、うまくいくはずがない。


「ひゃん!?」


 可愛らしい悲鳴を上げて、輝夜は資材に頭から突っ込んだ。

 お尻を高く上げた恥ずかしい格好のまま、輝夜は力なくため息をついた。


「こんな姿、やっくんには見せられないよ。はぁ……」


 しかし輝夜は知らなかった。

『こんな姿』を健二が見ていたことに。



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