13話 ステルス能力者の反撃
「わかったなら、さっさと言うとおりに――きゃっ!?」
輝夜に詰め寄っていた怜奈が、びくりと身をすくませた。
机の上に置かれていた怜奈たちの通学鞄が、ひとりでに床に落ちたからだ。
「な、なに……? びっくりした」
「ちょっとぉ怜奈ぁ。あたしの鞄落とすの止めてよね。いくらイラついてるからってさあ」
「いや、あれは私がやったんじゃ――」
怜奈が上級生の女子生徒に弁解する。
その様子を無感情な目で見据えながら、健二は棚に手をやった。そして、そこに並べられていたファイルを床にぶちまけた。
「きゃあっ!?」
「ちょっと何!? 何なのよっ!?」
途端に怯え出す女性陣。唯一の男子生徒である与志郎も、何が起こったかわからず辺りを見渡している。
健二は爪先で作業机の天板を叩いた。一定のリズムで、こつん、こつん、こつんと音を出す。
健二の姿は見えなくても、その音は怜奈たちに届く。健二が強く望めば、そうできる。
「いやあああっ!?」
「やめてやめて、やめてよ! あたしこういうの本当ダメなんだってばぁっ!!」
「おいおい、これってもしかして、ポルターガイストって奴じゃあ」
与志郎が呟いた途端、まず上級生女子がパニックになった。自分たちの鞄を引っ掴むと、一目散に教室を走り去っていく。
「おい、俺たちも行こうぜ九鬼。……九鬼?」
「これも、あんたの仕業なのね。高嶺輝夜」
自分の両腕を抱きしめながら、怜奈は唇を噛んだ。悪寒で身体を震わせていた。
その後、与志郎に支えられて教室を出る怜奈。「絶対許さないから、卑怯者」と彼女は吐き捨て、去っていった。
空き教室に静けさが戻る。
残ったのは健二と輝夜。
輝夜はへたり込んで目を閉じたまま、何度も大きく息を吸い込んでいた。必死に気持ちを落ち着かせようとしているのだ。
健二は、生徒会室でのときのように輝夜へ手を伸ばしかけた。だが、すぐに引っ込める。
(……この事態は、俺が引き起こしたようなものだ。俺が失敗したから)
そう健二は思った。彼は自分の胸元を握りしめ、それから、自分の頬を触る。
健二の顔は、ここ数日で一番強ばっていた。これでは、とても笑える状態ではない。
人知れず恩返しできればいいと思っていた。なのに、肝心なときに輝夜に手を差し伸べられなかった。
卑怯者――という怜奈の捨て台詞が、強く健二の胸に響いた。黒子としての在り方を否定され、心の穴をさらに広げられたような気がした。
(でも、今は俺のことなんてどうでもいい)
健二は胸元を握りしめていた手を離し、スマホを操作して輝夜にメッセージを送る。
直後、静かな教室にヴー、ヴーとバイブレーションの音がした。輝夜のスマホが振動したのだ。
バッと顔を上げた輝夜は、床にぶちまけられたままの鞄に駆け寄った。スマホを手に取り、画面にかじりつく。
:噂を聞いた
:気にしないでいい
:俺がたかちゃんへの中傷を見過ごせずに失敗したんだ
:だからたかちゃんは悪くない
:たかちゃんがこの学校にきて
:皆と馴染もうとして
:すごく努力したのは知ってる
:俺は知ってる
:だから
:気にしなくていい
健二は自分のスマホ画面を見つめ、既読の表示が付くのを見届けた。
いつもより長文になってしまった。気の利いた言葉も何も言えていない。
「たかちゃんは変に感じただろうか」と健二は思った。今は輝夜の顔を見ることができない。
もし失望されたら。
どうしてすぐに助けてくれなかったんだと責められたら。
そんなことを考えてしまって、スマホの画面から目が離せない。
すると、輝夜がゆっくりとした手つきでメッセージを打ち始めた。コンコンコン……と独特の操作音が響く。
やがて、健二のスマホ画面にメッセージが追加された。
:やっくんは悪くないよ
:大丈夫 大丈夫!
顔文字とスタンプ付きの明るい文面だった。
さらに輝夜はメッセージを送ってくる。
:噂を否定してやっくんが矢面に立たされるくらいなら
:私が名乗り出るよ
健二は反射的に「それはダメだ」とメッセージを返す。
その後も、輝夜は何事もなかったかのように軽い調子でメッセージを送ってきた。メッセージの最後は「また明日ね!」だった。
健二はスマホをポケットにしまう。
輝夜はまだ、そこにいた。
彼女はスマホを握りしめて胸に抱き、両膝を床に突いていた。
目をきつく閉じ、唇を震わせながら、輝夜は絞り出すように声を漏らした。
「つらいよ。助けてやっくん……」
それは、スマホの明るい文面とは正反対の、弱気な言葉。
輝夜の本音だった。
健二は、メッセージのやり取りの間、輝夜から目をそらしていたことを後悔した。
「……ん(わかったよ、たかちゃん。俺が必ず、君を助ける)」
決意を新たにする。
それから輝夜は時計を見ると、慌てたように荷物をまとめだした。運転手を連絡なしで待たせていることに気付いたのだろう。
ぶちまけられたファイル類を気がかりそうに見遣ってから、輝夜は空き教室を出ていった。
それを見送った健二は、空き教室の片付けをしながら、これからどうするかを考える。
「……うん(たかちゃんの努力は無駄じゃないと伝えたい。彼女は決してひとりじゃない。それを証明するには、どうすればいいのだろう)」
最後のファイルをしまい込む。
それから健二は、用務員室へ向かった。




