12話 空き教室にて
健二は先日の出来事を思い出した。
呼び出された輝夜が、ひとりで書類整理をしていたことだ。
送迎車の運転手は、輝夜から早退の連絡を受けていなかった。つまり、輝夜が早退したという話は嘘で、本当はまた誰かに閉じ込められているのではないかと健二は考えた。
(焦って判断を間違えた。何でもっと早く思いつかなかったんだ!)
「……ん、そこに誰かいるのか?」
運転手が振り返る。
健二は動きを止めた。
自分への怒りと苛立ちが、健二の特異体質を不安定にさせたのだ。
しかし、結局運転手は健二の姿を見つけることはできなかった。運転手は頭を掻いて首を傾げ、それから再び輝夜が出てくるのを待ち始めた。
大きく深呼吸する健二。
校門脇の壁の上にネコマタが座り、健二を待っていた。健二は輝夜を探すため、再び校舎内へと入っていく。
まずは輝夜のクラスへ――彼女はいない。
次に生徒会室へ――生徒会長他、数人の生徒がいたが、輝夜の姿はない。
(どこにいる、たかちゃん)
健二は輝夜がいそうな場所を探し回る。
そしてついに、人気のない空き教室で輝夜の姿を見つけた。
教室の窓から、中をうかがう。
輝夜は、数人の生徒に囲まれていた。ほとんどが女子で、ひとりだけ男子生徒が混じっている。
健二は彼の顔に見覚えがある。岸川与志郎、輝夜と同じ生徒会役員だ。
もうひとり、輝夜と同学年で生徒会役員でもある九鬼怜奈の姿もあった。
与志郎は、女子生徒たちから一歩離れた場所で輝夜を見ている。彼の遠慮がちな声が聞こえてきた。
「なあ九鬼。そろそろやめようぜ、こういうこと」
「は? 何言ってんの。この女にわからせる絶好の機会じゃない」
怜奈に睨まれ、黙り込む与志郎。
他の女子生徒も冷ややかな視線を与志郎に向けている。
どうやらこの中で、彼だけは乗り気でないようだ。怜奈がやるから付き合っている。そんなふうに健二には見えた。
怜奈の表情は険しい。敵対心を剥き出しにして、輝夜を睨んでいる。
他の女子生徒は、輝夜の上級生だ。
「あたしらは感謝してるよ、怜奈ぁ。あんたが手引きしてくれたおかげで、こうして楽しいお話しできるんだから」
「まだまだ甘いです、先輩。『良い子ちゃん』でいられないことが一番効くんですから、この女には。もっともっと、自分が取るに足らない女なんだとわからせてやってください」
「おおコワ。高嶺さん、あんたとんでもない人に嫌われちゃったねえ」
上級生が笑う。
輝夜は彼女らに囲まれ、ただただ俯いている。
ふと、上級生の女子生徒が輝夜の髪を掴んだ。痛みで顔をしかめる輝夜に、上級生が凄む。
「少しは自分の立場ってもんがわかったかしら」
「……やめてください。もう、こういうことは」
「はっ。まだ言ってるわコイツ」
鼻で笑った女子生徒は、床に置かれた通学鞄を輝夜に叩き付けた。
中身がぶちまけられ、床に落ちる。その中には輝夜のスマホもあった。
輝夜と連絡がつかなかったのは、怜奈たちが鞄ごと奪っていたからだと、健二はこのとき初めて知った。
(助けるのが遅かった……! もっと早く気付いていれば、手は打てたはずなのに)
健二は怒りの感情を募らせる。
きっと、2日前に輝夜を呼び出したのも怜奈たちだったのだろう。
――健二は、ずっと輝夜を見守ってきた。
だから知っている。輝夜が彼女なりに、どれだけ周囲と馴染もうと努力してきたかを。
前の学校で輝夜は孤立しがちだった。だから、転校先の天翔学園ではそういうことがないように、健二もサポートしてきたのだ。
それを――。
「……あんたたちは……!」
健二は怒りを込めて呟いた。輝夜がどれほど大切な存在かを痛感したからこそ、その怒りは大きかった。
普段はほとんど無口な健二が、珍しく言葉を吐き捨てる。
それほどまでに強い怒りは、静かな威圧感となって教室内に広がった。
怜奈の背筋がぶるりと震えた。彼女は振り返る。
「今、悪寒が……なに、誰かいるの? 気のせい?」
「おい九鬼。冗談はよせよ。誰もいないだろ」
怜奈の態度に与志郎が狼狽える。
輝夜が顔を上げた。すがるような目で「やっくん……?」と呟く。健二は拳を握りしめた。
健二は大きく深呼吸し、教室の扉に手をかける。
ほぼ同時に、怜奈が輝夜の前に進み出た。
「とにかく、あなたにはやってもらわないといけないことがあります」
「やらないと、いけないこと?」
「釈明会見です」
冷たい視線で輝夜を見据える怜奈。まるで犯人を断罪する裁判官のように怜奈は告げた。
「高嶺輝夜が権力を振りかざし、学園や生徒の自由を奪おうとしているという噂が真実なのかどうか。それをあなた自身が明らかにしてください。そうしないのであれば、来週のプレイベントの一部を全校集会に切り替えます。そこで強制的に話してもらいますから。もっとも、噂を事実と認め、自ら謹慎するなら、我々も事を荒立てるつもりはありません」
「まあ、今謹慎したら今度の中間試験は間違いなく欠席扱い。完璧お嬢様の内申に響くだろうねえ。あんた、そういうのイヤだろ? お家の体裁的にさ」
上級生の女子生徒が笑いながらセリフを引き継ぐ。
輝夜は答えなかった。完璧お嬢様の体裁が崩れることを避けたいのは、彼女の本音だったからだ。
なぜ、そこまで輝夜を追い詰めるのか。
「私は、あなたが心底嫌い。高嶺輝夜」
ふと、怜奈が言った。腹の底からすくい上げてきたかのような、重い口調だった。
「あなたみたいなハリボテが、何の努力もせずに生徒会に入ったことが許せないわ」
「私はそんなつもりは……」
「許せないのよ! あんたは私の居場所を踏みにじった!」
突然激昂する怜奈。
気圧される輝夜。
もう我慢できない。
健二は、動いた。




