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11話 消えた輝夜


 2日後。放課後も近づいてきた午後の時間。


 健二は天翔学園の敷地内を掃除して回っていた。

 校内の清掃活動は用務員の本職。しかも、天翔学園は校舎に金がかかっているため、外観も内装も立派だ。

 そんな学園のイメージを守るためには、清掃活動をおろそかにすることはできない。


 いつもなら、ステルス能力と清掃スキルをフル活用して職務に邁進する健二だったが、この日は意図せず手を止めた。


「ねえ聞いた? 2年の高嶺さんの噂」


 この日最後の休み時間に、そんな生徒たちのヒソヒソ話を耳にしたからだ。

 落ち葉をまとめていたので、意図せず草葉の陰から聞き耳を立てることになる。


「え、何ソレ。知らない」

「あのね。ウチの学校、学内掲示板ってあるじゃない? そこの記事がいつの間にか消されてたの」

「どーでもいいじゃん、そんなこと」

「それが違うんだって。その記事、噂だと高嶺さんの悪口ばっか書いてたんだって。スクショ見せてもらったけど、結構エグめのやつ」

「あー。高嶺さんって美人で完璧超人だもんね。実家も太いし。(ひが)みかぁ。ヤダヤダ」

「でさ、実はその記事に気付いた高嶺さんが、実家の権力を使って無理矢理消させたんだって」

「は? ヤバいじゃん」

「しかも結構マジギレっぽくて、高嶺家の総力を挙げて学園を牛耳るつもりなんだってさ。ヤバいよね」

「えー。ヤバいのはヤバいけど……あー、でもそっか。高嶺さんならそれくらいやりかねないかもね」

「ねー。やっぱ私たち凡人とは住んでる世界も考え方も全然違うのかなあ」


 喋りながら歩き去っていく女子生徒たち。

 その後ろ姿を見つめながら、健二はホウキを握りしめた。踵を返し、用務員室へと駆け込む。


「……ぬう(まさか、あのときの記事か)」


 健二はパソコンにしがみつく。足下にやってきたネコマタにも気付かず、学内掲示板をチェックし始めた。


 噂は本当だった。


『高嶺輝夜は実家の圧力を使ったらしい』

『【マジで】逆らったら人生終了【ヤバい】』


 そんな記事が、掲示板に現れていた。


 先日、健二が管理者権限で中傷記事を削除したことを指しているのは明らか。

 しかも、記事によっては炎上に近い盛り上がりを見せている。

 これは、輝夜の目に留まるのも時間の問題だろう。もしかしたらすでに伝え聞いているかもしれない。


「……く(俺のせいだ。たかちゃん……)」


 健二は悔やんだ。ここにきて、誰にも認識されないステルス能力が裏目に出た形だ。

 正体がわからない相手は、どこまでも巨大な敵のように思われてしまう。それが匿名の怖さだ。


 健二は額に指を当て、考える。

 すでにここまで炎上している以上、今、記事を強制削除したり余計なコメントを書き込んだりすれば、火に油を注ぐことになるのは明らかだった。

 掲示板に関しては、通常通り運用するしかない。


 とにかく、輝夜が孤立することは防がないといけない。

 健二は立ち上がり、用務員室を出た。

 廊下に溢れる生徒たちの間を縫い、輝夜のクラスへ急ぐ。


 しかし、そこに輝夜の姿はなかった。


「あれ? 高嶺さんは?」

「ちょっと具合悪そうだから、早退したんじゃない?」


 そんなクラスメイトの話が漏れ聞こえてきた。

 見ると、確かに輝夜の机から鞄が消えている。


「……くそ」


 吐き捨てる健二。一足遅かったのだ。

 不手際を責める気持ちを腹の底に押し込め、健二は急いで校舎の外へ出た。


 途中でネコマタが合流してきて「にゃー」と鳴く。健二は彼女をひと撫でしてから、校門前に立って辺りを見回した。


 いつもの場所に、輝夜の家の送迎車がない。


「……むぅ(もう帰ってしまったのか)」


 健二は手元のスマホを見る。先ほど、輝夜にメッセージを送っていた。

 だが、既読すら付かない。

 授業中ならともかく、休み時間に輝夜がメッセージを見もしないということがあるだろうか。


 背後から、チャイムの音が聞こえてきた。

 健二はぎゅっとスマホを握りしめる。


 おかしい――と彼は思った。


 輝夜は昔から、実家とその関係者に対して壁を作りがちである。そんな彼女が、素直に早退の事実を家の人間に告げるだろうか。

 素直に、弱味を見せるだろうか。


 もしかして。

 彼女はひとり、徒歩で学校を出たのではないか。

 誰にも見つからないように。


「……くっ(たかちゃん、早まるな)」


 まだ既読が付かないスマホをしまい、健二は学園を飛び出した。


 通学路を走りながら、輝夜の姿を探す。

 彼女が立ち寄りそうな場所――近隣の公園、喫茶店、図書館を駆け回った。


 しかし、見つからない。


 鍛えている健二の顔にじんわりと汗が浮かんだころ、彼はふと恐怖感に駆られた。

 足を止め、近くにあったガードレールに腰掛ける。右手で胸元を押さえた。


(この感覚……覚えがある)


 それは、かつて高嶺家を追放されたときのことだ。心に空いていた穴が、さらに開いてしまったようなあの感覚と、今のこの苦しさがよく似ていた。


 あれから5年。

 健二はこれまで、輝夜をはじめ、恩返しをしたい相手たちを常に身近に感じていた。


 ところが、今、輝夜が自分の手から離れてしまったと意識した途端、もともと空虚だった彼の心にさらに穴が空いたような感覚を抱いたのだ。


(それだけ、俺はたかちゃんを大事に思っているんだ。5年前と同じ。なのに、また俺は)


 自分の不手際で輝夜と離ればなれになってしまう。

 そう思うと、健二は強い焦燥感にかられた。その感情は、彼にとって『怒り』と同じくらい、厄介で扱いに困るものだった。

 こんな感情であれば、ないほうがいい。

 裏方の自分には、焦る必要などないのに。


 健二は天を仰ぎ、大きく息を吐いた。


「にゃー」


 そのとき、足下で声がした。見ると、いつの間にかネコマタが地面に座り、健二を見上げている。

 見慣れた猫の姿に、健二は肩の力を抜いた。

 ネコマタの頭を撫でると、彼女は健二の手のひらにぐいっと頭を押しつけてくる。まるで「こんなところで悩んでたら時間の無駄」とでも言いたげだ。


(感情が戻っていれば、こういうとき微笑んでいられたんだろうな)


 空いた手で自分の頬に触れた健二は、相変わらず無表情のままだった。


 そのとき、遠くチャイムの音が聞こえた。天翔学園の放課後を告げるチャイムだ。

 確かに、このままここにいても何も始まらない。健二は一度、学園に戻ろうと立ち上がった。


 小走りに天翔学園を目指す。

 すると――。


(あれは、たかちゃんの送迎車?)


 学園の校門前、いつもの場所に黒塗りの高級車が停まっていた。見慣れた運転手が車から降りて、腕時計を確認している。


「輝夜お嬢様、いつもより遅いな。ご連絡もない。だが、こちらから出向くのを嫌がるからなあ。お嬢様は」


 運転手の呟きを耳にする健二。その瞬間、健二は自らの思い違いを悟った。


(たかちゃんはもしかして、まだ校内にいる……?)


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