AVアイドルと隣のストーカー(短編一気読み)
本作は前月4月に連載作品で投稿したものを、短編作品としてまとめたものです。 よって、中身は全く同じです。
元々短編作品として投稿したかったのですが、新着情報に1回しかのらないのは不利だと思って5回連載投稿した経緯があります。
「AVアイドルと隣のストーカー」
千葉の古猫
01
第1話 隣の女と俺の日常
時折二階の廊下ですれ違う女がいる。
見た目二十代なかば、中背でシェイプラインの綺麗な美人だが化粧っ気は殆ど無い。
胸が大きいのは個人的に好みではないし、どことなく陰気な感じがする。
だから最近までその女には全くと言って良い位無関心だった。
ところがどういう訳か女を目にする機会が急に増えて来た。
場所が主に廊下であることに違いは無いが、生活パターンは何一つ変えてないので女の方が変わったのか。
それだけなら特段気にする必要も無いが、何故か観察されている感じが拭えない。
気に障ることでもしたか?
俺の方には心当たりが一切無い…筈だ。
午後七時過ぎ、夕食を済ませてアパートに帰ると、メールボックスに薄いビニール製の紺色封筒が届いていた。
それを手にした顔はにやけていたかも知れない、いや間違いなくにやけていた。
俺は派遣の仕事をしてる。本当のところは正社員雇用希望だが。
社会保険労務士とマンション管理士と経営コンサルタントの三つが一緒になった合同事務所の事務員だ。
1LDKのマンション一室を事務所にして、中には中古のスチール製袖机が三つと、鍵付きのロッカーが三つ配置されている。
社長は三人で、共通の部下が俺一人だけという超零細企業集団。
出勤は毎日午前九時。
午前十時までは先生方が在室していて、前日の電話受付に関する確認と本日の行動予定をそれぞれの先生と打合せする。
お三方の合同会議もたまにあるが例外的なものと言って良い。
彼等が外出してしまうと、ガランとした事務室で始まる孤独な電話取次業務。
その他の作業と言えば、頼まれたコピー取りと郵便物処理をするだけ。その後は活気に欠ける時間帯が終りまで続く。
鳴き方を忘れてしまったのか、目の前の電話機はひたすら沈黙を保ち続け自らの存在意義を喪失して行く。
先日、
「新規にEメール受信チェックの仕事が増えることになるけど良いかな」
と打診された時は却って嬉しかった位だ。
PCデスクは自分の専用デスクにもなるしな。
経営者達が誰一人戻らない内に退勤の午後五時となり残業は一切無し。
通勤片道一時間弱。生活時刻表を作ったら、平日は90%の正確さで俺はダイヤを守っている筈だ。
日本の鉄道マンには敵わないとしても、東南アジア圏の平均よりは確実に上だろう。
今でも中小を含めて、正社員に採用してもらおうと求職活動は続けているが、面接に辿り着くことさえできず、一旦折れてしまった筈の心は諦めと共に自然治癒してしまったらしい。
智に働いたことが無いから角は立たないが、情に棹さした覚えもないのに俺は流されている。
安給与からアパート代を引いて、安い外食と自炊を組み合わせて食費をケチり、着るものも殆どがファストファッションかユーズド品で済ませる倹約生活。
貯金は中々二桁万円に達しない。
汲々とした中で唯一の楽しみがレンタルビデオ。リアルの彼女なんか作る余裕無し。それでも生理的欲求だけは毎晩湧いてくるから不思議だ。
紺のビニール封筒の発送元はディスクラボ。
俺の慰みはいつもこいつだ、心の友よ、笑。
週末の今夜はいつもよりボリュームを大きくしてDVDを楽しんだ。
隣室とここを仕切る薄い壁からは営みの声や振動が伝わって来るのだから迷惑はお互い様だろう。
02
第2話 女を拉致する夢
土曜日、朝九時に起きて近所の公園で森林浴。これも週間タイムテーブル化してる。
ベンチに腰掛け、小鳥のさえずりに耳を傾け、ぼんやりと時を過ごす。
単にブランチをおいしく感じたいと思って始めた行動だが、今ではこの時間に空腹より先に小さな幸せを感じる。
(悟りを開いたかもな)
高収入を得ている奴らには無いものを俺はたっぷりと持っている。
自由な時間だ。
価値観を変えれば俺だってそこそこ豊かなのでは。
静かな空間を一人占めして悟りに磨きがかかる笑。
目を閉じていると軽い眠気を催してきた。
「何がおかしいの」
不意に女の声がする。
どこか聴き覚えのある響き。
確かゆうべ観たヤツだ。男はどう答えたか…夢うつつの中で口にしてみる。
「その怯えた顔がさ」
「やっぱり」
あれ? そんなセリフは無かった筈だが…
俺はゆっくりと目を開けた。
目の前に若い女がいた。
これは…やっぱり夢の続きか? 香奈?
「私としたい」
女は語尾を上げた。
疑問形? 誘いか?
俺の夢は良い所まで進むと目が醒める。あまりに興奮しすぎるせいだ。できればこの夢は最後まで醒めないでくれ。
俺は静かに答えた
「したい」と。
「良いよ」
やっぱり夢は良いね。
トントン拍子に運ぶ。
でも、この後どうすれば良いのかが分らない。
あの男優はいきなり女の手を掴み、すぐそばに停めていたワゴン車に引きずり込んだっけ。
残念ながら今の俺には車が無い。いや、車とは全く縁がない。
俺の夢なんだからスポーツカー位用意しておいてくれ。
黙っていると女は焦ったそうな声を出した。
「あんたの部屋で良いよ、ホテルは高いし」
おお、やっぱ思い通りに進んで行くぜ。
気を良くした俺は立ち上がってみた。
途端に、ん、何かが違うと感じた。
注意深く周囲を見渡す。
リアル過ぎる。
これは夢でもバーチャルリアリティでもない、現実そのものだ。
改めて女を見直してみる。
知っている女は十八から十九、似てはいるが、目の前の女は二十代に入っているだろう。
誰だ、この人は。
「あの、俺、ちょっと寝惚けてて、何か失礼なことを言ってしまったでしょうか」
「何よ、結構大胆な所があるじゃんと見直した所なのに。ヘタレか」
何を言ってる、見直しただって?
俺はお前なんか知らねえよ。
ヘタレと言ったか。その言葉は俺にとって禁句だぜ!
「ヘタレかどうか試してみるか」
女の手をいきなりつかみ、俺は歩き出した。
振り返るとゆうべと同じ怯えた顔があった。
「香奈さん?」
「あんた、二重人格なの」
「え、どうして」
03
第3話 逆ナン
俺はすっかり素に戻っていた。
香奈が目の前にいる訳がない。
香奈と俺に接点はない。
最早自分が現実と妄想のどちら側にいるのか分らない。
「こっちから行かないと何もできない人だと思ったのに、急変した」
「ちょっと確認したいんですが、以前にどこかで会ったことがありますか」
「あんた、私のこと分らないの」
「会ったことないと思いますが。ただ…知ってる人とあなたは似ています」
「その人って、香奈?」
「はい、香奈さんです。でも、あなたの知らない人ですよ」
「多分、よく知ってるよ、その子なら」
幾らかの怯えと不信感を見せていた女は、何故か自信を漂わせ始めた。
ひょっとしたら…
「香奈さんのお姉さん?」
「あははは あんたおもしろい」
俺はどうして良いか分らず困り果てた。
こんな見知らぬ女に俺の大事な香奈の説明なんかしたくない。変態は変態にしか理解されないからな。
考えろ、考えろ、こいつは香奈を本当に知ってるのか。単にからかっているだけなんじゃないのか。
どうして、、、どうして、見知らぬ女に俺はからかわれているのか。ここはいっそ怒るべき所じゃないのか、、、
迷える子羊を見つめながら、上から目線ではなく女は真剣な顔つきをして口を開く。
「香奈が好きなの?」
「香奈さんのお友だち?」
「だから、その前に答えて。香奈が本当に好きなの」
問い詰められると弱い。俺は押しに弱い。
「香奈が好きだ」
「じゃあ、今キスして」
「君にか、どうして」
「いいから」
俺は押しに弱い。
突き出された唇にそっと口付けた。
女は舌を絡め始める。
良いのか、おい、これは現実か。
お互いに舌を絡めると勃起した。
慌てて体を引き離そうとしたが女はそれを許さない。
「体は正直ね。でも男って好きな女じゃなくてもたつよね」
「そんなことない。俺は他の女優だと萎えてしまう。香奈さんじゃないとダメみ…」
急に恥ずかしくなり途中で口ごもった。
何故、見知らぬ女に小っ恥ずかしい告白をしてしまったんだ。
女が手を緩めた隙を見つけ俺は逃げ出した。
早足でアパートへ向かう。
女はゆっくりと付いてくる。
距離が十分とみて俺は歩行速度を落とした。
角を曲がってしばらくして振り返ると、同じ方向に曲がって来る女が見えた。
尾けてくるって感じじゃなく普通に歩いている。
俺を探してる風にも見えない。
一体何だったんだ。
一体誰なんだ。
俺は部屋に戻った。
少し経ってから隣室でドアの開閉音が響いた。
公園での過ごし方がいつもと違ったせいか、急に腹が減って来た。
カップヌードルはどこだ……ここか……と……何だ? コンコンと音がする。
隣室から薄壁がノックされているようだ。
今は何の騒音も出してない筈だが。
音のする辺りで様子を伺ってみる。
またもコンコン……何の気無しにコンコンと返すと何か声が聞こえた。
聞き耳を立てる……
「ねえ、今何してるの」
04
第4話 隣の女
やば、こんなに声が筒抜けなのか……
反対側の部屋から夜の睦言が時折くっきりと聞こえて来ることを思い出した。
昨日の夜、ボリューム上げ過ぎたな、やっぱり。
で、どうする? 無視するか……弱気の虫で無視するか……こんな窮地に韻を踏んでどうする俺w
「夕べはすみません。今度からヘッドフォンにします」
大きな声でそう言った。
ああ、安アパートは面倒くさい。
引っ越すか、もう少し上等な部屋へ。
『♩越さなくちゃ~越さなくちゃ~ 金がない~♩』
最近何かのテレビかラジオで聞いた、大物歌手の古いヒット曲の替え歌が口をつく。ああ、面倒くさい。傘があっても金が無いし。
「それは良いの。さっきの言葉の続きが聞きたい」
ああ、何て日だ。
隣の女まで変なことを言いやがる。
え、ちょっと待て。待て~い! 隣の女の姿を思い浮かべる。
似てるか? 似てないよな。デカパイだし。
でも隣の女がメイクしたら、似てないこともないような。そんな気がしてきた。
どうかしてる……大丈夫か? 俺。
「ねえ、聞いてる?」
「西田さん、さっき公園にいましたか。僕と女の会話が聞こえたとか」
隣の部屋の郵便受けには、確か西田という苗字だけが書いてあった筈だ。
返事が無い。
ビンゴか……まずい、まずい、まずい。まずい所を見つかった。
やっぱ引っ越すか……俺の質問はスルーされた。
「あんたの部屋へ行っても良いかな」
「えっと、それはまずいでしょ。誰かに見られたら西田さんが困るのでは」
「あんたが困らなければ、こっちは平気だよ」
「そこまでおっしゃるなら、どうぞ」
俺は覚悟を決めた。
来たら押し倒すか。
できもしないことを口にしてみる。
数分後、マイドアがノックされた。
「開いてますから、どうぞ」
俺は探し当てたカップヌードルをローテーブルの隅に追いやって、入って来た女を横目に見た。
目が釘付けになる。
さっきの女やんか!
何なんだ。ストーカーか。
でも、やっぱ良い女だ。
自分の口がぽかんと開いていたことには気付かなかった……謎の女ー香奈ー西田……え?
「お邪魔します」
「どうぞ」
努めて冷静に答えはしたが……俺は何てバカだったんだ。
西田さんとあの女は同一人物だった。
特大胸パッドを外した西田さん。
普段とは違う丁寧なメイク。
一瞬にして考えが急速回転を始めた。
だとしたら、ひょっとして、ひょっとしたら……香奈さんと西田さんも同一人物か……
全て合点が行った。
この一年以上もの間、俺は大好きなAVアイドルの香奈さんとは知らず、西田さんの隣室で暮らして来たのか。
何て贅沢な環境。
そして何て悲惨な無知蒙昧。
知らぬが仏 じゃなくて、知らぬは一生の損、いや恥だったかな。
それもちょっと違うし、いやかなり違う。
パニック寸前だな俺。
近いのは恐らく 灯台下暗し 豚に真珠 馬の耳に念仏 木を見て森を見ず って所かな。ほかにもっと良いのがあるかも知れないが、、、
05
第5話 憧れのAVアイドル
西田さんは靴を脱いで、俺が掛けているローソファの側までやって来た。
「隣に座っても良いかな」
「どうぞ」
俺は左を空ける為奥へ詰めた。
時限爆発しそうな心臓を必死に宥めながら。
「すっかり目が覚めたみたい。もう私のこと分かるよね」
「西田さんは香奈さんですね」
「正解」
「引退してから、事情があって身を潜めるように暮らしてきた。そういうことですか」
「ちょっと違う。意思じゃなくてやや引き篭もり状態ってだけ」
「業界が嫌になったんでしょ」
「それもちょっと違う。お世話になった場所だし」
「じゃあ何で変装してたんですか」
「変装? 寧ろ化粧もしてないし、全く化けてなかったつもりだけど」
「デカパイは? あれ、ちょっと苦手なんですけど」
「オッパイに引け目があったから、大き目のパッド使ってただけ」
「香奈さんの魅力は微乳で細身。大人とロリがミックスした可愛さだと思います」
「ありがとう。でも好きな所は外見だけ?」
「そんなことないっす。体、柔軟だし、感度抜群だし、声も良いし」
「今度は器官のことばかり」
「あの、うまく言えないですけど、初期の作品で多かったインタビューの受け答えがとても素直で中身に惚れました」
「そんなじゃ、就活の面接は乗り切れないよ」
知り合ったばかりの人からそこまで言われ、ほっといてくれと背を向けるべき所だが、惚れた弱みで素直になってしまう。
「そうなんですよ。しかも最近は面接まで辿り着けないし」
「それでか、スーツ姿見かけなくなったのは」
「俺のこと、そんなに前から見てくれていたんですか。どうして俺なんかを」
「AVファンじゃなくて、私のファンだって気付いた時からかな」
「どうしてそんなことが分かるの」
いつの間にか俺はタメグチになっていた。
プロフィール通りなら自分の方が歳上の筈だからかな。
老けて見えた西田さんだが、今日は二十歳か二十一位にしか見えないから不思議だ。
メイクのせいか、いや笑顔のせいだ。
自分に対する好意を感じ取れたから自然にタメになってしまったんだ。
「あの薄壁から聞こえて来るの。出演作品の私の音声が。知らない女優の声も聞こえるけど、短いのは予告編でしょ」
謎はすっかり解けた。
じゃあ、俺の喘ぎ声まで聞かれてしまったか。思わず赤面した。
「何? 赤くなって。恥ずかしかったのは私の方だよ。でもね、段々と楽しみになった。今夜も私の作品かなって」
「香奈さんの作品を観ながら俺が何してたか知ってる」
何を呟いてるんだ、俺。
今のセリフ無かったことにしてー
「え? 何。聞こえなかった」
西田さんは顔を近づけてそう言った。
俺は下を向いた。
「みんな同じことするよ。AV観るのはその為だもの」
聞こえていた。
見透かされていた。
西田さんの顔が見れない。見れないよ。
「さっきの続きしようよ」
西田さんの声は低く甘く掠れている。
熱い吐息が耳に掛かる。
俺が顔を寄せると首に細い腕が巻かれた。
体を預けられ、くちびるが重なる。
舌が絡み合う。
今度は勃起しても気にせず先へと進む。
服の上から薄い胸を揉みしだく。
西田さんの喘ぎを感じる。
香奈さんだ……ああ、俺の香奈……いつの間にか二人は生まれたままの姿になっていた。
この先は、純情な俺には表現できない。
二人が結ばれた事実だけは否定しないが。
その後俺たちは付き合うことになった。
口が固い友人に報告したら、訳知り顔でAV嬢だけは止めとけ、悪いことは言わんからやめとけと警告された。
面倒だから次に会った時には振られたと奴に言っておいた。
誰がやめるか。
俺だって普通の付き合いができるか自信なんて無い。
彼女の傷を癒せるか、尚深く傷付けることになるのか分らないが、俺はもう深く関わり始めてしまったのだから。
あんな父親の為に業界復帰することだけは思い止どまらせたい……過去はどうにもならないが未来は変えられる筈だ。二人一緒ならきっと……
了
最後までお読みいただき感謝申し上げます。
ラスト数行の記述については、当初本作派生作品を書こうとの思いで含みを持たせたのですが、派生作品を途中まで書いてはみたものの本作ほど良くならなかったので作者としては意味がなくなりました。