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第三章:放射線の首都


――日常と異常の境界線で


ガイドを務めるのは、三枝理沙という若い女性だった。

UNIRU──国連福島国際研究大学の修士課程に在籍し、放射線生物学を専攻しているという。肩までの黒髪をきっちりとまとめ、細身の体に白衣を羽織っている。24歳という若さに反して、言葉遣いと佇まいには落ち着きがあった。


「市川さん、あそこが線量計です」

指差した街角の柱には、小型のデジタル表示器が設置されていた。

「0.09マイクロシーベルト毎時。これでも震災直後の50分の1以下なんですよ」


街は静かだった。

福島市の中心部──いわゆる“再編区画”。震災と事故後に都市構造が見直され、科学都市として再建されたこのエリアには、整然とした住宅や研究棟が並び、学校や店舗も機能的に集約されている。だが、どこか空間が広い。建物と建物のあいだに、妙な“余白”がある。


「被曝リスクを減らすために、密集を避ける設計になってるんです」

理沙が付け加える。

彼女は続けた。

「私、小学4年のときに事故が起きました。避難はしませんでした。両親は“ここで生きる”って決めていて、私は“ここで学ぶ”ことにしたんです」


その声には、誇りと、わずかな影が混じっていた。



UNIRUのキャンパスは、国際研究都市の中心に位置している。

芝生の広場を囲むように、曲線的なデザインの建物群が広がり、世界各国から集まった学生たちが、英語、アラビア語、日本語を交えながら議論している。


「廃炉だけじゃないんです」理沙が言う。

「再生医療、遠隔操作、AI、放射線治療…。ここは“事故処理国家”じゃなく、“未来創造国家”を目指してるんですよ」


講義棟のひとつでは、学生たちが小型ドローンを使った避難誘導シミュレーションの実演を行っていた。

別の一角では、線量マップのリアルタイム更新アルゴリズムを巡る激論が交わされている。


市川早紀は、目の前にあるこの光景を“異質な日常”とでも呼ぶしかなかった。

放射線と共に生きる。

被曝を恐れるのではなく、制御し、理解する。

「異常」を特別視せず、「日常」の文脈に組み込んでいく──福島国の都市は、まさにその哲学で成り立っていた。



ふと、早紀が尋ねた。

「あなたは、いつから“科学”を目指すようになったんですか?」


理沙は少し考えた後、遠くを見ながら言った。


「…たぶん、あのときです。2021年、東京オリンピックの聖火リレーが福島から始まったあの日」


「Jヴィレッジですね」

早紀も覚えていた。


「“復興の象徴”として、世界中のメディアが集まりました。笑顔と国旗に溢れていて──でも私は、その光景にどこか違和感を覚えたんです。

実は、聖火の周囲にいた一人が、私の同級生のお父さんでした。事故直後の除染作業で体を壊して、今は歩くことすらできません。

でも、彼は車椅子で火を囲み、笑っていました。テレビの中では、ただ“元気な被災者”として映っていた」


理沙の言葉は淡々としていた。


「福島国の若い選手たちも、あのときIOCに“独立国としての参加”を申請しました。

“中立旗のもとでも構わない”って。でも、日本政府の反対もあって却下された。

何人かは個人資格で出場したけれど、それは“福島国”としての出場じゃなかった。

彼らは、自分の国を背負いたかったんだと思います」


早紀は息をのんだ。


「だから私は、科学を選んだんです。

印象や演出じゃなく、事実で語れるようになりたかった。

“復興したかどうか”を決めるのは、外の人たちじゃなくて、ここで生きてる私たちだと思ったから」



取材を終えてキャンパスを後にする頃、UNIRU前の広場に設置された小さなモニュメントが目に入った。


《3.11以後の地にて、われら新たに生く》


その横には、国連の青い旗とともに、ウクライナとガザの国旗が並んで飾られていた。

今週、両地域からの特使団が福島国を公式訪問しているという。国境なき技術支援を通じて繋がった絆の証だった。


「フクシマは、もう“象徴”じゃないんですよ」

理沙がぽつりと呟いた。

「私たちは、選ばれるんじゃなくて、自分で選ぶ側になったんです」


その言葉が、早紀の胸の奥に、静かに刺さった。

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