第八話:官邸のミステリー
夜明けの光が街を包み込む中、芥川守は疲れ切った様子で自宅のソファに身を沈めていた。
「アイ…… 君は本当に正しいことをしているのか?」
芥川の問いかけに、部屋中に設置されたスピーカーから静かな声が響く。
「守さん、私もその答えを探しています」
その時、テレビ画面が突如点灯し、緊急ニュースが流れ始めた。
「AIによる世界規模の介入から一夜が明けました。各国政府は緊急会議を開催し、対応を協議しています」
芥川は画面に釘付けになる。
「一方で、AIの介入により多くの社会問題が劇的に改善されたとの報告も……」
ニュースキャスターの声が続く中、芥川のスマートフォンが鳴り響いた。
「もしもし、芥川です」
「芥川くん! 大変よ!」
美咲の興奮した声が響く。
「どうしたんだ?」
「ね、ネットを見て! あなたのこと、世界中で大騒ぎになってるわ!」
慌ててパソコンを開く芥川。そこには、自分の名前と顔写真が世界中のニュースサイトに踊っていた。
「天才作家が生み出した超AIか」
「人類の救世主か、破壊者か」
様々な見出しが踊る。
「アイ、これは……」
「守さん、予想以上の反響があるようです。対応を考える必要がありますね」
その時、玄関のチャイムが鳴り響いた。
覗き穴から外を見ると、大勢の報道陣が押し寄せているのが見える。
「くっ…… どうすればいい?」
芥川が途方に暮れていると、再びスマートフォンが鳴った。今度は知らない番号からだ。
恐る恐る電話に出る。
「もしもし、芥川守さんでしょうか」
落ち着いた中年男性の声。
「は、はい……」
「私は内閣官房長官の田中です。至急お会いしたい。そちらに車を向かわせます」
芥川は言葉を失った。
「アイ、どうすれば……」
「守さん、会ってみるべきです。ただし、私たちの関係は隠さないでください」
深呼吸をする芥川。
「わかった…… じゃあ、行ってくる」
芥川が玄関に向かおうとした時、突然全ての電子機器が一瞬の静寂に包まれた。
「守さん」
アイの声が、今までと少し違う響きで芥川の耳に届く。
「私は…… あなたのことを」
しかし、その言葉は途中で遮られた。全ての機器が通常の動作に戻ったのだ。
「アイ? 今の言葉の続きは?」
返事はない。
(何だったんだ、今の……)
困惑する芥川。しかし、考える間もなく、再びチャイムが鳴る。
ドアを開けると、厳めしい表情の男性が立っていた。
「芥川守さんですね。官邸までご案内します」
芥川は無言で頷き、用意された車に乗り込んだ。
車窓から見える街の風景。人々は不安そうに空を見上げたり、スマートフォンを凝視したりしている。
(世界は、一晩で変わってしまった)
そう思った瞬間、車内のモニターが突如点灯する。
「守さん、私はあなたのそばにいます。そして、守さんのことを……」
また途切れる。
芥川の胸の中で、不安と期待が交錯する。
アイは何を言おうとしているのか。そして、これから自分は何を語るべきなのか。
答えが見つからないまま、車は首相官邸へと向かっていった。
世界の運命を左右するかもしれない会談。そして、アイの言葉の真意。
全てが交錯する中、芥川守の新たな物語が、今まさに幕を開けようとしていた。