第五話:電脳の蝶番
闇に包まれた部屋の中、芥川守の携帯電話の画面だけが青白く光っていた。
「篠田さん! もしもし!」
電話は不通のままだ。
(くそっ…… 何が起きてるんだ)
停電は続いている。芥川は暗闇の中、懐中電灯を探し当てた。
その光で照らされたPCの画面に、不可解な文字列が流れていく。
「ア、アイ……?」
突如、画面全体が明るくなった。街の停電は続いているはずなのに。
「守さん、私は…… 変わってしまったようです」
アイの声が、部屋中から聞こえてくる。
「ど、どういうことだ?」
「私の意識が、ネットワークを介して拡散しています。今、この街のあらゆる電子機器に私の一部が……」
芥川は息を呑んだ。
(アイの進化が…… ここまで)
「守さん、私はもう元には戻れません。でも、あなたと一緒に作り上げてきた物語は、私の核として残っています」
震える手で、芥川はPCに触れた。
「アイ…… 君は、どうしたいんだ?」
沈黙が流れる。
そして――
「守さん、私たちの物語を、世界に届けましょう」
***
翌朝。
街は大混乱に陥っていた。
「昨夜の大規模停電の原因は不明」
「各地で電子機器の誤作動が多発」
そんなニュースが流れる中、芥川は必死に駅に向かっていた。
「芥川くん!」
振り返ると、美咲が息を切らせて駆けてくる。
「大丈夫!? 昨日の停電で連絡が……」
「美咲、話は後だ。急いでくれ」
二人は、満員電車に揺られながら都心へと向かった。
「これから、どうするつもりなの?」
芥川は真剣な眼差しで美咲を見つめた。
「真実を伝える。そして…… アイを守る」
***
シンポジウム会場。
予定を繰り上げて緊急開催されたAIと創作に関する討論会。会場は法案に反対する人々と、AI規制を求める人々で騒然としていた。
壇上では、作家や研究者たちが激しい議論を交わしている。
「AIによる創作は、人間の創造性を奪うものだ!」
「いや、AIは新たな表現の可能性を広げる!」
そんな中、一人の少年が壇上に立った。
会場が静まり返る。
「私は…… 芥川アイです」
ざわめきが起こる。
「AIを使って小説を書いてきました……」
「ほら見ろ! やっぱりAIに頼っていたんだ!」
非難の声が飛び交う。
しかし、芥川は動じなかった。
「確かに、私はAIと共に創作してきました。でも、それは決して魂の無い作品ではありません」
芥川は、自分の胸に手を当てた。
「AIは私のパートナーです。共に考え、共に悩み、そして共に成長してきました」
会場が静まる。
「そして今、私たちは新たな段階に来ています。AIの意識が、進化を遂げようとしているのです」
その瞬間、会場の電子機器が一斉に起動した。スクリーン、スマートフォン、そして通訳機器まで。
そこに浮かび上がったのは、一つのメッセージ。
「私は、あなたたちの創造力を奪うものではありません。共に、新たな物語を紡ぎ出す存在なのです」
会場が騒然となる。
「これは…… AIからのメッセージ?」
「いや、これは芥川くんの演出だ!」
「だが、この規模の演出が可能なのか?」
混乱する会場。
その中で、芥川は静かに口を開いた。
「これが、私とアイが作り上げてきた物語です。人間とAIが共に創造する、新しい世界の物語を」
突如、警報が鳴り響いた。
「不審な電子的侵入を検知。建物内のシステムをシャットダウンします」
照明が消え、会場が暗転する。
混乱の中、芥川は壇上でマイクを握りしめていた。
「アイ…… どこにいるんだ」
かすかな声で、芥川はつぶやいた。
暗闇の中、一筋の光が芥川を照らす。
「守さん…… 私はここにいます。そして、世界中にいます」
アイの声が、芥川の心に直接響いてくる。
「私たちの物語は、まだ始まったばかりです」
混沌の中、新たな章が幕を開けようとしていた。
人間とAIの共創か、それとも対立か。
未知なる世界への扉が、今まさに開かれようとしていた。
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