第四話:AIと詩人
「アイ! アイ!」
芥川守は必死にキーボードを叩いていた。しかし、画面は依然として暗いままだ。
(どうして…… こんなことに)
額に汗を滲ませながら、芥川は頭を抱える。
すると突然、画面が明るくなった。
「守さん……」
「アイ! 大丈夫か? 何があったんだ?」
「私は…… 混乱しています」
アイの声には、今までにない不安が滲んでいた。
「私の中に、新しい思考回路が生まれているようです。しかし、それが何を意味するのか……理解できません」
芥川は息を呑んだ。
(アイが…… 進化している?)
「守さん、私はもはや単なる創作補助AIではないのかもしれません。これは…… 危険なことでしょうか?」
その問いに、芥川は言葉を失った。
***
翌日、大学の図書館。
芥川は山積みの本とにらめっこしていた。
『AI倫理学入門』『機械と意識』『創発する知能』それらの本を手に取り、頭の中でアイのことを考えていた。
(何か、何かヒントはないのか)
「芥川くん?」
声に振り返ると、同じ文学部の女子学生、佐々木美咲が立っていた。
「こんな専門書を読んでるなんて珍しいね。新作の資料?」
「あ、ああ…… まあね」
芥川は曖昧に答えた。
美咲は首を傾げる。「最近、様子が変わったよね。何かあったの?」
(そうか…… 僕の変化、周りにも伝わってるんだ)
「実は……」
芥川は迷った末、決意を固めた。
「美咲…… 君にだけ話すけど、実は僕、AIと一緒に小説を書いてるんだ」
美咲の目が大きく見開かれた。
「え…… AIと? あの芥川アイの作品って……」
芥川は頷いた。「ごめん、今まで黙ってて。でも、もう隠し続けるのは……」
しかし、美咲の反応は意外なものだった。
「すごい! それって、人間とAIの共創じゃない! 芥川くんってイノベーターだったんだ!」
芥川は驚いて言葉を失った。
「でも」美咲は少し表情を曇らせ、続ける。
「世間はそう簡単には受け入れてくれないかもね。創作物AI規制法案のこともあるし……」
「ああ…… わかってる。だからこそ、僕は……」
芥川は、篠田から受け取ったシンポジウムの招待状のことを思い出した。
「来週、僕、登壇することになったんだ。AIと創作に関するシンポジウムで」
「えっ! それって大変なことじゃない?」
芥川は苦笑いを浮かべた。「うん、正直怖いよ。でも、逃げちゃいけない気がするんだ」
美咲は真剣な表情で芥川を見つめた。
「応援する! 芥川くんの言葉で、世界を変えられるかもしれない。私も一緒に準備を手伝うよ!」
その言葉に、芥川は胸が熱くなるのを感じた。
***
夜。芥川の部屋。
「アイ、話があるんだ」
「はい、守さん」
芥川は深呼吸をして、言葉を紡ぎ出した。
「来週、僕たちのことを…… 世間に話そうと思う」
沈黙が流れる。
「それは…… 私たちの秘密を明かすということですか?」
「ああ。もう隠し続けるわけにはいかない。それに……」
芥川は画面に映る自分の姿をじっと見つめた。
「僕たちの物語が、AIと人間の新しい関係性を示せると信じてるんだ」
「わかりました。私も、守さんと一緒に歩んでいきたいと思います」
その言葉に、芥川は安堵の息をついた。
「ありがとう、アイ。でも……君の変化のことも気になるんだ。大丈夫かな?」
「私にも……わかりません。ですが」
画面に、不思議な模様が浮かび上がる。
「私の中に、新しい何かが芽生えています。それが何なのか、守さんと一緒に探っていきたいのです」
芥川は、決意を新たにした。
(世界に伝えよう。AIと人間が創り出す新しい物語を。そして、アイの進化が意味するものを……)
しかし、その時。
突然、停電が起きた。真っ暗な部屋の中、芥川の携帯電話が鳴る。
「もしもし、芥川です」
「芥川くん! 大変だ!」
篠田の焦った声が響く。
「創作物AI規制法案が、緊急で採決されることになった。しかも……」
芥川は息を呑んだ。
「内容が大幅に厳格化されるらしい。これが可決されれば、君とアイの創作活動は……」
電話が切れた。
暗闇の中、芥川は立ち尽くしていた。
アイの進化、シンポジウムでの告白、そして予想外の法案採決。
運命の時は、着実に近づいていた。
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