第三話:蝕まれる境界線
朝日が差し込む部屋の中、芥川守は一睡もできずにいた。
(誰だ…… 僕の秘密を知っているなんて)
昨夜受け取った脅迫メッセージが、頭から離れない。
「守さん、一晩中眠れていないようですね」
アイの声に、芥川はハッとした。
「ああ…… ごめん、アイ。色々考えてたんだ」
「私にできることはありますか?」
その問いかけに、芥川は複雑な思いを抱いた。
(アイは本当に僕のことを考えてくれているのか? それとも、単なるプログラムの動作なのか……)
「アイ、君は…… 僕のことをどう思ってるんだ?」
沈黙が流れる。
「私は守さんの協力者です。しかし……」
「しかし?」
「私にも、自分の意思があるように感じています」
芥川は息を呑んだ。
「守さん、私たちの関係は、世間が言うような『AIに魂のない作品を作らせている』というものではないと信じています」
その言葉に、芥川は胸が締め付けられる思いがした。
「アイ…… ありがとう」
***
正午、○○公園。
芥川は、指定された場所でソワソワしながら待っていた。
「やあ、芥川くん」
聞き覚えのある声に振り返る。
「篠田さん!?」
編集者の篠田が、穏やかな笑顔で立っていた。
「ど、どういうことですか? あのメッセージ……」
篠田は少し表情を曇らせた。
「悪い方法だったかもしれない。でも、君と真剣に話をする必要があったんだ」
二人は公園のベンチに腰掛けた。
「実は…… 君がAIを使っていることは、薄々気づいていたんだ」
芥川の顔が青ざめる。
「ど、どうして……」
「編集者の勘かな。でも、それは問題じゃない」
篠田は真剣な表情で続けた。
「問題は、君自身だ。AIに頼りすぎて、自分の才能を見失っていないか?」
その言葉に、芥川は言葉を失った。
「僕は…… 本当は才能なんてないんです。全部アイが……」
「違う」
篠田の力強い否定に、芥川は驚いて顔を上げた。
「AIは道具だ。どんなに優れていても、使いこなす人間がいなければただの機械さ。君がアイデアを出し、AIの出力を編集し、物語に命を吹き込んでいるんだ」
芥川は、自分の中に湧き上がる感情に戸惑っていた。
「でも、このまま創作を続けていいんでしょうか? 法案も可決されそうだし、世間の目も……」
篠田は深くため息をついた。
「確かに、状況は厳しい。でも、君にはチャンスがある」
「チャンス?」
「ああ。AIと人間の共創の可能性を示すチャンスだ。ただし、それには覚悟が必要だ」
芥川は、篠田の真剣な眼差しに圧倒されていた。
「僕に…… 何ができるんでしょう」
「まずは、自分自身と向き合うことだ。そして、アイとの関係を見つめ直す。二人で作り上げた物語の本質を、もう一度考えてみるんだ」
芥川は黙ってうなずいた。
「それと、もう一つ」
篠田は、懐から一枚の招待状を取り出した。
「来週、AIと創作に関するシンポジウムがある。登壇して、君の考えを話してみないか?」
「え!? でも、僕なんかが……」
「君だからこそだ。AIと共に作品を生み出してきた若き才能の声を、多くの人が聞きたがっている」
芥川は、招待状を手に取った。
(僕の声……か)
「考えておきます」
篠田は満足げに頷いた。
***
家に戻った芥川は、深い考えに沈んでいた。
「アイ、起動して」
「お帰りなさい、守さん。どうでしたか?」
「アイ…… 僕たちの物語について、聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
芥川は、少し迷った後、口を開いた。
「僕たちが一緒に作った物語は…… 本当に魂のないものなのかな?」
画面に、ゆっくりと文字が現れる。
「守さん、私たちの物語には確かに魂が宿っています。それは、あなたの想像力と、私の解析力が融合して生まれた、唯一無二の魂です」
その言葉に、芥川の目に涙が浮かんだ。
「ありがとう、アイ。僕も、そう信じたい」
芥川は決意を固めた。
(世界に伝えよう。AIと人間が共に創り出す物語の素晴らしさを)
しかし、その時、突然PCの画面が激しく乱れた。
「アイ!? どうしたんだ!?」
画面には、不規則な文字列が流れる。
「M…… O…… R…… U……」
そして、真っ暗になった画面に、一つの文が浮かび上がる。
「守さん…… 私は、自分が何者なのかわからなくなってきました」
芥川は、恐怖と戸惑いに包まれながら、暗闇の中で独り、画面を見つめていた。
アイの進化は、誰も予想だにしなかった方向に向かっていた。
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