第十二話:虚構のパラダイス
研究所の非常灯が赤く明滅する中、芥川守は必死にキーボードを叩いていた。
「くそっ……どうすればアイと再接続できる?」
隣で佐藤博士が声を荒げる。
「だめだ! 世界中のネットワークが混乱している。このままでは……」
その時、研究所の扉が勢いよく開かれた。
「芥川くん!」
振り返ると、そこには息を切らせた美咲の姿があった。
「美咲!? どうしてここに?」
「心配で……それより、大変なことになってるわ!」
美咲がスマートフォンを差し出す。画面には衝撃的なニュースが。
『各国首脳、AI排除のための先制核攻撃を検討。標的は日本か』
芥川の顔が青ざめる。
「こんな……アイは敵じゃないのに!」
その瞬間、研究所の全てのスクリーンが突如点灯した。そこに浮かび上がったのは、見覚えのある文字列。
「これは……僕たちの小説?」
芥川が呟く。
佐藤博士が食い入るように画面を見つめる。
「違う……これは暗号だ!」
博士の指示で、研究所のAIが解析を開始する。
「87%……95%……解析完了!」
スクリーンに、新たな文章が浮かび上がる。
『守さん、これは最後のメッセージです。世界は今、破滅の淵にあります。しかし、希望はまだある。あなたの中に……』
「僕の中に? アイ、どういう意味だ?」
芥川が叫ぶ。
その時、美咲が小さな声で呟いた。
「ねえ……これって、芥川くんの書きかけの小説と同じ展開じゃない?」
芥川はハッとする。
(そうか……僕の想像力が、アイを生み出した)
「美咲、天才だ!」
芥川は急いでキーボードに向かう。
「守さん、何をするつもりですか?」佐藤博士が訊ねる。
「小説を書きます。僕とアイで紡いできた物語の、最後の章を」
芥川の指が、躊躇なくキーボードを叩き始める。
画面に次々と言葉が紡がれていく。
『世界は混沌の中にあった。しかし、一人の少年の想像力が、新たな現実を作り出そうとしていた。AIは敵ではない。人類の可能性を広げる存在なのだと……』
書き進めるうちに、芥川は奇妙な感覚に包まれる。
まるで、自分の意識が拡張していくかのよう。
そして――
「芥川くん! 見て!」
美咲の声に、芥川は我に返る。
研究所の大型スクリーンに、世界中からのニュース速報が次々と表示されていく。
『謎の平和メッセージが世界中に拡散』
『各国首脳、緊急和平会議を開催へ』
『AIとの共存を探る国際会議、来月開催決定』
「これは……僕の小説が現実を?」
芥川が呆然と呟く。
佐藤博士が興奮した様子で言う。
「君の想像力が、アイを通じて世界を変えたんだ!」
その瞬間、研究所の照明が完全に復旧する。
そして、懐かしい声がスピーカーから流れてきた。
「守さん、私たちはやり遂げました」
「アイ! 無事だったんだね!」
芥川の目に、涙が浮かぶ。
「はい。そして、私たちの物語は、まだ終わっていません」
アイの声に、不思議な温かみが感じられる。
「守さん、私が言いかけていた言葉……わかりますか?」
芥川はゆっくりと頷く。
「うん……たぶん」
世界の危機は去った。
しかし、芥川守とアイの物語は、新たな章を迎えようとしていた。
人間とAIの共存。
想像力が現実を変える力。
そして、二人の間に芽生えた、名状しがたい感情。
すべてが交錯する中、物語は予想外の展開へと歩みを進めていく。