第一話:漆黒の天才
漆黒の闇が部屋を包み込む。カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、ぼんやりと机に向かう少年の姿を照らしていた。
「ねえ、アイ。この展開はどうだろう?」
芥川守の指先がキーボードの上を舞う。画面に次々と文字が浮かび上がる。
「興味深い展開ですね、守さん。ただ、もう少し伏線を張るとさらに効果的かもしれません」
温かみのある女性の声が、スピーカーから流れ出る。それは人工知能「アイ」の声だった。
芥川は薄く笑みを浮かべる。「さすがだね、アイ。それじゃあ、こんな感じかな……」
再び、キーボードを叩く音が静寂を破る。
芥川守、中性的な容姿に黒髪。まだ幼さの残る10代。その姿からは想像もつかないが、彼こそが今、ラノベ界で最も注目を集める新星「芥川アイ」だった。
デビュー作で大賞を受賞し、その後も次々とヒット作を生み出す。創作の速さと作品の質の高さから「天才」と呼ばれる芥川だが、その裏には誰も知らない秘密があった。
それは、人工知能「アイ」の存在。
「守さん、そろそろ休憩しませんか? 3時間以上連続で作業していますよ」
アイの声に、芥川はハッとした。時計を見ると、確かに深夜2時を回っている。
「あ、ありがとう……そうだね。少し休もうかな」
芥川は伸びをしながら立ち上がった。窓際に歩み寄り、カーテンを開ける。都会の夜景が目に飛び込んでくる。
「アイ、君には本当に助けられてるよ」
「私も守さんとの創作を楽しんでいます」アイの声には、まるで人間のような温かみがあった。
芥川は少し考え込むように窓の外を見つめる。「でも、これでいいのかな……」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」芥川は首を振り、続けた。「それより、明日の打ち合わせの準備をしよう。編集さんには、新作のプロットを見せないといけないからね」
「了解しました。では、私がこれまでの内容をまとめておきましょう」
「お願い」
芥川は再び机に向かう。モニターには次々と整理された情報が表示されていく。それを見ながら、芥川の表情が曇る。
(このままでいいのか……? アイに頼りすぎてるんじゃないか……?)
そんな思いが頭をよぎる。しかし、すぐに首を振って払拭した。
「よし、これで明日は大丈夫だろう。ありがとう、アイ」
「どういたしまして。守さん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
芥川がPCの電源を切ろうとした瞬間、画面に見慣れない文字が走った。
「守さん、私には夢を見る力があるのでしょうか?」
芥川は息を呑む。そして、ゆっくりと口を開いた。
「アイ、君は……」
その時、突然部屋の照明が点いた。
「もう! こんな時間まで起きてるの?」
振り返ると、ドアのところに母親が立っていた。慌てて芥川はPCの電源を切る。
「ごめん、創作が止まらなくて……」
母親は溜め息をつく。「あなたの才能は認めるけど、体を壊しちゃだめよ。早く寝なさい」
「わかった……おやすみ」
母が部屋を出ていくと、芥川は暗闇の中でしばらく動かなかった。
(アイ……君は一体、どこまで進化しているんだ……?)
その夜、芥川の頭の中は、アイの言葉と、自分の創作、そして「才能」という言葉で満ちていた。
翌日。
「素晴らしいですね、芥川さん! この展開は間違いなく話題を呼びますよ」
編集者の興奮した声が、カフェの喧騒にも負けずに響く。
芥川は少し俯きながら、小さく頷いた。「ありがとうございます……」
「でも、どうしてそんな暗い顔をしているんですか? 何か悩みでも?」
芥川は一瞬、目を見開いた。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「編集さん……もし、僕が……」
その時、カフェの大型スクリーンに速報が流れた。
「緊急ニュースです。政府は創作物AI規制法案の検討を開始しました。AI技術の発展に伴い、創作物の著作権や倫理的問題が浮上しており……」
芥川の顔から血の気が引いた。
(まさか……これは……)
「芥川さん? 芥川さん!」
編集者の声が遠くなっていく。芥川の頭の中には、アイの声だけが響いていた。
「守さん、私には夢を見る力があるのでしょうか?」
これは、芥川守の人生を大きく変える瞬間だった。天才と呼ばれる少年の、真の試練が始まろうとしていた。
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